第35話 ナギの日記②

 △月◯日


 そういえば、完全に三日坊主になっていた日記を思い出したので、気まぐれに書いてみようと思う。三日坊主も日記の醍醐味なので、気にしてない。本当だってば。


 今日は朝から、隣の小物屋さんのご夫婦が来てくれた。相変わらず奥さんは上品で、旦那さんは寡黙で渋くて、お似合いだった。

 

 ティアラ印のグレープフルーツゼリーをおすすめしたら二人とも注文してくれた。グレープフルーツの在庫がそろそろ怪しいので、是非食べれるうちに食べて欲しかったのだ。


 お出しすると、奥さんはいつも通り笑顔で、旦那さんは表情ひとつ変えずに平らげていた。


 今日も美味しかったし、旦那もこんなに喜んでいると奥さんに言われたけれど、本当なのだろうか。というのも、旦那さんの方の表情がほんの少しも変わったようには見えないのだ。奥さん曰く、旦那さんは大の甘党で、スイーツを食べると、とても嬉しそうだと言うけれど、口角が一ミリも上がっていないように見えるのだ。


 それでも、毎回ペコリと頭を下げてくれる旦那さんも、それを微笑ましそうに見つめる奥さんはとても素敵なご夫婦だ。積み重ねてきた時間の分、二人だけに分かるものがあるということなのだろう。


 結婚だとかはまだまだ遠い世界だけど、いつかなるならああいう風になりたいものである。


 いずれ僕もあんな渋い感じに…要努力だ。


△月△日


 今日は、少々次の配達まででは食材が心もとないので、ハイドアウトまで買い出しに出かけた。


 慣れつつある道を歩いている途中、道に沿って並ぶ露天の目の前で一人の少女が泣いているのが目に入った。

 周りの人たちは無情にも歩き去っていくので、意を決して話しかけると、どうやら買った果実水を溢してしまったらしい。道に、大きな水染みがある。


 どうしたの?と出来るだけ優しげに話しかけると、果実水を溢したと舌っ足らずに泣き喚くので、仕方なく目の前の露店で果実水をひとつ買って少女に渡すと、とても大きな声で美味しい!と叫んだかと思うとお礼を告げて、さっさと駆けていってしまった。


 朝からいいことをしたと、したり顔をしてハイドアウトへ向かって、ドロシーさんにその話をされると大笑いされた。


 どういうことか尋ねると、それは典型的なマッチポンプの手法なのだという。僕も買うし、泣いている子供をあやしていることで注目されるし、子供が美味しいと無邪気に言うと本当に美味しく見えるので、たまに使われる手らしい。


 どこか信じられない思いで買い出しを終えて帰路につくと、帰り道でも同じ少女が泣いていた。

 周りが無視している理由がよくわかった。僕の心が、盛大に荒んだ日だった。今日は、無性にキャベツなんかを千切りにしたい気分になったので、昼ごはんは揚げ物だ。


 本当に迷子の子供とかが泣いている時にややこしいので、早急にやめて欲しいと思う。


△月☆日


 土砂降りの雨のせいで、客足が遠かった。まあ、そんな日もあるかと雨音に耳を澄ませていると、ティアラがやってきた。途中で傘が壊れる不運に見舞われたらしく、びしょ濡れだった。


 すぐさまタオルを渡して、僕の替えのシャツを渡したけれど、どう見ても絵面が犯罪だったので今日はどうせお客さんも来ないし、ホールには出さずに奥で帳簿の整理をしてもらうことにした。


 漫画とかで見るブカブカのシャツみたいなものを、初めて見たけれど僕の体躯があまり大きくないせいで、普通にサイズ間違ってしまった人みたいになっていて夢が壊れる音がした。


 寒いだろうと思って、熱々のコーヒーを持っていくと、不運というのは連鎖するものらしく、ティアラは真っ白なシャツにそれをひっくり返した。


 咄嗟の判断で帳簿は難を逃れたものの、白いシャツは救出のしようがなかった。僕は、もう一枚ティアラにシャツを貸すことになり、シャツのストックがなくなって翌日店を臨時休業にした。


 おそらく着る服がないという理由で店を休んだバカは今日、世界で僕一人だろう。


 僕は決心した。まともな普段着を買おうと。非常時に、制服以外に貸す服がない生活は捨て去ろうと。


 誰かに、手頃な服屋さんを紹介してもらおうと思う。


*****************************************


 昨日の夜、気が乗って書いたのでおやつの時間に更新です。最後の話の続きとして、どこかでナギが服を買いに行く話を書こうと思うんですが、誰と行くといいと思います?ご要望とかあれば、コメントかTwitterとかでこっそり教えてください。



 

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