第62話 きまりごと
ちょっとの間体調崩して失踪しててごめんなさい。皆さんも、親知らずは早めに抜いとくことをおすすめします(震え声)
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私たちは、いつも一緒。でも、それは物理的な距離の話だったのだろうか。いつの間に、私たちはそうなってしまったのだろうか。
ママがあなた達はこうしたら幸せだと言うから、私たちは三人一緒に幸せになろうとしてきた。
「ねえ、ママ…」
「どうしたの?ルル?」
「ん…何でもない…」
「相変わらずね、ルル。そろそろ中等部なんだから、面倒臭がるのもいい加減にしないとね」
「……ん」
だから、私一人の道を選ぼうとした時、きっと母も許してくれない。その前に、私が私を許してくれない。今日が、最後のチャンスだったのに、この忌々しい口は開かずに閉じたままだった。
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コトリと、カップがソーサーに置かれる音がする。陶器が立てる独特な音に乗って、黒い水面が揺れる。真逆の色味であるルルの白髪も、揺れる。
「せんせに、言われた...」
「先生…?」
僕が聞き返すと、ルルはこくりと頷くとゆっくりと発端の日の出来事を語り始める。
「私…音楽技術科…」
「うん、確か三姉妹で調律師目指して入ったんだよね」
「ん…ララとリリも一緒…でも、私不器用。ララとリリと違う」
ルルがゆっくり語るのを聞くと、どうやらルルの心に暗澹たるものを残した事象は実習の時間で起こったらしい。
その実習は、教師の手本を見ながら弦楽器の弦を変えて、調律をするという実習だったらしい。
音楽技術科は一クラスのため、三姉妹は名前の順で組まされても三人一緒、好きな人と組めと言われても三人一緒らしい。
ただ、いくら仲が良くて同じ血でも三つ子には差異がある。好きな食べ物が違うように、性格が違うように、好む場所が違うように。
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「あら?ララさん、ルルさん。もう弦の張り替えが終わったの?」
「うん」
「はいです」
はっきり言って、あまりこの、自分の担任でもある女教師は好きじゃなかった。別に今まで何があったわけじゃない。けど、せかせか喋るとこ。座るときに、足を組んで背もたれをギシギシ鳴らすとこ。やたらと気取った髪型。私は生まれてからの経験で知っている。こういう人とは、あまり仲良くなれない。
だから、その…確かゾルデ…?とかいう名前だったはずの教師が、私たちが座るテーブルのそばで足を止めて、ララとルルに話しかけた時、内心では面倒だと思った。もちろん、顔に出そうと思っても出ることのない、私のやる気のない顔は微動だにしなかっただろうけど。
「あら?ルルさんはまだ弦の長さを揃えているところなの?」
面倒だと思ったのは…二人と見比べられるのが嫌だったから。割と弦の張り替えというのは、体力も力もいる。だから、体力と腕力がいるこの作業が私は苦手だった。まあ、そもそも不器用であまりものの調整などは向いていないのだが。
「…ん」
教師の問いに、随分と言葉が出るまでに時間がかかるこの口が発したのは、それだけ。ただ、その瞬間、教師の顔を見て、その対応が気に食わなかったのがわかった。目の前の担任が、ハキハキとした子供を好むのは、大体この一ヶ月でわかっていた。
「ルルはやる気がないの?同じ三つ子なのに、遅れているのはあなただけですよ。恥ずかしくないの?」
少し上擦った声。やはり、仲良くなれそうになかった。それと、別に恥ずかしくはないのだ。生まれた時からの付き合いだから、お互い何が得意で、何が苦手かなんか知り尽くしている。当然私がこの作業が苦手であろうことを、ララとリリは知っている。
でも、手伝ったりしないのは、時間さえかければ私ができることをこの二人は知っているからだ。本当に食べれないのを知っていて、トマトとグリンピースを何の合図もなく交換する時とは違う。
「…別に…恥ずかしくは、ない」
頭では、それなりに感情の動きもあればスラスラ出てくる言葉も、出力するとなれば全くダメになってしまうのは、私の癖だ。面倒くさがって言葉少なげに生きてきたから、口先が追いつかない。
でも、パパはそれでいいと言う。ララはうるさくて、リリはそれなりにうるさくて、私が静かだとバランスが取れていて欠点を埋め合えるから素敵だって、そう言う。
だが、一ヶ月程度の付き合いの目の前の教師はそんなこと考慮はしない。というか、多分生きてきて考慮したことは…ない。
「まあまあ、せんせー!ルルは力がないだけだから、調律まで辿り着けば早い!」
「ですです」
そうやって、二人が私を庇ってくれることも、何が気に入らないのか許さない。
「ルルさん、あなたはお姉さん二人に頼りすぎですよ。同じ三つ子なのに、二人に甘えているから一人だけ遅れることになるんです」
同じ三つ子、その言葉は言われ飽きた。でも、不思議な言葉だ。私たちは三つ子なだけで、同じところなんて探す方が難しい。猫耳があるとこぐらいしかパッと思いつかない。
三つ子なのに、三つ子だから。そう言われるたびに、全然同じじゃないのにと思う。なのに、私たちは同じ場所に固まっている。だから、同一視されてそう言われる。その矛盾が何となく嫌だった。
微動だにしない私に業を煮やしたのか「とにかく、二人に甘えすぎないことね!」と吐き捨てて他のテーブルに去っていった。
「ルルが私たちに甘えてるって!おっかしーね!いつも嫌いなもの食べてもらったり、私たちがうるさい時に首根っこつかむのルルなのにね!」
「全くです!」
そうやって、ララとリリは笑うけれど、私には、その日かけられた言葉が重くのしかかった。
だってこの先、私は音楽技術科で過ごす六年間、この二人のようにはいかないのが分かりきっているのだから。
よく考えたら、私たち三人は、パパの跡を継いで調律師になる。そう、決まっている。なのに、不器用な私がいて、パパが言うように私たちは何かを補い合えるのだろうか。
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「その日から…何となく、ララとリリと一緒にいるのがしばらく息苦しかった…それで、実習がある日に学校に…その…行かなくなった」
「ルル…」
話を聞き終えた時に、僕の胸にあるのはただただある憤りだった。三つ子だとしても、ルルはルルだ。三つ子のうちの一人ではないのに。
そして、今の僕はこの問題に口を挟むチケットを持っているとは言えないのも、辛かった。
「ねえ、ルル。話を聞いてて、一つ気になったんだけど、君は調律師になりたいの?」
「ん...そこそこ...?」
「他にやりたいことは?」
「........」
僕の尋ねる声に、長い長い沈黙が降りて。吐き出すように、迷うようにルルは短く
「ん...ある」
そう言った。
「なら、なんで音楽技術科に進んだの?」
「...ママが、言ったから」
「お母さんが?」
「ん...私達三人は、三人で一つだから、全員揃ってパパの跡を継ぐのが幸せだって、そう言うから」
『凪、お前は天沢家の長男だ。分かったら、大人しく自室で勉強しているといい』
ルルの話を聞いて、頭に響く思い出がある。雑音のないリビング。朝起きて、髭剃りの音が聞こえたら、なんだか嬉しかった子供の頃。自分の名前くらいしか、自分の頃を知らなかったあの頃。あの時に戻れたら僕も聞いてみたかった。
幸せな将来。もしかしたら大人が言うのだから、それは間違いないのかもしれない。
でも、今、現在の僕は幸せじゃない。きっと、ルルも。その場合、僕達はどうしたらいいですか?
そう、問いかけてみたかった。
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