第38話 クルトの恋 後編
お日柄もよく、鳥の鳴く声がする、そんな冬への入り口のある日。僕は、天気と真反対の曇り顔をしていた。
時刻はおやつの時間を過ぎる頃。あと一時間ほどで、ここ最近で最も嫌な出来事の開催が差し迫っているからだ。
「はー…」
何を隠そう。クルトとその想い人を同じテーブルにつかせる計画の決行日が今日である。完全に形式とやることが合コンなので、僕は非常に心が重い。
「随分溜息が深いね、ナギ君」
「誰のせいですか、誰の」
果実水を優雅にのむ相談屋さんをジトっと睨め付ける。今日の相談屋さんは、いつものローブ姿ではなく、ゆったりとしたシルエットの黒いシャツにカーキの太いワークパンツという非常に男っぽい格好だ。長い煌めく金髪も後ろで括っており、中性的なお兄さんという感じだ。ものすごい美形の。
正直、シオンちゃんと、ティアラがもう一人連れてくる女の子が相談屋さんに心奪われて終わりなのではと思っているが、口には出さない。流石にティアラは性別を分かっているから、大丈夫だと信じたい。
「誰のせいって、君が依頼してきたんでしょ。私はそれに応えただけ」
「まさかそれに僕も巻き込まれると思わなかったんですよ」
「まあまあ、四時半から営業休止にしてくれたのに見合う成果を出して見せるさ」
「僕もお礼をしなきゃいけない相手だったので、それは全然いいんですけど」
ただ単に、ティアラ以外知らない女の子とお喋りするのが、緊張するわ、気まずいわで困っているだけだ。僕は、自分のコミュニケーション能力をそこまで過信していない。
「お客さんと朗らかに喋っているじゃないか」
「その時は僕に喫茶店の店主という肩書きが乗ってますからね、ただの一人の人間としてはコミュニケーションに自信なんて微塵もありませんよ」
「まあ、私がいるんだ。大丈夫さ」
そうこうしている間に、刻限が近づいてくる。僕は、店内に残っていた最後のお客さんの背中を見送ると、ドア看板をCLOSEへと裏返す。
「そういえば、クルトには相談屋さんが計画を話してましたけど、どんなふうに伝えたんですか?」
「ん?伝えたのは、その好きな子とそのうち話せるチャンスがあるかもね?ってことと、今日ここに来ることだけだね」
「え?それって…」
覚悟も何もないまま、ぶっつけ本番ってことでは?と呟こうとした時、ドアベルの音と共に、姦しい会話が店内へと入ってきた。
すいません、今日はもう閉店なんです。と振り向いて言おうとすると、そこにいたのは待ち人だった。
「へー、なんだか不思議な空間だなー」
「ええ、なんだかいい匂いがしますね」
「ティアラちゃん、こんなところで働いてるんだねー、いいなー」
「そ、そう?」
入ってきた三人の少女のうち一人は、見慣れた店員兼生徒のティアラだ。そして、興味深そうにキョロキョロと店内を見渡している、少しウェーブのある緑がかった白色の髪をしたバイオリンケースを背負った少女が、件のシオンちゃんだろう。
ティアラよりも少し小さな背丈に、とびきりの美人とはいえないものの楚々として口を抑えながら上品に笑う姿が愛らしい。なんだか、小動物的な可愛さがあって、庇護欲を誘われそうだ。何が言いたいかというと、一番モテそうなタイプである。クルトのライバルはめちゃくちゃ多そうだ。
もう一人の少しくすんだ赤髪の、ショートカットの子は恐らくティアラが連れてきた第三の女の子だろう。少し小麦色の肌に活発な雰囲気を感じる。背丈がすらっと高くて、なんだかかっこいい。
「いらっしゃい、ティアラ。そちら二人が、お友達?」
僕が、飲み物を入れる準備をしようと立ち上がりながらティアラに尋ねると、ティアラ以外の二人が少し居住まいを正すようにして自己紹介を始めた。
「ど、どうも。シオンと申します」
「初めましてっ!アルマです!」
「シオンちゃんとアルマちゃんね。いらっしゃいませ、喫茶店へ」
あらかじめ準備してあった、二つテーブルをくっつけた広いテーブルに案内すると、ドリンクメニューを差し出して「何か飲む?」と尋ねる。もちろん、サラリとコーヒーをお勧めすることも忘れない。
「えっと、冷たい紅茶を。あ、ミルクもレモンも大丈夫です」
「んー、果実水かな。うん、果実水お願いします!」
