第8話 第二部 仲間たち

 大きく揺れる船の中、親友とティノの二人はハンモックでゆったりしていた。

 船の外は今まさに大嵐のなか走行していた。


 船を飲み込もうと高波が襲ってくる。その度に船長と船員たちが船を持ちこたえようと必死で頑張っている。

 そのなか、船の中も大波が襲われていた。


 船が転覆するんじゃないのか?


 そんな最悪なことも脳裏に浮かべ、乗客は不安を募らせる。


「おい、大丈夫だろうな!」

「今忙しいんだ。後にしてくれ」

「乗客を置いていくのか!? ふざけるな!」

「ふざけていない。こっちは乗客よりも船が一番の大事だ。あんたらの不安げを俺にぶつけるな!」

「船よりも乗客を大事にしろよ!」

「船が大事だ。なにせ、船が転覆したり沈んだりしたら船がかわいそうだ。それに、お前らの命をこの船が預かっているんだ! あんまり騒ぐなら降りてもらうぞ」


 この嵐の中、下りろとか? ありえないだろ。


「ギャーギャー騒ぐのは自由だ。だが、船長や乗組員にちょっかいを出すな!」


 船員はさっさと走っていった。

 置いてけぼりされた乗客は部屋の中待機さるえなかった。


 船員が駆け付けると、船長が舵を握り、正面から襲ってくる波の壁をキッと睨みつけながら舵を強く握った。


「取り舵一杯!! 飛ぶぞ! 捕まれー」


 船長が舵を切るなり、船は高らかに舞い上がった。



 太陽の光が雲を遮り姿を現した。先ほどまでの慌ただしさはどこにもなく、平凡な日常の海へと変わっていた。


「ご苦労さん。2時間休憩」

「へい」


 船員と軽く挨拶を交わし、船内へ入っていく。


「乗客の様子はどうだ?」

「それが…」


 乗客が押し込めた倉庫の中には鼻を曲げるほど悪臭が漂っていた。

 部屋の中は汚物だらけ。窓も開けるタイプものではないため、空気の逃げ場がない倉庫の中は乗客の肥溜め化していた。


 思わず鼻をつまむほど耐えられないものである。


(掃除する身もなれってんだ)


 つかむベンチも固定の物もないこの倉庫に乗客たちはジェットコースタに乗せられた気分のまま、朝まで迎えさせられたのだ。


 おかげで、乗客のほとんどが「全滅です」と船員が情けないと締めくくった。


「搭乗の顔とは全く別もんだな。相変わらず」

「ですね」


 帽子を整い、呆れてため息が出る。

 部屋を出ようとしたとき、一人の少女が横切っていった。


「いま、治しますから」

「わ…悪い…」


 治療にあたっている。緑色の光を浴びながら、一人の男性に手当てをしていた。男性は身体中から汗が出ており、鼻からは血が流れていた。


 そのほかにもハンモックで寝ている少年二人組と、窓の付近で優雅に本を読んでいる人もいた。


「ふふん。今年はちと楽しめそうだ」


 船長は嬉しそうだ。



 全滅している乗客に向けてこう告げた。


「これからさっきの倍以上の嵐の中を航行する。命が欲しい奴はさっさとボートで逃げるんだな」


 その声を聴いた、乗客たちは慌てふためき、船に積んであったボートをすべて海に下ろすなり「二度と来るか!」と捨て台詞を吐いて逃げ出してしまった。


 もう一つの倉庫に案内され、残されたメンバーを前に船長は訊いた。


「残ったからには試験を受けてもらう」

「試験?」


 親友が疑問を浮かべた。


「そうだ。魔法使いは大抵のことではヘタレない。つまり、我慢強いということだ。この船に乗った時点で、試験は始まっている」


 親友とティノはお互いに顔を見合わせる。


「それが本当なら、あの乗客たちはみんな失格ということか」

「……」

「ノーコメントか」


 船長は答えない。つまり、試験を与えてるのは船長だが、合格有無は船長の意思では決めることはできないということか。


「本当かどうかもわからないなぁ」


 受付先までまだ距離があるはずだ。船長から直々試験を与えてくることは事実じゃないかもしれない。だが、もし試験だったらここで無視したら、不合格になっていたかもしれないという話になりかねない。


