第27話 迎秋祭①
「
世界樹が、ちらほらと色付きだし、街に木枯らしが吹くようになった頃、いつものように店にやってきたティアラが、そんなことを言った。
「迎秋祭?」
「そう、学院が誇る、文化祭みたいなものらしいわ」
ティアラは、エプロンに着替えながら、一つため息を吐く。なんだそれはと聞き返した僕も「文化祭」と言われれば、想像はつく。青春の一つで微笑ましいじゃないかと、グラスを磨く。
はて、そういえば、とっくに学生気分から抜けきっていたせいで忘れていたが、本来であれば、そろそろ僕も、元の世界の高校で、文化祭準備なんかをしていたのだろうかと思う。
まあ、友達さえロクにいなかったので、楽しめたかと言われると話は別だが。
「いいね、一大イベントだ。楽しんどいでよ」
「一般庶民の私に、楽しめるわけないじゃない…今から気が重いわ…」
僕のそんな言葉に、ティアラは、頭痛を堪えるように、こめかみを人差し指でなぞる。彼女は最近、ため息と、この仕草が、やけに板についてきた気がする。
「文化祭でしょ?」
「そうよ?」
二人揃って、首を傾げる。どうやら、何か認識のズレがあるようなので、祭りの内容を口にしてみる。
「模擬店やったり、有志の舞台発表したりするんでしょ?」
「模擬店…私たちはしないけど、絵画科とか、工芸科とかの子は、今頃必死でしょうね。私たちも舞台発表で頭が痛いの」
「舞台発表で、なんでそんなに気が滅入ってるのさ」
「当たり前でしょ?わざわざ、貴族や、商会の大物も見てる前で、ピアノ演奏するのよ?緊張で吐きそうだわ」
「あ、ごめん。やっぱり、僕の思ってるのと違うや。詳しくお願いできる?」
ティアラが話してくれたことをまとめると、どうやらこういうことらしかった。芸術の秋という言葉の通り、アルスター芸術学院の文化祭、通称「迎秋祭」は、学院の威信をかけた、成果発表の場でもあるらしい。
様々な分野の大物が、招待されており、僕が想像する、高校生の青春などではなく、戦場の様相を呈するとのことだ。
昼は、絵画や工芸品作成を主とする作品を、きちんとした、一人の芸術家として生徒が売る。そこから、貴族や高名な先生に見初められて、道が開ける人も多くいるらしく、みんな必死らしい。
さて、では、ティアラ達の音楽科はどうかというと、夜の立食パーティーの壇上で演奏するのが主な役目らしい。
その立食パーティーは、秋の社交界の華とも言われる、この街随一の規模のパーティーになるらしい。
様々な、世界樹の森から採取されたごちそうが並び、貴族、商会の大物、芸術界のカリスマなど、様々な人間が、金を、人材を、情報を、と色々なものを求めてやってくる。そこに華を添えるのが、ティアラ達の役目というわけだ。
「それ、凄まじく責任重大だね」
「私たちなんて、まだマシよ。学年が上がるにつれて、大事なところを任されるんだから。一年生の私たちは、端役だけど、重箱の隅の隅まで、抜かりがあっちゃダメだから」
「予選会が終わったばかりなのに、大変だね」
「役目の割り振りが、明日出るんだけど、今から気が気じゃないわ。変なパートに当たらないように、祈るのみね」
ティアラが、そう言った時に、ドアベルが鳴って、お客さんが来たので、そこで会話は途切れてしまった。
そこで僕は、元の世界のフラグというものを、叩き折っておくべきだったのだと後悔することになる。
翌日のことだ。この日は、随分と寒くて、客足が遠かった。ただ、そこに入り込んできた、我が店の従業員の顔は、それどころではないようだった。
「ナギ…聞いてくれる?」
「昨日の今日でなんとなく、予想はついてるけど、聞くよ、どうぞ」
店内に、お客さんが、ほとんどいないため、ティアラを座らせ、熱々のホットコーヒーを出した。
彼女は、それを一口だけすすると、今日あったことを、重い口調で語り始めた。
「昨日も言ったけど、今日、迎秋祭の割り振りがあったんだけど、その時間、急に先生に呼び出されたのよ」
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急な呼び出しだったから、何かしたかしらと、疑問を抱きながら、呼び出された教室へ向かった。
人生で、先生に呼び出された経験などないので、若干緊張しながら、扉を開けると、中にはちらほらと人がいて、まだ、先生は来ていない様子だった。
「やあ、ティアラ!」
そして、ちらほらと見えた人影の中には、見知ったものもあった。
「あ、クリス。クリスも呼び出されたのね」
それは、予選会で縁を持った、天才少女、クリスだった。
「うん、僕も呼び出されたんだけど、心当たりがありすぎて、どれのことか考えてたんだけど、ティアラも含めた人を見るに、今日は怒られるわけじゃなさそうだ」
暗に、怒られ慣れていると言うクリスに苦笑しながら、どうやら、集められた理由に心当たりがあるらしいクリスに、詳細を尋ねようとしたところに、先生がやってきたので、私語をやめる。
「あー、全員いるな。今日は、迎秋祭に関して、君らに話がある」
先生が話し始めたのを機に、全員が同じ方向を見たことで、顔が見える、そうやって、ようやく思い当たる。ここにいる人間は、予選会を突破した人間のみなのだ。
「(あれ…何だか嫌な予感が)」
結論から言うと、その悪い予感は、次の先生の言葉によって、当たっていることが証明された。
「今回のパーティーの催しの一つとして、君たちには一人一人ピアノを弾いてもらうことになった。楽曲は、予選会のものと同じだから、そこまで心配はいらない」
何が心配いらないものか。と心の中で絶叫する。貴族たちの視線を一身に浴びながら、一人でピアノを弾くことになるなんて、一平民の私からしたら地獄だ。
だが、私の目指す、王都の楽団のピアニストなら、それが日常になるので、今から慣れておくのは悪いことじゃないのかも、なんて自分に言い聞かせて心を落ち着かせていると、次の先生の言葉が、私の度肝を抜いた。
「そして、ピアノの先生がいる生徒は、連弾が望ましいな。きっと、その先生も迎秋祭に登壇できるなんて、とても喜ぶだろう」
それを聞いた瞬間、私の脳裏に、とある男の腑抜けた笑顔が浮かんで、呆然とした。あまりに呆然としすぎて、余裕綽々といった様子で帰ろうとしたクリスが「お前には別件で話がある」と先生に首根っこを掴まれて悲鳴をあげるまで、そこに立ち尽くしたのだった。
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「というわけなの、一緒に地獄まで付き合ってくれるわよね?先生!」
「おかしいと思ったんだ!」
店主の悲鳴が、秋の寒空に響き渡った日。新しい季節に、新しい難題が、風とともに運ばれてきた。
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