第20話 相談屋さんと、ティアラのフルーツパフェ
さて、ご近所さんを回り、心配して駆けつけてくれた常連さんたちもひと段落した夕方のことだ。
昼下がりのゆったりとした時間を楽しんでいたお客さんが、夕暮れとともに帰路につき、店内には誰もおらず閑散としていた。
僕はいつも通りに、明鏡止水の心でコップを磨き、ドアベルが鳴るときに備えている。コップの曇りを入念に落とし終え、棚に並べている最中、備えていた通りにドアベルが鳴った。
「いらっしゃいませ」
もはや反射に近い感覚で、ドアの方に振り返り、来店を祝福すると、そこには、やたらと整った中性的な人物が居た。
「失礼するよ、ここが喫茶店であってるのかな」
夏だというのに、ローブを着込み、さらにはフードまで被った人物だ。ここが喫茶店かと尋ねる声もハスキーで性別がはっきりとしない。
だが、その風体を見て、僕には思い当たるフシがあった。そして、その想像が当たっているなら、感謝すべき存在であることも間違いない。
「ええ、ここが喫茶店です。不躾ですが、もしかして、相談屋さんですか?」
フードを被ったローブ姿、そして中性的な顔とハスキーボイス。どれも、僕が昨日伝え聞いた、ティアラがお世話になった、相談屋さんの特徴に当てはまる。
「いかにも。ということは、君はナギ君でいいのかな?その様子だとティアラとは上手くいったみたいだね」
「ええ、おかげさまで。ティアラはまだもう少し来ませんから、かけてお待ちください」
彼女はカウンター席に腰掛けると、僕が差し出したお冷を勢いよく飲み干した。真夏にローブを着込んで、暑くないんだろうかと思っていたらやっぱり暑かったのか…
相談屋さんは、メニュー表を覗き込むと、悩ましげな顔をした後、果実水を注文した。
僕が冷蔵庫からキンキンに冷やした果実水を取り出してコップに注いでいると、カウンター席からひしひしと視線を感じる。
接客業だし、視線には慣れてきたと思っていたのだが、それにしても観察するような視線を感じるものだからたまらず、問いただす。
「あの…そんなに見られるとやりづらいんですけど…」
僕のその言葉に、相談屋さんは、ハッとしたのかばつが悪そうな顔で笑う。
「いや、すまない。深い意味はないんだ。職業病と、あと、君の姿が想像と全然違ったものだから、つい」
想定と風体が違う?
「ちなみに、どんな姿を想像しておられたので?」
僕が興味本位に、果実水を差し出しながら尋ねてみると、彼女は再度ばつの悪そうな顔をして、
「いや、ティアラから聞いた感じだと、すごいめんどくさそうだったから、もっと偏屈な感じかな、と」
と言った。面倒くさそうで悪かったな。だが、言い返そうにも、中身の想像は大体あっているので言葉に詰まってしまう。
「本当に驚いたよ。実物を見れば、漆黒のさらりとした髪に、白い肌。目も濁ってるどころか、澄んでる方だし」
「目が澄んでるなら、今日の僕だからですよ、きっと」
僕のその返答に、頬を緩めた相談屋さんは「そうかい」と小さく呟き、果実水を一口、口に含んだ。きっとこの人はいい人なんだろうなと、そう思った。
そして、果実水がグラスの半分ほどまで減った頃、控えめなベルの音ともに、喫茶店唯一の従業員が出社してきた。
「お、お疲れ様、ナギ。遅くなってごめんね?夏休み前だからすることが多くて…」
「て、ティアラの方こそ。学校お疲れ様。暑かったでしょ?水とか…飲む?」
「上手くいったんじゃないの!?なんでそんなたどたどしいの君達!」
昨日本音を吐き出しあった気恥ずかしさやら、なんやらで、少しやりとりがおぼつかない僕らに、相談屋さんから渾身のツッコミが入る。
上手くいったからこそ、ある意味リセットされた初対面みたいで、まごついてしまうのだ。