「それで、どんな試験です?」


 少女が尋ねた。


「まず名を聞こう」


 質問よりも船長の質問を答えろと言った感じのようだ。

 優先的に少女が答える。


「私はエルマ」

「ぼくはティノ」

「俺はジン」

「シャルだ」


 船長はふむふむと頷き「なぜ、ウィッチウィザードになりたいんだ?」と壁に拳を押し付け訊いた。


「私は――」

「待て、なぜそんなことまで話さないといけないんだ。面接官でもあるまいし」

「いいから答えろ」


 クッと親友が唇を噛む。


「私は、医者になりたいためにウィッチウィザードの資格が必要なんです」

「医者なら、そこら辺の医師免許でも取れば…」

「ウィッチウィザードは魔法使いの称号。つまり、医者になっても魔法使いと認められないのなら、医者とは言えないのです」


 固くなりキッと睨み堪える。

 エルマは医者になりたいと心の底から願っていた。


「ぼくはある有名人のツテでウィッチウィザードに興味を持った。それだけだ」

「俺も同意見。これといった人生道もないから、ものはためしウィッチウィザードを受けに来た。まあ、ティノのツレだな」


「ふふん」


 船長は上機嫌っぽく鼻で笑った。


「私は答えられない。理由が言えないからだ。それではダメか?」

「ダメだ。理由が言えないのでは論外だ。このままでは試験を合格しても俺の口から”合格”と言えない」

「それは困る」

「……」


 なにか深い思い出深いものがありそうだ。

 シャルは船長の問いに頷くことはせず、ずっと秘密を抱え込むつもりでいるようだ。


「それじゃ、さっさと船から降りろ」

「何だと?」

「まだわからないのか? 試験はとっくに始まっているんだよ」


 一同「!」。


 場の空気が凍ったような緊張感が走った。

 船長の威圧感がまるで先ほどの質問の時とはまるで違う。顔はにっこりと笑ってはいるが、ご機嫌斜めなのは雰囲気で丸わかりだ。


「ウィッチウィザードの受験生は毎年数万を超える。その度に、人数を絞らなくてはいけない。そのため、派遣だが、俺達が受付前に落していく。それが俺らに課せられた仕事なんだ」


 シャルは言わざる得ないということろまで攻め込まれた。

 一同はシャルに視線がゆく。


「……答えよう。私は同胞を皆殺しにされた。奴らは略奪グループ。私は義眼を捕まえるためウィッチウィザードが必要だ」


 ティノと同じ復讐者の道を選んでいる。それも一人ではなく大勢ともいえる大人数の枷を背負っていた。


「わからないな」


 親友が首を振るう。


「要は仇討ちか? わざわざウィッチウィザードとかいうものにならなくてもいいんじゃないのか」

「この世で最も愚かな質問だ。ウィッチウィザードは魔法使いの称号でもあり、同時に魔法を極めるにも必要最低限の資格だ。これがあるかないかで情報の習得、仕事の種類、魔法の知識、隠れた技術などを得ることは不可能なんだよ。君の脳みそには収まらなかったようだな」


 ぐ…図星のごとく親友は黙った。

 ウィッチウィザードのことはティノだって詳しくは知らない。もっとも魔法のことも術のことも今まで知らなかった親友はなおさらのことだ。


「で、話しは以上だな」


「待て」


 親友は一手止めた。


「理由を追加だ。いますぐにそいつを海の藻屑にする。ついでにその目的も絶やすぜ」


 ピクっとシャルが反応した。


「取り消せ。私を愚弄するなら別だが、私の目標を遮るのなら、容赦しないぞ」

「上等だ。今すぐその面をゴミクズにして放り出してやる」


 互いに殺気を放つ。


「表に出な。貴様の荷物ぐらい故郷に捨てておいてやる」

「来い!」


 二人して外へ出て行った。

 外は嵐で高波が発生している状況だ。無茶だ。死にに行くようなものだ。


「止めないのか? 親友なんだろ」


 ティノは黙った。親友だけど、こんなとき相棒だったらなんて止めればよかったのだろうかって。


「二人は相手の超えてはいけない線(ライン)を超えてしまった。相手のことを理解するには相手のことを思う気持ちも必要です」


 落ち着いた表情で胸に両手を置き、エルマは続けた。


「二人に何かがあっても私は助けます。それが医者への宿命なんです」


 エルマもなにか訳ありそうだった。


 ドドドーンと何かが壊れると音とともに慌てた船員が駆け付けてきた。


「船長! 大変です」

「なにがあった」

「マストが耐えきれません!」

「持ちこたえろ。俺もいく」


 船員と船長が外へ走っていった。


「この船は沈むかもしれません」


 エルマがつぶらな瞳で囁く。


「それも運命なのかもしれません」


 意味深な一言だった。ティノはエルマを置いて親友がいる外へ走っていった。

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