第7話 過去の幻惑 未来の存在

 緑の怪物グールグル。遥か彼方の西の国の天然記念物に登録されている絶滅危惧種に登録もされている。


 グールグルの食事は主に生肉。それも人間一人分なら四年以上は生きられるほど消化能力は低く、長い時間をかけて消化するため、その間狩りをすることはない。


 また、武器を使うことや言語を理解するなど知能は低く、人にも腹が減った以外は興味を抱かないことから、比較的に安全指定されている。


 そんな怪物グールグルがなぜ、離れ島にいたのかは不明であるが、魔法使いガンドルフの調査資料によれば、何者かが運び込まれた可能性が非常に高いとされている。


 つまり、意図的に何者かが持ち込んだことで、子供一人を犠牲にこの島で姿を消して住むようになった。違反者のせいで、この島では四年に一度は大量の犠牲者が出てもおかしくはない。と、ガンドルフは危険視を呼びかけた。


 ――現在。


 湖の付近で暇を弄んでいるミッドの近くにあの怪物が現れた。ミッドは湖を見つめていたため、気づいていない様子。


 ミッドの背後からそろりそろりと近づいていく。

 草むらを踏む音が聞こえる。ミッドは振り返った。ようやく来てくれたのだと――。


 男の悲鳴が山から山へと跳ね返った。

 ミッドの声だっと気づいたティノは急いで湖へ走った。


 すぐ隣で走っていた親友は「どうした?」とまるで聞こえていない様子だった。


 湖につくと、ミッドが震えながら棒を片手に怪物に向かって立っていた。足が震えながらも耐え抜き、誰かが助けに来るのを待っていた。


「ティノ!」

「ミッド!!」


 ティノが来てくれた。ミッドはよ転んでいたが、不安がよぎる。

 ティノの隣には知らない少年がいた。ミッド以外に友達がいるわけないと思っていたミッドは悔しそうな顔をしていた。


「ミッド、待ってろ! いま、助けるから」


 片手で木の枝を持ち、もう片方の手で緑の怪物に指を指した。標的を狙いつけるかのように相手の肉の部分と入れ替えるイメージして、木の枝と緑の怪物の肉と入れ替えた。


 緑の怪物は声にならない悲鳴をあげた。

 人の声とはまた違った鳴き声だった。雨水のような音だ。シャワーやスコールとは違い、ポタポタといったような雨音だった。


「よし、利いた。ミッドを放せ、次は容赦しな――」

「おい、さっきから誰と話しているんだ?」

「え…? ミッドだよ。話しただろ…血はつながっていない兄貴だって…」

「なに言ったんだよ…あの怪物以外誰もいないぞ」

「え…だって……ほら…」


 視界がゆがんだ。

 目が立ちくらんだ。血液がうまく流れないのか酸素が届かないのか、視界がぐにゃぐにゃと歪み、しまいには風景の中にいたはずのミッドの姿がいなくなる。


「ぇ…なぁに、これ…? ミッド…?」


 さっきまで聞こえていたはずのミッドがいない。ミッドの声が聞こえてこない。まるで初めからいなかったようだ。


「ど…どういう…こと…?」


 追伸、緑の怪物グールグルは食った人を消化しきるまでは幻惑として出現させる特殊能力を持っている。トラウマを抱えた人物の最も親しい人物(食べた対象のみ)を実体化させ、新たに餌を招き入れる。


 そのため、第二・第三の犠牲者が増える。一刻も早く、緑の怪物グールグルの捕獲要請を求む ――ガンドルフより。


「ティノ!? おい、しっかりしろ!!」


 ダメだ。ティノは気が動転している。まるで誰もいないはずなのに誰かいるかのように振舞っている。


 親友はその辺に転がっている石を怪物に投げた。


「おい こっちだ! こっちを向け!」


 自分の方へと誘導する。

 魔法や術なんてなにひとつ持っていない一般人だが、勝算があるはずのティノがああなってはどうしようもない。

 すこしでも、ティノが戻れればと、親友は勇気を振り絞って緑の怪物グールグルを誘い出していた。


 雨音が聞こえる。グールグルがこっちへ近づいてくる。

 本当に人の言葉を持たない怪物だ。不気味に雨音だけが聞こえてくる。本当に雨が降っているみたいだ。ついつい空を見上げてしまいそうになる。


「ティノ! はやく…!」


 ティノは親友の存在も消えてしまっているようで気が付いていない。


「ティノぉおお!!!」


 記憶の中で、ティノはいた。

 ミッドが殺されたあと、湖でただひたすらミッドと会話をしている自分がいた。


 友達も近い年ごろもいないティノはいつもひとりぼっちだった。

 この島では同い年の子供はそうそう生まれてこない。子供は一家にひとりと決まっているからだ。


 特に、女性が少ないこの島ではなおさら。

 島外から来る女性が唯一の彼女となる。この島の女性は将来結婚する際は、外の人と付き合わなくてはいけないという風習があるため、男性と女性とは好きに付き合うことはできなかった。


