呪いをかけられたから
銃声を耳にしてから数秒後、ヤハタは瞼を持ち上げた。天窓から射し込んだ月明かりによって照らし出されたベッドには、鮮やかな血潮が飛び散っていた。
ヤハタの瞳がゆっくりと動く。彼に戸惑いは見られなかった。
息を吸う。鼻腔に流れ込む空気には、硝煙の臭いと、ほのかに血の香りが混ざっている。嗅ぎ慣れた匂いだと、慣れ親しんでしまった異臭だと、ヤハタは貌を顰めた。
「苦しいのか?」
ヤハタは訊ね、左腕から血を流す少女を見つめた。
「……胸が痛いの」
右手には艶消しのされた拳銃、左腕には銃創を負ったヴァローナを見つめ、ヤハタは全てを理解する。彼と少女の因縁、少女の悲痛と葛藤、その全てを。
ヴァローナを引き寄せ、その小さな背中を抱き締める。彼女が握ったままの拳銃はヤハタの胸に沈められた。引き鉄が引かれれば、彼の心臓を弾丸が貫く。いともたやすく。
「…………殺したかった」
「あぁ」
「赦すことなんてできなくて、憎らしくて、忌まわしくて、それは、今でも変わらない」
「あぁ」
「……なのに、殺せなくて。殺したいのに、できなくて、」
ヴァローナの頬を一筋の涙が伝う。
「……痛い、痛いよ……ぉ」
少女はヤハタの腕の中ですすり泣く。
ヤハタを殺したいと逸った感情を止められず、ヴァローナは自分の腕を撃ち抜いた。死人であろうと、神様の子供であろうと目の覚めるような痛みを受け、少女は思う。
こんな痛みを誰かに与えることはしたくない、
こんな苦しみをヤハタに植え付けることはしたくない、と。
「ヤハタに呪いをかけられたから、私は……」
引き鉄に指をかけたとき、走馬灯のように少女の脳内を駆け巡ったのはヤハタの言葉だった。〈大丈夫、ヴァローナなら踏みとどまれる〉
「すまない」
なおのこと力を込め、ヤハタはヴァローナを抱き締める。
死者であるはずの少女の体からは、血潮の温もりと、静かに響く鼓動が感じられた。
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