「相談屋さん!?」
ティアラは、その間髪を容れぬツッコミで、相談屋さんの存在に気づいたらしく、表情を喜色満面に染め、相談屋さんに駆け寄る。
「もう来てくれたの?」
「もちろん。どうなったか心配だったからね。まあ、ティアラのあの最後の顔ならそこまで心配する必要はないとも思ったんだけどね、やっぱり気になって」
「おかげさまで、こうやって今日もエプロンをつけられるわ。本当にありがとう」
ティアラは僕が差し出したエプロンを、感慨深そうに身につけると、相談屋さんに深々と頭を下げた。
「そうかしこまることもない。私がしたのは、手伝いであって最後に頑張ったのはティアラとナギ君だ。それに、私はそれが仕事だ」
「こうやって、今日心配で様子を見にきてくれたのも仕事?」
「…さて、どうだろうね?」
仲良いな、君達…それにしても、相談屋さんの仕事だという言い分には無理があると思う。ほとんど無報酬でティアラの話を聞いていたみたいだし。おそらく照れ隠しだとは思うけれど。
僕は、相談屋さんと姦しく会話するティアラに手招きすると、ティアラが来たら実地しようとしていた、思いつきを小声で共有する。
「…せっかくだし、相談屋さんに何かお礼をしよう」
「…私も、同じことを思ってたわ。何か喫茶店のメニューからサービスしましょう。お代は私の給料から天引きで良いわ」
「…いや、結局僕も間接的にお世話になったから。店からってことにしよう。ティアラもちょっと手伝ってくれる?」
僕は小声での相談を終えると、何を出すべきかと、少し頭をひねる。冷蔵庫の中身とにらめっこしていると、ふと良い案が降りてきた。
これなら、ティアラにも手伝ってもらうことがあるし、ちょうど良い。
そうと決まれば僕は、材料を取り出す。取り出したのは、ご近所さんに配ったクッキーにも使われていたラズベリー。そしてそのほかに、数種類の色鮮やかな果物たち。
そして、何よりもこれが大事だ。僕が冷凍庫から取り出したのは、銀の筒。その中身は、自作のバニラアイスクリーム。
僕は、元の世界で読んだ某グルメ漫画の知識で、意外と簡単にアイスクリームが作れることを知ったので、なんとか商品にできないかと試作していたのだ。
どんな塩梅かと、ひと匙分アイスを口に含むと、僕の体に稲妻が走る。なんだこれ、めちゃくちゃ美味しい…!
前の世界で市販されてたちょっとお高いアイスクリームよりも美味しい。なんでだ…?こっちで売られてる牛乳とかが、恐ろしく新鮮だから…?それとも自作だからなのか…?
そうやって、アイスに思いを馳せトリップしかかった僕の肩を、ティアラがトントンと叩く。
「…ナギ。今、すごく横道に逸れたこと考えてるでしょう」
ジトっとした目で図星を突かれ、僕は目を泳がせながら「ソンナコトナイヨ?」と目を逸らす。
そらした視界の外から、ため息が聞こえる。その音とともに、相談屋さんがくすっと笑ったのが聞こえた。
僕は咳払いを一つすると、思考を作るものに戻す。フルーツ達に、アイスクリーム。これだけでも随分魅力的だが、あともう一つ欠かせないものがある。
僕は最後の材料を、冷蔵庫から取り出すと、ボウルに移す。そして、泡立て器を右手に持つと、覚悟を決めてかき混ぜる。ホイップクリームを作るのだ。
だが、ちょうど良い固さにするには、八分立てというちょっと手間のかかるくらいまでかき混ぜなくてはいけない。ああ、もう腕が痛い…
貧弱な筋力を嘆きながらもかき混ぜ続け、なんとかちょうど良い固さまで漕ぎ着ける。 ティアラと相談屋さんは楽しそうに会話しながらも、たまに何をしているのかという顔でこちらを見ている。見てろ、絶対驚かせてやるからな…!