 そのため、ティノはいつも一人ぼっちだった。

 唯一の女性であり母親は二年前に病死している。代わりに家政婦(ミッドの母親)が代わりに身に来てはいる。

 父はティノがまだ赤子の頃に島外の仕事で出ていったきり、行方は分からないままだ。ミッドの母曰く「事故死した」と言っていた。


「ティノ… こっちだ…」


 記憶を探っていくと、いなくなったはずのミッドがいた。あのころの姿のままで。ミッドが声をかけてくれるたびにティノは返事をした。

 ミッドはいつも一緒だった。この湖から離れることはできなかったのを除けば。


 親友と友達になるころには、ミッドがいつも以上に寂しくなっていた。ティノはミッドが寂しくないように親友や友達、先生、村の人よりもミッドを尊重していた。それが、まやかしだっていうことに気が付かないまま。


 そして、記憶の糸をすべて戻した時、悟った。

 悟った瞬間、涙がこぼれた。

 今まで流れなかった甘酸っぱい水が瞳から流れたとき、記憶がひとつに重なった。


――あの日を最後に、ミッドはいなくなった。ミッドは最初からいなかった。すべて妄想だった。そして――


 目を大きく開けた。

 まるで夢だったかのように、記憶の中にあったミッドは消えつつあった。


『ティノ……』


 懐かしい声で名前を呼んでくれている。

 けど、これは幻だ。過去の投影だ。ここにはいない。


「ごめん、ミッド。ぼくはようやく約束を果たせる。だから…」


 ミッドは頭を左右に振った。


『友達が呼んでいるよ。俺はいつでもお前を見ているから――』


「ティノ! ティノォお!!!」


 親友の声だ。助けを呼んでいる。

 親友の下へ駆けつけようとしたとき、振り向いた。


 そこには自然あふれる緑一色だった。

 ミッドの姿は消えてしまっていた。


「……」


 思い出を振り返ることを拒み、湖の中心に指を指し、念じた。

 グツグツと茹で、沈んだはずの石が浮かび上がった。その石を使って、緑の怪物に向かって転移させた。


 緑の怪物グールグルは大きな悲鳴をあげた。

 石が怪物の頭部と入れ替わっていたからだ。


 緑の怪物は頭部と入れ替わった石を外そうともがいていた。

 ティノは小石を港の方へ投げ、親友に振り向いてこういった。


「終わった。行こう」


 渇いた笑顔がどうもしっくりこない。親友は悪い冗談だと断った。


「怪物をこのままにしておいていいのか? だって、コイツはまだ…」


 雨音がしなくなった。

 怪物の息の音が止まった。


「な…」


 石が溶鉱炉にしたかのように溶けていた。グツグツと煮えている音ともに怪物が徐々に臭くなっていく。


「早くいこう」

「あ…ああ…」


 親友は頷き、ティノの肩に手を置いた。


 シュパッと姿を一瞬で消した。

 石が投げた港の方へ一瞬にして移動し、早々に準備に取り掛かった。


 ティノは港に住んでいる。

 昔住んでいた村は学校に通う頃には引っ越ししている。学校から通うにはとてもく、食べ物も少ないことから、比較的に近く食べ物を入手できる港に移り住んだ。


 その結果、湖までの距離が伸び、術の修行が大いに役に立った。移動する術を短縮するということに。


「なにを急いでるんだよ」

「これ、見てくれ」


 机の引き出しから取り出した一枚の手紙を親友に見せた。

 親友はその手紙を広げ、読み上げた。


「ティノ殿、術を教えてからすでに4年は経過した。あの憎き怪物は時期に姿を現すだろう。油断するなよ。いくら魔法を極めたと言っても所詮は、魔法使いでもなんでもない素人(見習い魔法使い)だ。さて、もし怪物退治を成功していたら、ウィッチウィザード試練に挑戦してみないか? ウィッチウィザードは年に一度開催されている。最終受付は11月30日。それまで受付をしないと、また来年までお預けとなる。さて、もしやることがないのなら、ウィッチウィザードを受けてみてくれ。待っておるぞ。 ガンドルフより」


