第52話 とある日のガールズトークインスクール
春は麗らか、世界樹は色付き、誰もが上を見上げ頬を染めるような時期。ただ、今日私と同じ制服に身を包む人間は、大体肩を落として下を向いている。
理由は単純なことで、今日から進級した新学期なのである。春休みの夜更かしが原因か、緩んだ気分が急に引き締められた結果なのか、どうも皆気分が上がりきっていないように見受けられる。
それに比べて私はかなり上機嫌。なにせ、念願叶ってピアノを専攻出来ることになったから、当然だ。徐々に実感を帯びてくる、夢への第一歩に浮足立たないはずもない。
と言っても、今日は特にピアノを弾くことは無い。専攻は関係ない、音楽科のクラス分けが発表されて担任の挨拶と軽い自己紹介があるくらいである。
音楽科だけでも、かなりの人数がいるため、クラスは十を超える。掲示板に貼り出されたクラス分けの書かれた紙を見ると、割り当てられた教室へ向かう。
「えーっと...」
私が教室のドアを開けると、人はまだまばらだ。その中に、一人だけ見知った顔があるのを見つけて、少し面食らう。
「あれっ、ティアラ?今年僕と同じクラスなんだ」
その人物とは、今年からピアノ専攻の同士となるクリスである。そういえば、朝が強く、早く学校に来ていると言っていたのは本当だったらしい。
「自分の名前しか確認してなかったから気づかなかったわ。一年よろしくね、クリス」
「僕もだよ」
「専攻授業まで一緒だと、見飽きそうね」
「ティアラは顔がうるさいからね」
「そっくりそのまま返すわ」
益体もない会話を続けていると、そんな中、二つの影が近づいてくる。
「ティアラさん、今年も同じクラスですね」
「見慣れたなー」
「シオンちゃんに、アルマちゃん!」
影の正体は、去年ひょっとしたことから妙に縁の深い二人だった。去年から少しずつ交流はあるので、素直に今年も同じクラスなのは嬉しい。
「ね、ティアラ、誰?」
ただ、交流があるのは私だけの話で、クリスは耳元に口を寄せると小さな声でこそっとそんなことを尋ねてくる。
「去年私と同じクラスで、仲良く…?してくれていた子よ」
「そこは言い切ってよ」
アルマちゃんから苦笑混じりの茶々が入ったものの、二人はクリスに軽い自己紹介をするが、肝心のクリスはというと。
「ちょっと、私の背中から出なさい」
なぜか私の背に隠れ、捕食者に備える小動物の如く少しだけ顔を出して、シオンちゃんとアルマちゃんの様子を伺っている。
「同じ世代の女の子なんてろくに接したことがないから、緊張する」
「私だって同い年でしょ!?」
人見知りってキャラじゃあるまいし。
「ティアラは、本番前で昂ってる時の出会いだったから大丈夫だったんだ。普段は無理!」
「私と初めて会った時花壇で寝てたじゃない!どこが昂ってたのよ!」
くすくすと笑い声が聞こえて、そちらを向くと、シオンちゃんが口元を押さえて上品に、アルマちゃんが隠すことなく心底おもしろそうに笑っていた。
「ティアラさん、そんな大きな声出せるんですね」
「花壇で寝てたって…フフッ…なんだよ…初めて聞いたっ」
どうやら二人とも笑っている理由は違ったみたいだが、どこか空気が弛緩し、それによってかクリスは私の背から這い出してポカンと二人を見ている。
「先生がいらっしゃるまでお話ししましょう」
そんなシオンちゃんの一声で、私達四人は自然と一つの机を囲んで話をした。
「あれ、二人とも知らないの?ティアラって、ナギのこと…」
「黙りなさい、クリス」
「えっ、なになに」
「そういえば、シオンちゃんはクルトくんと何かあった?最近」
「ティアラ必死」
「うるさいわね」
「まあまあ」
「クルトさんとですか?いえ、特に…」
「そ、そう…」
「あ、なんとなく分かったぞこれ。可哀想な人がいる」
「そういえば最近ーーー」
「ーーー」
「ーー」
「ー」
気づけば、かなり時間に余裕を持って登校していたはずなのに、予鈴が鳴り響き、担任の教師が教室に入ってきた。
盛り上がってきたところなのに仕方が無いと思いながら、それぞれの席に合図もなく戻っていく。そんな時、最後にポツリとクリスが。
「そういえば、僕、クリスっていうんだ。一年間、その、よろしく」
たどたどしい自己紹介。これから、クラス全体でもするであろうそれを、先に二人にしたのはきっと。
「よろしくお願いしますね、クリスさん」
「よろしくな、クリス」
きっと、笑顔で迎え入れてくれた二人を見た時のクリスの安心した顔を見れば語らなくていいことだ。
「じゃあさ、今日の放課後みんなで…」
夕暮れ、姦しさと共にドアベルが鳴る店があったとかなかったとか。店主が苦笑したのもやむを得ないことだろうと思う。
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お久しぶりです!明日からは、二章本編を更新します。週五くらいのペースですかね!
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