第13話 猫耳の前では
「なんだこの状況…」
とある日曜日の昼下がり、僕は目の前の光景から目を背けるように天を仰いでいた。
「ナギーーーお腹減ったのーーー!!!」
「ナギ!ご飯食べたいの!」
「ナギ…ご飯…」
カウンター席に仲良く並んで座っているのは、三つ子の姉妹ララ、リリ、ルルだ。今日も三者三様のテンションで、僕にご飯をねだっている。
それだけなら、そろそろ慣れてきたのだが、今日はそれにさらに頭の痛い状況が加わっている。
「あの…ティアラさん?」
「はわわわわわわ」
僕が目を疑っているのは、いつも真面目然とした彼女が、その相貌を喜色満面に染め、三つ子の猫耳を触り続けているからだった。
ララは、ティアラをまるで気にしていないどころか、耳を触られて嬉しがっている。
リリは「あ、触るならもうちょっと優しくしてくださいね」なんて余裕をかましている。
ルルは、カウンターテーブルに突っ伏しながら、非常に鬱陶しそうにしているが、払いのける方が面倒臭いのか、されるがままだ。
「まさかティアラが、ここまで猫好きだったとは…」
僕が若干の畏怖と諦めをミックスした声色でそう呟くと、ティアラは、破顔しきっていた顔を真剣なものへと変え、こちらを向くと、
「私が好きなんじゃないわ、全人類が好きなのよ」
と、大真面目な顔で言い放った。その間も、ララ、リリ、ルルを愛で続ける手は動き続けている。
この人プロだよ…なんのプロかは知らないけれど。
一方、ティアラに撫でられ続けている三姉妹も、ずっとご飯を所望し続けている。ああ、もう!どこからツッコめばいいんだ!僕は聖徳太子じゃないんだぞ!
「ララ、リリ、ルル。僕は君らのお父さんから聞いたんだよ。ちゃんと、昼ご飯は食べましたので、大丈夫ですって」
あと、夕飯が食べられなくなるので、あまり甘やかし過ぎないでくださいとも言われてるんだ。
ルルだけはここでお腹いっぱいにしても、平然と夕飯をお代わりするらしいが。ティアラといい、ルルといい、この世界の女の子の胃袋はどういうシステムなんだ?
「えーーーーケチーーー!!!」
「横暴です!」
「お腹すいた」
僕のご飯あげないよ宣言に、三つ子は揃いも揃って大ブーイングだ。えーい!やかましい!
なんとか、喫茶店のマスターの秘技グラス磨きで、三つ子のブーイングを聞き流していると、三つ子はついに諦めたのか、だんだん声がしぼんでいく。
なんとかなるものだ、と勝利にほくそ笑みながら、三つ子の方を向くと、彼女たちは、三人揃ってティアラの方へ向き直っていた。
「ど、どうしたの?」
ティアラがいきなり見つめられて戸惑って…ないな。口元ヒクヒクしてるし、多分にやけるのを抑えてるんだろう。
すると、三人はティアラを上目遣い気味に覗き込むと、
「ご飯食べたい!」
「ご飯が食べたいです」
「お腹すいた」
と訴えかけた。おそらく三人揃っての上目遣いの威力はティアラには効果抜群だったのだろう。
ティアラは体に稲妻が走ったかのように体を震わせると、少しふらつく足で、幽鬼のように僕を見る。
その未だかつてない迫力に僕はドン引きしている。前髪に隠れた顔に浮かぶ表情は、見えなくても覚悟に溢れているのを容易に感じられる。
ティアラは意を決したように、口を開くと、僕にはっきりとこう言い放った。
「私のお給料から天引きでいいから、この子たちにお腹いっぱい食べさせてあげて」
もうだめだこいつ。というか、三つ子たち、小学生の段階で、上目遣いを武器にするのは先が思いやられるんだけど。
この子たちが成長したらいったい何人の男たちが、被害に遭うのだろうか。多分ご飯おごらされるだけだけど。
三つ子は「してやったり、味方が増えた」と言った風に、ご飯コールを再開している。