店員のおすすめをにべもなく斬るあたり、やっぱり女の人ってハート強いな...なんて思いながら、飲み物の準備をした。といっても、さして時間はかからない。
「はい、お待たせしました。アイスティーに、果実水。ティアラは、聞かなかったけど、コーヒーでよかったよね?」
ティアラは首肯すると、僕がコーヒーを目の前に置いた瞬間、こそっと僕に耳打ちする。
「(いつもと装いが違うけど、あれ相談屋さんよね?)」
ティアラの視線が、クルトを待ち、未だカウンター席に座っている相談屋を見やる。
僕は頷くと「どうして?」と口の形だけで返す。
「(どうしてじゃないわよ。うちの女子二人がさっきから向こうをチラチラチラチラ見てるわ。性別と正体を知ってる私ですら見とれるもの。あんなの)」
だよなぁと僕は苦笑する。ティアラも含め、異世界に来てから出会う人間に美形が多いとはいえ、相談屋さんはその中でも際立っている気がする。個人的には、フリーダさんと同じオーラのようなものを感じる。
ティアラの飲むコーヒーを物珍しそうに眺め、会話の種にしている二人が時折、相談屋さんの方を盗み見ているのが分かる。早速幸先が不安である。
僕が、もうどうにでもなれと思い始めている頃、ドアベルが鳴る。入ってきたのは、最後の待ち人であるクルトだ。
相変わらず何かを憂うようにトロンとした目をしており、雰囲気から謎の気だるさを感じる。ゆっくりと、店内を見渡したかと思うと、視線がある一点で止まり、身体が硬直する。
恐らく、シオンちゃんの姿を見ての事だろうが、じわじわと顔が赤くなり、何を思ったのか無言で踵を返す。
「絶対にそうなると思った」
それを、どうやら行動を読んでいたらしい相談屋さんが肩を掴んで止めた。なんだか、動きがロボットみたいにチグハグだったので、容易だったと思う。右手と右足同時に出てたし。
相談屋さんは、クルトに何やら囁くと、動揺に目を泳がせたクルトを座席まで連れてくる。あれ?なんだかクルト元に戻ってないか?
早くも僕の目的は達した気がするのだが、今更これで解散はありえない。
相談屋さんがアルマちゃんの前に、僕がティアラの前に、そしてクルトがシオンちゃんの前に座る。アルマちゃんの小さな嬌声が聞こえる中、シオンちゃんが「あら?」と声を漏らす。
「この前の、道具の男の子、ですよね?」
「あれ?クルト、知り合いなのかい?」
どうやら、シオンちゃんもクルトの事を覚えていたらしく、非常に幸先のいいスタートを切った会話に、相談屋さんが非常に白々しいセリフを吐く。なのに、全く他意とかわざとらしさを感じないのが、さすが本職だと思う。
コクコクと頷くクルトを見て、シオンちゃんに「誰?」とアルマちゃんが尋ねる。
「ほら、この前話したでしょう?すごく手入れが丁寧な道具を拾うのを手伝ったって」
「あー、あの。それがこの子なんだ」
思わず、僕と相談屋さんは顔を見合わせた。友達に話しているということは、シオンちゃんの中でもかなり好感触なのではないだろうか。恋愛に全くもって詳しくないからわかんないけど。
「さて、意外な知り合い同士もいたということで、そろそろ飲み物をいただこうか」
「ああ、クルトは果実水でいいよね?」
後から来たクルトに果実水を入れて渡すと、相談屋さんが僕に目配せをする。それは前々から聞いていた合図だったので、僕はグラスを掲げると息を吸い込む。
「では、店の開店半年記念に乾杯」
「「「「かんぱーい」」」」
そう、今日の口実は店の開店半年記念に、店の繁盛に協力してくれた人を集めて小さなパーティーを開くというものだ。
それなら、学院内で店の喧伝を積極的に手伝ってくれたらしいシオンちゃんを招いても不思議ではないし、実はこれでもクルトは男友達を度々店に連れてきてくれるのだ。今日くらいは、感謝を伝えても違和感がない。
軽く自己紹介をして、それなりに場が温まると、いよいよ会話が弾み始める。
「シオンちゃんには、ティアラから店のこと友達にいっぱい話してくれたって聞いて、この機会にお礼を言いたくて」
「いえ、ティアラさんに真剣に頼まれたので、よほどのことなんだろうなと思って。ティアラさんとは、縁があってずっと同じクラスなのですけど、人に頼み事をしているのを初めて見たので」
「ティアラ、もっと人頼りなよ…」
「う、うるさいわね。これからは、そうするわよ」
