海が太陽のきらり
えーきち
― 1 ―
バッチーン!!
「ヘンタイッ!」
頬から伝わった衝撃が激しく脳髄を揺らす。オレは目を瞬かせ、首からさげたカメラを抱えたまま、ただただ呆然と彼女を見あげた。
均整の取れたな眉を吊りあげ、オレをきつく睨みつける女の子。花柄のフリフリで飾り立てられた白いビキニが映える、透き通るように真っ白な肌。
彼女は腰に両手を添えて、放心するオレにすいっと顔を寄せる。
僅かに潤んで見える大きな瞳と桜貝のような可愛い唇。刺すような日差しと吸い込まれる様な青い空と、目に沁みる青い海の煌めきと、水着から覗く膨らみ。とても柔らかそうな、ふたつの膨らみ。
オレは遅れてきた痛みに頬を押さえ、無意識にボソッと、本当にボソッと言葉を零した。
「おっぱい……」
パン、パンッ!!
目から飛び散る火花。
痛みの向こう側に浮かんだのは、オレを馬鹿にした写真部のみんなの顔だった。
* * *
「この夏休みは海でナンパだ!」
炎天の下、涼をとるために開けた窓がまるで役に立たない狭苦しい部室で、みんながオレの決意を鼻で笑って聞き流す。オレを見る、後輩たちの白い眼が痛い。
部長は女子力皆無の格好で椅子にダラリと身を預け、下敷き片手に眉目よい顔を扇ぎながら冷ややかな視線をオレに投げつける。
「須藤、それは本気で言ってるの? とても正気の沙汰とは思えないけど」
「いいじゃないですか。須藤海斗、高校二年、アオハル真っ盛り。海がオレを呼んでいる!」
「へぇ……」
汗ばみ、額に張りつく前髪を鬱陶しそうに掻きあげ、部長はオレの目をジーッと見据える。まるで、心の奥までも見透かすように。
「コンテストで夏樹に負けたのがそれほどショックだったんだ? だったらナンパなんてしてる場合じゃあないと思うけど」
「ち、違いますって」
図星だ。
写真には絶対的な自信があった。なのに、入部したばかりの一年女子に負けただなんて。穴があったら入りたい。彼女に向かって偉そうに色々教えていた過去の自分をぶん殴りたい。
周りの部員たちが苦笑しながらオレをチラリチラリと見る。空気が悪い。気を使っているのがバレバレだ。
その中で、とても真夏とは思えない暑苦しい格好で、長い前髪の隙間からグルグルの瓶底眼鏡を覗かせて、真っ直ぐオレを見つめる夏樹。能面のような顔で、ピクリとも口を動かさず。実際、オレを見ているのかどうかもわからないのだけれども。
長いスカートと長袖のスクールカーディガンで肌の露出はまるでない。長い髪は縛る訳でもなくピンでとめる訳でもなく、女子高生特有の華やかさもない。
碌に部員たちと喋らない。話しかけても返事もしない。ただただ、首を僅かに動かすのみ。
極度の人見知り。
オレは、こんなヤツに負けたのか。や、大切な部員をこんなヤツなんて言っちゃあいけないな。負けたのなら、次に勝てばいいだけの話だ。
だから、海なんだ。ナンパは部のみんなを欺く為の口実で、本当は親父の田舎にひとり撮影旅行に行くつもりだった。いい写真が撮れなかったらそれこそ目も当てられないから、そんな事は死んでも言わないけれども。
部長は気怠るそうにオレを一瞥して椅子の背もたれに寄り掛かる。
「まぁ、いいけど。で、どこに行くの?」
「えっと、伊豆の……」
* * *
そして、親父の田舎に来て初日の午後。ようやっと見つけた胸を穿つような景色にファインダーを向けた矢先のこの仕打ち。
オレは海水浴場に続く階段に大切なカメラを置き、両手で熱を帯びた頬を摩る。優しく優しく、摩る。
彼女はシッカリと両腕で胸を押さえ、斜に構えてオレを睨みつける。
「信じられない! 盗撮した挙句、人の胸を覗くなんて、ホント、サイテー! 警察に突き出してやるんだから」
「や、ちょ、待って! 撮ってない! 水着なんて撮ってないから」
「嘘ッ!」
「本当だって、ほら、これ見てよ」
オレはデジタル一眼のカメラを操作して、ディスプレイを彼女に向ける。目を細めて、小さなディスプレイに顔を寄せる彼女。水着から覗く真っ白な膨らみがプルンと揺れる。
おっぱ……イカン、イカンッ! 次もまた、阿呆な事を口走ったら本当に警察に突き出される。
「もうひとつのカメラは?」
「あ、こっちはフイルムだから見せられないけど、撮ったものは同じ」
「本当に?」
「神に誓って」
神なんて信じていないけど。
彼女は眉を顰め、オレを舐めるように見る。
「じゃあ、何しに来たのよ。この辺の子じゃあないでしょ? もしかして、ナンパ?」
どこまでオレを疑えば気が済むんだろう? カメラを二台持って盗撮やナンパなんてするヤツだらけなのか、このビーチは? 家族連ればかりじゃあないか。
それに、この写真データを見てそんな事が言える彼女の気が知れない。綺麗とか、凄いとか、そんな感想はないのか?
……オレのセンスがないだけか。だからコンテストで落選するんだ。
「ナンパなんてしてる場合じゃあないんだよ。次こそいい写真を撮らなきゃいけないんだから」
でないと、面子が立たない。去年のコンテストで大賞を取ったオレの写真を見て入部してくれた後輩だっているのだから。
彼女は安心したようにホッと小さく息を吐いて、バツが悪そうにオレの顔を見ると、勢いよく頭をさげた。
「ゴメンナサイ」
「痛ッ!」
後ろでひとつに縛った彼女の長い髪が、鞭のようにオレの頭を直撃する。
ハッと顔をあげ、面を食らって見つめ合うオレと彼女。何だ、このアオハル展開は? オレは断じてこんな事を期待していた訳じゃあ……
「「プッ……」」
二人同時に吹き出して、次の瞬間にはお互いに腹を抱えて笑っていた。
彼女はその細い体躯をくの字に曲げキャラキャラと笑いながら、オレの目の前に華奢な手を差し出した。
「私、葉月陽子。太陽の陽に子供の子で、陽子。貴方は?」
* * *
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