第34話 ナンパとウインナーコーヒー

今日は日曜日。学生、通常の勤め人なんかは全国的な休日であるが、飲食業である僕の店は話が別だ。

皆が休みで憩いの場を求める日だからこそ店は開けなければいけない。我が店の定休日は土曜日と、時たまの不定休のみである。


冬へ向かう道すがらであるとは思えない、快晴の暖かい日の事だった。


「いらっしゃいませ」


昼下がり程の時間帯だったと思う。日曜日のお昼時はたまにびっくりするほど忙しくなる時がある。今日がまさにそんな日で、僕はキッチンに縫い付けられたような状態で、朝から働いてくれているティアラがホールを全部回してくれていた。


それでも一応、来てくれているお客さんの顔は全員見ておかないとという思いでドアをくぐってきたお客さんの顔を見た。屈強な体格、そして少しふらついた足元と赤ら顔。どうやら、真昼間からお酒を飲んでいて、どうやら探索者らしいな、と思った。


ティアラもそれを察したのか「申し訳ないですけど、うちはお酒は置いておりませんが」と言っていた。お客さんはおざなりに大丈夫だと返すと、空いたテーブル席に乱雑に座ると「果実水と適当な飯を」と言うが早いか、机に突っ伏した。


「ナギ、果実水とご飯を適当にだって」


「うーん、困ったな。出来れば指定して欲しいんだけど...」


冷えた果実水をティアラに差し出しながら僕は思案する。意外と、文字が読めなかったり、食べられればなんでもいい、という考えで注文する人がこの世界には多い。ただ、時にこんな高いものを頼んだ覚えはないだの、美味しいものを頼んだのに美味しくないなんて文句をつけられることがあるので、非常に面倒なのだ。


「まぁ、その時はその時だよね」


僕はパスタを茹でると、喫茶店といえば王道のナポリタンをサッと作りティアラに「これ、さっきのお客さんに」と言って渡した。


ティアラはフォークと共に皿を、机に突っ伏したお客さんの元へと運んで行った。


「お待たせしました」


少し大きめな声でティアラがそう言うと、赤ら顔が机から離れ、皿を見ると無言でナポリタンを食べ始めた。食べるというより、貪るという感じだったけど。


僕が内心で問題なさそうだと、ナポリタンを食べ進めるお客さんを見ながらほっとしていると、また新しいお客さんがいらっしゃったので、意識はそっちに向いてしまった。


事件が起こったのは、新たなお客さんが注文した紅茶とオムライスを作っている時のことだ。

そろそろオムライスが完成しそうだったので、先にスプーンを持って行ってもらおうと顔をあげると、ティアラの姿はなく、はて?と周りを見渡すと、ティアラは先程ナポリタンをお出ししたお客さんと何やら話し込んでいる予定だった。


ざわめく店内でも、なんとか拾える会話の断片に耳を澄ますと、ティアラの声色は少々困惑しているようだった。


「困ります」


「いいだろうが、ちょっと座って会話するくらいよォ」


「見ての通り忙しいので」


大体の概要を把握して僕はため息を吐く。これは、所謂ナンパというかそういうやつなのだろう。

確かに、ティアラは見た目が非常にいい少女だ。客と店員という立場の今では強く出られないのを見越しているのかもしれない。


相手は酔っぱらいだし、少し頭が冷えれば落ち着くだろうかと、様子を伺っていると、少し貧乏揺すりをし始めた男の腕が、ティアラの腕を掴もうと伸びたのが見えた。


僕はそれを見た瞬間、キッチンから飛び出した。


男の腕がティアラの腕に触れる前に、僕がその手を制して男とティアラの間に入り込む。


「お客様、いかがいたしましたか」


自分が何をされようとしたのか、一拍遅れて気づいたティアラは、ジリジリと僕の背中に完全に身を隠す。


「あ?なんだよお前」


「ここの店長ですよ。ナポリタンのお味はいかがでしたか?」


僕がにこやかにそう返すと、男は舌打ちをして「うるせぇな、どけよ」と言う。今度からお酒飲んだ人の入店禁止にしようかな。


「それで、お客様。うちの店員がどうかされましたか?」


「ただちょっと座って話そうとしただけだよ、なんか文句あんのかよ」


「先程、うちの店員が申しましたように。ただいま非常に混みあっていて忙しいので。それに、うちにはお客様と会話することはあっても、立場は店員とお客様としてです。同じ席に着くことはございません」


僕の長々とした言葉に、徐々にイライラが募ったのか男の目つきはどんどん鋭さを増している気がする。


「ご理解いたしましたか、お客様」


こういう場合逃げるが勝ちだろうなと判断して、ティアラの手を引いてキッチンへと帰ろうとする。


背後から「おい、ちょっと待て」だのとごねる声が聞こえるが、相手をするにもとりあえずティアラを脱出させてからだ。


そんな考えは悠長だったのかもしれない。何かが倒れるような音がして振り向くと、拳を振り上げた男の姿があって。

ああ、麗らかな日曜日なのになぁなんて思考が過ったかと思うと僕は目を瞑った。


ただ、数秒経っても、覚悟した衝撃はやってこなかった。恐る恐る目を開けると、そこには男の拳を何の気なさそうに受け止めている皮鎧姿の男の人がいた。


「エルドさん!」


「よう、ボウズ。仲間と遅めの昼飯と洒落こもうとしたら、随分失礼な客が来てるな」


赤ら顔の男の顔が青に変わっていくのを眺めながら、僕は乾いた笑いを洩らす。

どちらも立派な体躯だけれど、エルドさんの方がさらに大きくて威圧感がある。


「おい、若いの。酒飲むのはいいが人に迷惑かけんじゃねぇよ」


エルドさんが拳を離して、ドスの効いた声でそう言うと男は慌てた様子で店を走り去って行った。けたたましくドアベルが響く。ってか、お代...