ああ!うるせえ!なんだか、うららかな日曜日なのにどっと疲れた気がする。普段は常識を説いてくれるティアラも完全にあっち側だし、なんなら今、ララに「ありがとうお姉ちゃん!」って抱きつかれて昇天しかかってるし。
このままでは根負けして、調理を始めてしまいそうだけれど、ここで乗せられてしまえば、未だ会った事はない三つ子のお母さんから、だいぶ嫌われてしまいそうだ。どうしたものか。
なんだか面倒くさくなってきたその時、僕の頭にピーンと閃くものがあった。よし、こうしよう。
「わかった、ララ、リリ、ルル。ご飯を作ろうじゃないか」
僕がそう言うと、三つ子たちは勝ち誇った顔をしている、ティアラも良かったねという顔をしている。
そんな顔をしてられるのも今のうちだぞ。
「ただし、僕も別のものを作るのは面倒くさいから、今日は三人同じものね」
「いいよーーー!」
「仕方ない」
「お腹すいた」
「よし、話は決まった。ティアラ、他のお客さんが来ないうちは遊んであげて」
ティアラは僕のその言葉に素早く頷くと「お姉ちゃんピアノが弾けるの、ピアノで遊ぼっか」と、ピアノの方へと行ってしまった。
三つ子も調律師の娘なので、興味津々といった様子で、それについて行った。よし、始めるか。
僕は早速冷蔵庫から、数種類食材を取り出すと、素早くみじん切りにする。あとは、たっぷりのみじん切りと、ご飯と一緒に炒めて、火が通ったら、塩胡椒と胡椒で味を整えてっと。
「出来たよ、おいでー」
でたらめにピアノを叩いて遊んでいる三つ子たちと、ティアラを呼び戻すと、僕はワクワクした顔で席に着いた三つ子に、大盛りに装ったそれを出してやる。
「はい、具沢山ピラフ。残さず食べてね」
僕がテーブルにそれを置いた瞬間、三つ子たちの表情が固まった。僕はニヤニヤしている。
「どうしたの?お腹すいてたんでしょ?」
「「「…」」」
ララ、リリ、ルルは揃いも揃って、スプーンを手に持たず、僕の方を恐る恐る見ている。
「ナギ…これ、その、ピーマンが」
「緑が多すぎない…?」
「ピーマン嫌い…」
そうなのだ。普段「本当に君たち三つ子?」と疑うくらいには、趣味嗜好が違う彼女たちだが、実は共通の嫌いな食べ物があると父親から聞いていたのだ。それがピーマン。
父親は、なんとか好き嫌いを無くせないかと考えている様子だったし、それに協力したという名目なら、お母さんにも嫌われないだろう。多分。
あと、非常に僕の気分がスッキリする。
「ピーマン嫌いだったの?知らなかった、ごめんごめん。でもダメだよ。残さず食べなきゃ」
わざわざ避けられないように非常に細かくみじん切りにしたのだ。残さず食べてくれ。
ティアラは、僕の白々しい、知らなかったという言葉と、表情から全てを察した様子で「お、大人気ない…」とつぶやいていた。
なんだか人でなし扱いされているが、なんとでも言うがいい!
それから先は簡単でプルプルしながら、ピラフを口に運ぶ三つ子を見届け、完食のご褒美にいつも通りコーヒーを淹れた。
ちなみにルルは「ピラフにすると案外美味しい…」と三杯お代わりをした。どうしよう…僕の晩ご飯用のお米残らない気がしてきた…
前回の卵の件といい、ルルに再び謎の敗北感を味合わされ、落ち込む僕を、ティアラは呆れた顔で見ていた。
そして、夕暮れ時になると、いつものように迎えがきて、彼女らは連れ立って家路に着く。
三人は胸を張って大好きなお父さんに「ピーマン食べれたの」と自慢して、頭を撫でられていた。
それ言って、食卓に並べられる墓穴を掘らないといいけど。
今日はやたらと彼女達の帰宅を残念がっている店員が約一名いたが、それもまあいいだろう。
そうやってうららかな日曜の昼は過ぎていくのだった。
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