唇を尖らせるティアラに口元を綻ばせると、ガチガチに固まっているクルトに話題を向けてみる。
「女の子に店のことを話してくれたのが、シオンちゃんなら、男に広めてくれたのが、このクルトなんだ。それも、度々友達を連れて店に来てくれるんだ」
「お優しいんですね」
シオンちゃんが、クルトを見据えてそう微笑むと、クルトの顔が目に見えて赤くなる。なんで僕はこの空間にいるのだろう。
「お名前は?」
「相談屋さんかな?」
なんていう、絶妙に噛み合わない会話をしている、アルマちゃんと相談屋さんを尻目に、とてつもなくスローペースながらも会話し始めた、クルトとシオンちゃんを、僕とティアラが見守るという形になってくる。
クルトは、女子への免疫がゼロなので口をモゴモゴとさせながら、シオンちゃんが振ってくれた話題になんとか返す。という形だが、シオンちゃんはどうやらその間も特に気にせず楽しんでいるようなので、相性は悪くないのかもしれない。
「へえ、楽器製作者志望なんですね」
「う、はい、おう。そうです」
「きっとあの道具への愛があれば、いい楽器を作れますよ。私がプロのバイオリニストになれたら、ぜひ楽器を作ってくださいね」
「ま、任せて」
「ふふっ、約束ですよ?」
そんな穏やかで非常に青春の香りがする会話を聞きながら、僕とティアラは少し居た堪れなくなりながら、普段となんら変わらぬ雰囲気のまま会話をする。
「なんか、意外と上手くいってるね」
「そうね、シオンちゃんモテるから、慣れない感じなのが逆に良かったのかも」
「シオンちゃんやっぱりモテるの?」
「見ればわかるでしょ」
「でも、四大美人のティアラさんには勝てないでしょ」
「だからそのあだ名は忘れなさい!」
そんな僕たちを見て、アルマちゃんが「やっぱり仲良いねー羨ましい!」なんて言ってくると、それに相談屋さんが乗っかって、徐々に六人境界線なく、いろいろな組み合わせで会話が生まれ始める。
ティアラがアルマちゃんに揶揄われて、学院でのティアラを垣間見た気がした僕が笑う。
相談屋さんが、クルトを持ち上げて、クルトが少し困っているのを純真にシオンちゃんが褒める。
結局、そこそこ話し込んでしまって、日が暮れる。日が落ちるのもずいぶん早くなった。僕は、夕飯を作るつもりだったのだが、シオンちゃんもアルマちゃんも自宅で夕食が準備されているらしく、辞退された。その代わりに、今度また食べに来ますとの言葉を貰った。ぜひ楽しみに待つとしよう。
そろそろお開きという雰囲気になって、ティアラ以外のみんなが帰り支度を始めた頃。僕は、余計なお世話かもと思ったものの、シオンちゃんに声をかける。
「あの、シオンちゃん」
「はい、なんでしょう?」
余計なお世話だし、普段悪態はつくけれど、この世界でクルトは唯一かもしれない年の近い異性だ。友達、と言ってもいいのかもしれない。だから、せめてこれくらいはね。
「えーっと、クルトとさ、仲良くしてあげてよ」
僕がそう言うと、シオンちゃんは少し目をまん丸にした後に微笑んだ。
「ええ、ぜひ。クルト君、弟に似てなんだか親近感が湧きますから」
肯定の言葉に、上がりかけた口角が固まる。うーん、弟に似てる、かあ…
「どう思う?ティアラ」
みんなが帰っていく背中を見送りながら、そう尋ねるとティアラが難しい顔をした。
「まあ、一歩前進じゃない?確かシオンちゃん、弟さん溺愛してるって聞いたことあるし、決してマイナス印象ではないだろうし」
「これで、クルトが元に戻ってくれれば、僕としてはなんでもいいんだけどね」
まぁ、でも、一応成就を願っておこう。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
その数日後、ドアベルが勢いよく鳴った。
「よう!ナギ!来てやったぜ!」
「いらっしゃい、クルト。もう小説はいいのかい?」
僕は少し微笑んだのを、手で隠した。やはり友達はそのまんまの方がいいや。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
すいません、12時間に合わなかったので、おやつの時間に!明日はナギが服買いに行きます。
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