 手紙を見ながらプルプルと親友の手が震える。


「が、ガンドルフ…って」


 手紙を片手に握り、もう片方でティノの肩を握りしめた。


「あの超有名なガンドルフのことじゃないのか!?」


 唾を吐きかけるかのように親友は興奮していた。


「三大魔法使いのひとりだろう…そんなに有名なの?」チラリと親友を見つめた。


「有名という話じゃないさ! 大有名人だよ。生きた国宝級が歩いているもんだよ! 三大魔法使いなんて、人前に降りて話す機会なんて全くないんだ! そもそも、ウィッチウィザードの参加を呼び掛けるなんて…ティノ! 君はすごいよ」

「そ、そんなにすごいのか?」


 ちょっと照れくさくなる。


「すごすぎて言葉が見つからないほどだよ!! どうやって知り合ったんだ!? できれば教えてくれ。あと、ガンドルフの好きな物や得意な魔法とか――」


 興奮が閉まらない親友をドン引きしながらガンドルフと出会った一部始終を話した。


「――なるほど。それで、君は復讐の術を選んだわけか。それにしても…」


 チラリとティノを睨みつけた。

 雑に置かれた荷物や食料、衣類。

 一人で旅立つのはあまりにも危なしい。親友は前から決めていたかのようにティノの肩を掴んだ。


「俺も心配だから一緒についていくよ」

「ちょ、ちょっと待って! ぼくが来てとしか書いてなかったよ?」

「俺が行くなとも書いてなかった。なら、一緒に行ってもいいだろ? それに、俺達親友だろ?」

「ま、まあ…そうだけど…」

「嫌そうにするなよ。せっかく絆が深まるイベント中に怪訝な顔をするかね君は」

「う…すみませ――」

「だもォっ! 謝るなって! そこは、「ありがとうございます」だろ」

「あ、ありがとう…」

「よし、良く言えたな」


 なんか、話しをまとめられちゃったような気がする。


「出発は明朝前。なにかとんでもないことがあっても無視しろよ。むしろ、出かけづらくなるからな」


 あ…そういえば校舎のことすっかり忘れていた。

 先生や友達…怪物に怒りの拳をお見舞いしていなかったことも忘れてた。


「そんなに暗い顔をするなよ。俺がついているから。じゃあ!」


 親友はさっさと出て行ってしまった。

 明朝前。親友が勝手に日程まで決めてしまった。行動は早いが、やることはもう少しのんびりしてもいいだろうと心底思うティノだった。


 後日――ティノと親友がせっせと荷物を終え、船に乗るなり、町から大人たちが慌てて駆け込んできた。あの怪物騒ぎの一件だ。

 親友と顔を見合わせ、大人たちに謝罪しながら出港した。


「……いいのかなー」

「気にしなくてもいいと思うよ。それに、あの怪物事件は俺達のせいじゃないさ」

「だけどぉー」

「君は、もし顔を知っていても大して話さなかった人が身近にいた。赤の他人だ。その人がある日、死んだとき葬式に顔を出すかい?」

「え、えっとぉ…」

「特別な関係がない限り、いかないし呼ばれないだろ。それと同じさ。俺たちはあの学校に通っていたけど、君は一人ぼっち。俺も一人ぼっちだった。唯一俺とティノと引き合わせてくれたのはあの先生だったけど……不思議と悲しいと思えないんだ」


 親友は太陽が昇り始めた空を見つめんながら優雅に紅茶を飲んでいた。出かける前に自分で作ったものだ。


「ぼくも…なんだか、夢だった見たいな気持ちなんだ」

「……気持ちを変えよう。これから死が待っているかもしれない大冒険に出るんだ。俺たちはこれを乗り越えられるかどうか今まさに試されている。悲しんでいる場合じゃない。俺たちは乗り越えないといけないんだ!」


 親友は大の字で俺の胸のもとに来いと言わんばかりにカモンと合図を送って見せる。ティノは親友に導かれるまま、親友の胸へ抱き付いた。

 そして、先ほどまで忘れかけていた涙が一斉にあふれ出した。


 わんわん泣いた。

 悲しみの連鎖が恐怖と不安、苦しみ、憎しみを兼ねて、すべての過去の涙たちが現世へと呼び寄せた。

 ティノは太陽が昇るまで、ずっと親友の胸の中で泣き続けていた。

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