少し腕を休めた後、数種類のフルーツを食べやすい大きさにカットしたら、準備はほぼ完了。
勘の良いひとならもう僕が何を目論んでいるのかわかるだろう。そう、パフェを作るのだ。
僕は、パフェ用の縦長の器を用意すると、ティアラを呼びつける。
「私の出番?」
「そう、ティアラにはね、綺麗に盛り付けをして欲しいんだ」
「盛り付け?」
僕はこくりと頷く。パフェというのは、盛り付けが非常に大事だ。当然美味しくなくちゃダメだし、その上、美しくなくてはならない。
そして、悲しいことに僕にはそういうセンスはない。
「だからお願いできる?フルーツをそこから敷き詰めて、アイスを置いたら、このクリームを絞るって感じで」
僕は、空袋を使って作った簡易クリーム絞りにホイップクリームを入れて、最後の準備を終え、絞り方の手本を一度だけ見せると、残りをティアラに託す。
ティアラは少し悩んでいたようだったが、初めてみればテキパキとフルーツを敷き詰め、アイスをうまく、丸い形でえぐり取ると、フルーツのカーペットの上に置いた。
そして、難所のホイップ絞り。最初の二、三回は首を傾げていたティアラだが、コツを掴んだのか、それ以降は均等に綺麗にクリームが絞られ、僕の記憶に近いパフェの形になっていった。
そして、残ったフルーツを盛り付け終わると、
「完成!」
少し不恰好なところはあるけれど、まごうことの無いパフェが完成した。謎の高揚感に包まれた僕らは、サムズアップを交わし合う。
そして、盛り付けを崩さないように、慎重にカウンター席まで運ぶ。
「こちら、当店からのサービスです。ティアラ印のフルーツパフェです」
目の前に現れた甘味の塔に、少し面食らったのか、相談屋さんは口を半開きにしていたが、彼女も女性である。僕の調べではパフェが嫌いな女性はいないのだ。
彼女は「ありがたく頂くよ」と一言発すると、恐る恐る、パフェスプーンでフルーツを掬うと、ホイップクリームに絡めて口へと運ぶ。
それを、祈るような表情で見つめるティアラと、余裕の表情の僕。
「私は…この先、このフルーツパフェとやらだけを食べて生きていくよ」
想像の五割り増しの好感触に、ティアラが嬉しそうにし、僕が苦笑する。相談屋さんは恍惚な表情をして、パフェを次から次へと口に運んでいる。
「なんだこれは…冷たくて、甘い?」
どうやら、バニラアイスに辿り着いたようで、相談屋さんは再び驚愕の表情を浮かべている。
僕はそれを満足げに見ると「アイスクリームって言うんです」と注釈を入れる。ついでに、すごい気になるって顔をしているティアラにも出してやる。
「なにこれ!こんなの食べたことない!」
やはりティアラの方も好評のようだ。僕のアイスクリーム試作は大成功のようだ。これで夏場にコーヒーフロートとかのアレンジができるなとほくそ笑む。
そこから数分。なんと、相談屋さんは結構な量のパフェを、平らげ終えていた。この世界の女性って、ティアラといい、ルルといい、一体胃袋はどうなっているんだ?
「ごちそうさま、こんな美味しいものを頂けるなら今後も通うよ」
「あはは、お待ちしていますね」
ホイップクリーム作りで、腕が悲鳴をあげている僕は、少し笑顔が引き攣りながらもなんとかそう返す。
「そろそろ、今日はお暇するよ。二人に問題がないのも、今のパフェ作りでよく分かったし」
彼女はそう言って、立ち上がる、ティアラが、見送るために、小走りで出口へと向かう。
「相談屋さん。本当に色々ありがとう。おかげで、またここで働けてるの」
「…良い職場だよ。もう離さないようにね、ティアラ」
「はい!」
そんな会話を残して、相談屋さんは夕暮れの街に消えていった。
「また来てくれるよね?」
「うん、きっとパフェに釣られてきてくれるさ」
そんなこんなで、新しい一日の日が暮れる。だが、僕には、いや、僕たちにはこれからまだすべきことが残っている。そのためにご近所さんを回ったのだから。そんなことを思いながら、日暮れの中、僕は閉店まで、あくせく働くのだ。
この世界では聞こえない夕焼け小焼けが聞こえた気がした。
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「一時期は肝を冷やしたけど、問題なさそうでよかったよ、ナギ君」
そんなことを呟いた、女性が一人。口の中に甘い感触を残して、街を歩く。夕焼けの街をどこかへ一直線に歩いていた。
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