「全く、悪いなボウズ。探索者もあんなやつばっかりじゃねぇんだ」


「ええ、存じてますよ。主に五人ほど」


エルドさんの後ろに控えている、四人のお仲間さんにも会釈する。この人達も、僕のお店の常連さんなのだ。

荒事を仕事にする人達だけれど、分別がついてる人がほとんどで、一部の例外に出会ってしまったのは運がなかったと思うしかない。


「すいません、エルドさん。少しの間だけお店任せていいですか?お客さんが来たら空いてる席に座ってもらうよう伝えるだけでいいんです」


「ああ、構わねぇよ。だいたい話はわかってるからよ、そこの嬢ちゃんにしばらく着いててやりな」


見た目とは裏腹にと言うと失礼だけれど、エルドさんは非常に人の心をよく理解している人だ。ありがたいと思いながら、僕はティアラを連れて店の奥に存在する倉庫へと向かう。


「大丈夫、ティアラ?」


「少し驚いただけだから、平気よ。ナギこそ、その、殴られそうになったのに大丈夫?」


ティアラは気丈そうにそう言うけれど、僕は知ってる。その笑顔が貼り付けただけのものだってことも、腕で抱くようにして隠してるけど、体が震えてることも。

いくらしっかり者だとしても、まだ高校生の女の子なのだ。自分より一回り大きい男に腕を掴まれそうになって、暴力沙汰寸前の光景を見て平気なわけが無い。


「ティアラ、少しここで休んでて」


僕はそう言うが早いか、キッチンに戻り湯を沸かす。


「すいません、エルドさん。もう少しだけ頼めますか」


「大丈夫だぜ。ここの客は随分と店主思いみたいで、勝手に皿を下げてボウズを心配する言葉残して帰ってくんだからよ。もちろんお代は確認してるし問題ねぇ」


僕が店内を見やると、お客さんは皆僕を見ていて、サムズアップしてくれる人や「大丈夫?」なんて声も聞こえてきて。僕は深く頭を下げると、コーヒーを濃いめに一杯淹れると、それに冷蔵庫に置いてあったひみつ道具を乗っけて、ティアラの元へと向かった。


「ティアラ」


僕が倉庫に戻ると、ティアラは木箱の上に腰を下ろしてぼんやりと床を見ていた。


その目の前に僕は、一杯のカップを差し出す。


「なに...?これ」


「これはね、ウインナーコーヒーっていうんだ」


僕が作ったのは、濃いめのコーヒーの上にたっぷりの生クリームを覆わせたウインナーコーヒーだった。


僕は、ティアラにカップを手渡すと、同じ木箱の上に腰を下ろす。

両手で包み込むようにウインナーコーヒーを少し啜るティアラと僕の間に言葉はない。


「なんか、甘いのにほろ苦くて。落ち着く味」


「でしょ?ちょうどいいと思ったんだ」


湯気が天井目掛けて昇っては消えていくのを見た。

この部屋が白く温かな優しさで包まれてくれればいいのに、ウインナーコーヒーの甘い生クリームみたいに。そんなことを思った。


「しっかり者のティアラだから、きっと僕に気を遣ったりしてるんだと思うけどさ」


返事はない。


「ちょっとくらい弱くても大丈夫な場所がここだよ。仮にも僕は先生なんだからさ」


頬を掻きながらそんな事を言った僕の肩に少し重みがのしかかる。首筋に触る紺色の髪が少しくすぐったい。


「ナギ」


「うん?」


「ありがとう」


そんな声を最後に、また会話はなくなって、程なくすると、隣から何かを啜る音が響いてきた。


それはきっと、ウインナーコーヒーをすする音だったと、決してティアラの方を見なかった僕はそう思った。


触れた箇所から伝わる震えが完全に止まるまで、僕はずっとそうしていた。


今日のところは、ティアラは帰らせることにした。少し落ち着いたティアラに少し待つように伝えて、エルドさん達に料理を出すと表の看板をCLOSEにした。


そうして、店が無人になったタイミングで僕はティアラを寮まで送り届けることにした。夜道ですらないとはいえ、今日は念の為。


「さ、行こっか」


「ナギこそ、外出て大丈夫なの?」


「最近は迎秋祭に行ったり、服を買いに行ったりしてるしもう大丈夫だよ」


「それもそうね。過保護な先生?」


その舌鋒を聞くに、もう大丈夫なようだが、そうしたいと思ったのだから僕はティアラと寮まで並んで歩いた。

寮が近づくにつれ、ティアラと同学年ほどの人から何やら指をさされていたけれど、なんだったのだろうか。


「ん、ここでいいわ。ありがとう」


「今日ゆっくり休んでね、明日も授業なんだし」


「うん、そうするわ」


そうやって、ティアラの姿が消えるまで僕は見守っていた。

そろそろ日が陰る。明日も晴れるといいなと、そう思った。


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 明日の12:00にも更新します。少しほっこりする話が続いていたので、ちょっとふざけた話を。久しぶりに出てくるキャラクターがいると思います。

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