第20話 塔より高く

 一名脱落者が出てから、十分経過したのち、受験生たちは青ざめる光景に出ぐわしてた。


「おいおい」

「マジかよ…」

「これは相当リタイヤが出るぜ」

「くっ」


 何万段以上はあるだろうか。天高くそびえたつかのように階段がずーと先まで続いて見える。その先にわずかに光は見えている。あそこが出口。だが、この階段の数は以上だ。何人かがここでリタイヤするのは目に見える結果だ。


「ハッハッハッハッ」


 汗だくなになりながらも親友が先陣切って駆け抜ける。受験生の十何人かを軽々と抜いていく様が、覚醒したと言わんばかりに旅立った前の親友とは思えないほど勇ましかった。


「大丈夫かジン!?」

「おうよ! なりふり構わず走っていればどこまでも行けることが分かったからな!! 全裸になっても走ってやる! シャル!! 今のうちだぜ、他人のふりするなら今のうちだぜ!!」


 その姿に笑みがこぼれた。

 アイツのように見習うのもいいだろうと上着をカバンにしまい込み、ジンの後を追う。そのすぐそばでエルマも追いついてきていた。


「エルマ、大丈夫か」

「ええ、大丈夫よ。それよりも、ジンの身体能力は驚かされるわね」

「ああ、まったくだ。体力向上か足を軽くする魔法でも掛けたのか?」

「いいえ。私は何もしていない。ただ、ジンの身体は私にない可能性を持っていることだけね」


 可能性…親友には魔力が全くない。魔法もない。戦う術もない。そんな中、この魔法使いしかいない試験にやってくるほどだ。もしかしたら――。

 いや、考えすぎだ。シャルは頭の回転を止めた。切り替えた。親友からエルマに切り替えた。


「エルマ。時に訊くが、医者になりたいのは事実か?」

「!」

「違うな、ほんの数日の付き合いだがそのくらいはわかる。誰にでも優しすぎる。しかも、敵であろうと仲間であろうと声をかけ、回復しようとする。その理由が聞きたい」


 先ほど脱落者にも回復させようと近寄ろうとしていた。

 シャルとティノと協力して試験合格だけを進むよう説得していた。

 敵でもありライバルでもある彼らをわざわざ回復しようと考えるのはなにか深い事情がありそうだった。


「私は…最も尊敬する人から命を授かった。私は、この恩を返すために――医者になると決めたのです」


 過去のことを思い出しながらエルマは淡々と話した。


――8年前。雨の日。


 孤児院で暮らしていたエルマはある日、捨てられた。その理由はあまりにも身勝手なものだった。


「気色悪いんだよ!」


 それが最後の言葉となった。

 知らない大人に囲まれ、檻に入れられどこかへと運ばれた。


 後に、これが売られたのだと気づいたのは数年後のことだった。


 売られて大人のおもちゃにされて人生は終わる。夢の欠片も希望の光もない薄暗い雨の中、一人の女性が助けてくれた。冷たい檻から救いの手が伸びた。

 それが、名を与えた女性(エルマ)だった。


――現在。


「私は彼女の名を譲り受け、エルマと名乗ることにした。私は、エルマという助けてくれた女性を殺してしまったから」

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