第18話 親友のけじめ、国宝級以上の魔法

 熟練者、ベテランと、体力勝負に強いものは汗ひとつかかず、逆の立場の人は徐々に汗をかき始めていた。

 どれくらい走ったのだろうか。すでに三時間以上は経過している。

 40、50キロは走っているのかもしれない。


 一人か二人かは離脱していてもおかしくはない計算だ。だが、シャルの予想とは裏腹に一番後方にいたジンにとって信じられないものを目にしていた。


(し…信じられねー!! もう4・5時間は走っているはずだぜ!!)


 服を脱ぎ半裸の状態で走っていた。親友の顔からは希望が見えないほど疲れていた。どこまで走っても追いつけない。出口という光さえも見えない。誰一人脱落者が出てこない。そんな不安が親友の体力を蝕んでいた。


(なんで誰一人脱落しねーんだ!!)


 足が震えてくる。気力がもたない。体力がもたない。身体が休めと訴えている。その警告も可能な限り気力だけで避けていた。

 だが、限界が近くなる。鼓動が休めと、頭が諦めろと、声をかけてくるかのように幻聴が鳴りやまない。


(なめてた。魔法使いが一般人と大して変わらないとタカをくくっていた。たかがテストだ。魔法使いでもなんでもない一般人がいても周りは何も言われなかった。それが、魔法がなくても危険だということがはっきり言って分かった。これが魔法使いになるための第一歩…これが――)


 持っていたカバンが地面に落下する。

 足がもつれ、その場に倒れこんだ。


「親友! 手を貸すよ」


 親友はティノの手を借りたいと思いつつあった。ティノの転移術があれば、こんな試験楽勝だと、心底から楽したいと気持ちが噴水如く溢れてくる。

 人は楽なことがあれば、自然に考えがそっちに向く。


(ダメだ…俺はティノに頼っちゃいけない人間だ。ティノが頑張った分を俺が頼ってどうする…!? くそォ…)


 もう走れない。もう無理だとあきらめかけていたとき、エルマがこっちへ走ってきた。


「な…なんで…戻って…きた…」


 声にならない声を出し、息を吐くだけでもせいっぱい。その中で、エルマだけが駆け寄ってきた。ティノたちよりもシャルと一緒に前に走っていた彼女がなぜ、わざわざ戻るまでなことをしたのだろうか。


「しっかりしてください!! いま治しますから」


(そうか…エルマはお医者になると言っていたっけ。だから、傷ついても必ず助けに来てくれる。何て優しい人なんだ…)


 親友のなにかが吹っ切れる。


(俺はバカヤローだ。なに女の子に心配をかけちまっている。どうして、簡単にあきらめる。エルマと約束した、ティノと約束したじゃねーか。エルマとは魔法を教えてくれる約束を…、ティノとはあの日の約束を果たすため――俺はとんだバカヤローだったわけだ)


 回復が追い付かないまま、親友が立った。


「まだ、回復しきれていません!」

「エルマ、ありがとうな。俺、弱気になっていた。俺はただ、着いてきただけだった。臆病だったのさ。ティノが島を出ると言ったあの日、俺は置いていかれたくないと思って一緒に旅立つ決意をしたんだ! あの日から、俺は――」


 親友は再び走り出した。


「この約束は、共に合格した暁になぁ! ティノ!!! エルマ!!!」


 親友が再び元気を取り戻した。

 やけくそな走り方はクスっと笑みがこぼれた。


 エルマとともに親友が置いていった荷物を転移術で移動させ、親友のすぐ隣に移動させた。対象がそばにいればそこに移動することもできる。とっておきの魔法だ。


 ティノはラルクとともに再び走った。


「転移術か。珍しい魔法を持っているな」

「そんなに珍しいのか…?」

「だって、魔法って魔法書で管理されているから――」


 魔法書…その言葉を聞いて首を傾げた。


「おまえっ!? 魔法書のことも知らずにどうやって魔法を覚えたんだ!!?」


 ラルクに一部始終を話した。


「なるほど…その魔法使いから直に教えてもらったのか。確かに…一定のランク以上を持つ魔法使いは魔法書がなくても他人に魔法を与えることもできる。それはとても大変なことで許可がないとやってはいけないと正式に決められている行為なんだ…なるほどなーおまえ、相当ラッキーだな」


 ラルクはなぜだか感心していた。

 偉大なる魔法使いと名乗っていたのはそのためなのか。魔法書なしで教えてはならないと法律で決まっているなんて知らなかった。

 ガンドルフはそれを承知して、”復讐”という動機のもと”伝授”したんだ。


 偉大なる三大魔法使いに数えられるこそ、できたことだったんだ。


「転移術は今のところ、魔法書でも入手不可能で国宝級以上の希少な書物だ。転移術のことは誰にも話さない方がいい。きっとお前は人気者になるぜ」


 人気者というのは悪い意味で言っている。


「いいか、魔法使いは自分が会得した魔法を魔法書に書き残す。書き残した魔法書は弟子たちに譲られる。譲った魔法使いはその魔法は一切使うことができなくなる。なぜならその術を魔法書に書くことで、その魔法を失うということになるからだ」


 つまり、ガンドルフはいま、転移術は持っていないということになる。転移術をティノに託したことによって、ガンドルフは今後一切、転移術を失ってしまったということだ。


「とりあえず、この話は止めよう。まずは、この試験を合格して(終わって)からね」


 ラルクはそっぽを向いた。


「ラルクのことも教えてよ。ぼくのことも話したんだし」


 ラルクは少し考えてから「もう少し絆パラメータが上がったらな」とスルーされてしまった。人の情報を奪えるだけ奪って、自分はだんまりか。親友と過去にも同じことをされたような気もした。

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