第16話 受験生たち

 扉を開けたさきには暗くジメジメとした湿気に阻まれたトンネルの中にいた。無数のパイプが天井から壁へといくつも経由している。

 そこに同じ受験生と思われるライバルたちが百人以上はいる。みんな、扉から現れるなり彼らの視線の的を受けた。


「うわはぁ…すごい視線だね」


 すぐに視線を逸らした。彼らは新たな受験生が来たと確認すると同時に相手の能力、正確、技術、体格と確認がてらに見ていたようだ。


「猛者ばかりだな。うわぁ、魔力がない俺でもこの場の圧力には耐えがたいぜ」


 親友は弱気ばかり吐く。

 こんな場所、ティノだってきついのに、よく淡々と言葉に出して話せるなと、心底尊敬するよ。


(明らかに町にいた連中とは比べ物にならないほど雰囲気が違う……!! 全員が全員何かしらの能力・魔法を持っている。しかも、個々魔力は違えど、敵対心を向けた瞬間……ヤバイなぁ)


 シャルの内心は鼓動を膨らませていた。

 今まで感じたこともない圧力、圧巻、そして何よりも恐怖がこのトンネルの暗さと出口がないのも増して、シャルの心境は苦しそうに見えた。


 自分の能力がどこまで通じるのか、なによりも自分を狙う連中がこの中にいるのかもしれないと。そう考えると不安も膨らんでくる。

 頭を左右に振り、不安を促す。


(ダメだ。冷静を持て、呑み込まれるな…!)


「一体何人くらいいるんだろうね」


 その言葉を聞いて、高台にいた男性が声をかけた。


「577人目だよ」


 ティノたちは頭を上に上げた。

 大きなパイプの上に器用に座り込む中年のおっさんがいた。緑色のベストを着ている。中生地に草緑色のTシャツを着ていた。


「よっ オレはトビ。よろしく」


 トビと名乗る中年のおっさんはティノたちがいる場所へ着地する。やさしい顔をして近づき、ティノの手を握り握手を交わした。


 その後ろでえんどう豆の帽子をかぶった小太りの男がシャルたちに「番号札です」と数字が書かれた名札のようなものを手渡していた。

 ティノも遅れてもらい、その番号札をじっと見つめた。


 ”577”。577番目にたどり着いたという証とともに、これが受験生だと証明するための番号札と言うことも頭に入れた。


「新顔だね、君たち」

「わかるの?」

「まーね! 14才から29回もテストを受けているからね」

「29回!?」

「まぁ 試験のベテランってわけよ。わからないことは何でも教えてあげるよ」


 ニコニコと先輩面して健気にティノたちをエスコートしてやるよと。

 その裏で親友とシャルはひそひそと話していた。


(いばれることじゃねぇーよな)

(確かに)

(それだけテストに受からないということぐらいだから)


「じゃあ、ここにいる人たちみんな知っているの?」

「当然よ! よーしいろいろと紹介してやるよ」


 振り返り、一人ずつ指を向けながら紹介していく。


「116番のヘンジ。怪力使いの化け物だ。魔力を筋肉に増幅させ、重い物でも軽々と持ち上げる。下手に目を付けられない方がお得だ。なにせ、俺をバカにしたと思った奴は手あたり次第、踏みつぶされる」


 体系は細身。筋肉というほど腹筋もない体の持ち主だった。動きやすいように薄い服を着ている。


「141番のリリー。見た目はどこかのお嬢さんといった感じだが、魔力はこの中でも断トツと高い。使える魔法こそ少ないが、長期戦になると厄介だ。こちらが負けを認めない限り執念深く追ってくるストーカー体質だ」


 ピンク色のツインテールの美少女だ。トクンと胸が鳴った。恋とは違う。魔力の流れが渓流のように激しくはない滑らかだ。その魔力の流れに魅了されてしまいそうな気分になる。


「270番のトンパ。情報通で相手の弱点を探るのに優れている。魔法も確認済み。相手の弱点を調べる魔法を使うから、初対面で会っても必ず距離をとれ、弱点は他人に売る。それが奴のモチベーションでありトラブルメイカーでもある」


 小太りな体系をしている男性だ。


「――とまあ、ここら辺が常連だ。実力はあるが性格が災いして合格を取り見逃した連中だ」


 次はーと話しを進める前に悲鳴が聞こえていた。


「ぎゃあぁ~~っ」


 悲鳴がした方向へ目を配ると男性が膝をついて恐怖で蒼ざめていた。男性の身体を見てギョッとした。

 なにせ、両腕がキレイさっぱいりに消えている。


「だめだよ、人にぶつかったら謝らなくちゃ」


 ピエロのような仮面をかぶった男性が立っていた。

 男は自分の腕が無くなったことに「オ、オレの腕がああぁ~~!」と叫んでいた。腕はどこに消えたのか、どこにいったのか見当もつかない。ただ、言えるのはティノと同じ同業者である可能性が高いということだけ。


「ちっ……アブない奴が今年も来やがった」


 冷や汗を掻きながらトビは目を逸らしながら言った。


「14番。ディペル。自分が気に入らない奴を片っ端から殺していく殺人ピエロ。その仮面の下を見た者は、生きていない…」

「……!! そんな奴が今年も堂々とテストを受けれるのかよ」

「当然さ。殺人者でも強盗でも虐脱者でも歓迎している。ここにいる連中みんながきれいな心を持っていると考えない方がいいぜ。なにせ、人を殺したくてウジウジしている奴だっているんだからな! さっきのディペルのようにな」


 忠告を推すように念のためもう一度名を言った。

 奴にはかかわるなトビからの伝言はそれだけだった。


「他にもヤバイ奴はいっぱいいるからな。オレがいろいろと教えてやるから安心しな!」


 と胸を張ってオレに頼れと言い放った。

 ティノや親友は元気よく返事をした。


 そばで聞き耳を立てていたエルマは内緒話が聞こえていた。


(よく言うぜ。自分が一番タチが悪いくせによ)

(”新人つぶしのトビ”)


「おっとそうだ」


 後ろカバンからジュースが入った缶を取り出した。見たこともない絵柄だ。この辺でしか売っていないものだろうか。缶の表紙には説明書きが一切載っていなかった。


「オレ特製のジュースだ。お近づきのしるしだ。飲みなよ」


 ぐいっと真っ先に飲んだ。取り越し苦労だっただろうか、少しホットして胸を撫で下ろした。ティノたちも互いに顔を見合わせ口へ運ぼうとしたその時――


「待ってくれ!」


 銀色の髪をした少年が寄ってきた。

 ジュースはまだ飲んでもいない。何があったのだろうか?


「そのジュース。余っているならくれないか?」


 ティノたちがもっているジュースに眼をやる。

 ティノはトビに残りはないのか? と聞くとトビは「これ以上はないよ」と断った。


 トビには申し訳ないけど、少年が喉を渇いている様子だったので、渡した。


「ありがとうな。緊張しているのか喉が渇いちゃって…あ、三人も譲ってくれないかな」


 と、図々しい奴だなと思った親友だが、シャルとエルマはさっさと手渡してしまった。


「なんだよっ! お前らまで」

「人からの飲み物は素直に飲まないことにしていたんだ。ありがたいことだよ」

「そうです。もうテストは始まっているのです。それに…このジュースは――」


 エルマの心配をよそに親友はジュースをグイッと飲んだ。


「あっ…止めとけばいいのに」


 と銀髪の少年はジュース缶をクルクル回しながら親友の馬鹿さを心の中で笑っていた。


 トビの唇が睨んだ。

 エルマと銀髪の少年は気づいていた。このジュースの中身は毒であること。それと、この毒は決して生半可な薬品や抗生物質では対処できない代物であることを承知していた。


 これらは銀髪の少年の体内とエルマの魔力からして分析し図った結果だった。


 案の定「うっ……腹がぁああ」と親友の腹の中がけたましい響と唸り声を上げた。親友が徐々に青ざめていく。もう限界だとトイレに駆け込もうとするが、トイレが見当たらない。


「どこだっ! トイレはぁ! どこなんだぁー!!」


 人を避け、トイレを探し回る親友をよそ眼にトビは「あちゃーごめん! ジュースが古かったようだ」と白々しく言い訳を放っていた。

 両手を合わせて謝罪はしているものの、腹から笑ってることはエルマと銀髪の少年は気づいていた。


「申し訳ないっ!!」


 トビの必死な謝罪にティノは答える。


「いいよ、気にしなくて。親友は心が狭いところがあるからね。あとで、治せばいいから」

「本当に申し訳ない!! あとで彼に謝っておいてくれ」


 そう言ってさっさとその場から逃げ出してしまった。


「あ……」


 追いかけようとしたが、人込みの中に入っていたため、これ以上の追跡はあきらめた。先ほど言った殺人者がこの中にも紛れ込んでいると考えたら、トビを追いかけるのは危険すぎると判断した結果だった。


「いいよ。ほっとけよ」


 銀髪の少年がジュースをすべて飲み終えていた。


「そのじゅー…す」


 親友の苦しむさまを見てから、銀髪の少年の様子に心配する。


「いいって。オレ、これが毒だってわかっているから飲んでいるから」

「どっ…どういうこと?」

「毒でも死なない体。そういえば理解してくれるかな」


 銀髪の少年は飲み終えた空き缶を捨てると、さっさと行こうとした。

 ティノは銀髪の少年を呼び止めた。


「待って。ぼくはティノ。君の名前は」


 銀髪の少年は髪を掻きながら「オレはラルク」と冷たく言った。

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