カスタマーサポートはやさしい

水乃 素直

カスタマー・ガール


『プルルルルル……プルルルルルルルルル……』甲高く鳴る電話。

「お問い合わせ、と」

『プルルルルrrrrrr……』

「やけに混んでるな。なるべく早くしてほしい。3時のおやつの前には済ませたいんだ」

『……ガチッ』

「もしもし」

『こちら、B&Lグループ、総合カスタマーサービスです』

「もしもし、少し聞きたいことがあるのだが……?」

『お問い合わせありがとうございます。現在おかけになっている電話は電子案内です。アナウンスに従ってボタンを操作してください』

 大きな企業は、まず人を電子案内でふるいにかけた。

「……チッ」

『ご用件のある方は1を選択してください。ボタンの押されなかった場合、この電話は自動的に切断されます』

「1、か。カチッ」

『プルルルルル………、こちら、B&Lグループ 総合カスタマーセンターです。お問い合わせありがとうございます。お客様がお問い合わせされるのはどこに該当しますか? B&L家電製品に関するものは1を、B&Lグループ ブリジットにまつわるものは2を、B&Lグループ リンクカンパニーにまつわる方は3を、選択してください。また、そのどれにも該当しない場合は4を選択してください。もう一度繰り返します。B&L家電製品に関するものは1を、B&Lグループ・ブリジットにまつわるものは2を、B&Lグループ・リンクカンパニーにかんするものは3を……』

「カチッ」

『3番、リンクカンパニー、ですね』

「そうだ」

『B&Lグループ・リンクカンパニーにお電話ありがとうございます。リンクカンパニーのどの事業に関するお問い合わせでしょうか? リンクモバイルに関するものは1を……』

「カチッ」

『リンクモバイルカスタマー、ですね。よろしければ1を、違う場合は2を選択してください』

「カチッ」

『♪〜〜……プルrrrrr……こちら、リンクモバイル、カスタマーセンター総合受付です。ご用件のある方は1をせ……』

「カチッ……なんなんだこれは」

『♪〜〜……』

冗長じょうちょうなたらい回しにさせて、お客からあきらめさせたいのか? くそっ」

『リンクモバイルID・パスワードはお持ちでしょうか? お持ちの方は1を、お持ちでない……』

「カチッ」

「リンクモバイルID・パスワードをお持ちではありません。IDとパスワードを作られる方は、リンクモバイル公式ホームページをご覧ください。ホームページのアドレスは、https://……』

「あぁ! くそっ! 早くしてくれっ!! はやく!!」

 ついかっとなってボタンを手当たり次第押した。

『……こちらのアドレスまで……』

「カチッ、カチッ」

『……』

「あ! しまった! つい!」

『♪〜』

「……どうすればいいんだ」

『♪〜〜…』

「今私が押したのは1か? 2か? どっちなんだ。くそっ、こっちだって急ぎなんだぞ。めんどくさいのが悪い。早く人がいるところに繋げて欲しい」

『♪〜〜……』

「……チッ」

『♪〜〜』

「……これ、くるみ割り人形か?」

『♪……』



 受話器から聞こえてきたのは、電子音ではなく、高い女性の声だった。

『大ッ変!申し訳わけありません! こちら、お問い合わせセンターです。申し訳ありません!わたくし、カスタマーサポートセンター担当の芥子雛けしひなと申します』

 あまりの声の大きさに受話器から耳を話した。向こうの慌てぶりにかえってこちらが落ち着きを取り戻した。

「……」

『こちら!リンクモバイルカスタマーセンターの……』

「……これは電子案内か?」

『芥子雛と……はい?』

「いや。すまん。これは電子案内か?」

『いいえ、申し訳ありません! こちらは我々で対応しております!』

「いや、申し訳ない。多少混乱している。人が喋ってるのは分かる。ただ、電子案内がやけに長くて……」

『それは大変申し訳ございませんでしたァ!!』

「あと君の声が大きい」

『お客様、申し訳ありません!!』

「……そうか。もしもし。ちょっとだけ、尋ねたいことがあるんだ」

『はい…….それはそれは、今回の件に関しましては、大変申たいへんもうわけございませんでした。お客様きゃくさまには大変たいへんなご迷惑めいわくをおかけしてしまいました。お客様にはなんのもございません。わが社に責任せきにんがあります。はい、申し訳ございません。今回の事件をまえて、深く反省はんせいしております。次はこのような事態じたいが二度と起こらないように対応してまいりたいと思っております』

「いや、そういうことじゃない」

『え……っと……? と言いますと?』

「今、君らが対応に追われていることとは関係なことだ」

 リンクモバイルカンパニーは少し前においたをしていた。社を挙げて謝罪をして、どんな責任も取る姿勢を示していた。

『ふぅ……そうでしたか。それはそれは失礼いたしました』

 長いため息だった。

「確かに大変なことだと思う。大企業であるリンクモバイルが二日間も通信障害が発生したんだ。まるまる2日電話もメールもネットもできない。そりゃ、たいそうキツかった」

『はい』

 丁寧に訓練されている、相手の話を催促さいそくさせるようなうなづき方。とにかく相手に気持ちよく喋ってもらって説教してもらうことが目的の会話の運び。こちらの気持ちが和らぐのを感じた。

「この相談センターにもなかなか電話がつながらなった」

『申し訳ございません』

「三日後の今日。ようやく電話がつながった。私はようやく安心している」

『はい』

「君のクレーム対応の苦労がうかがえる」

『はい、ありがとうございます』

「でも、私にとってどうだっていい。それはいったん後だ」

『はい、ありがとうございま……す……?』



「そんな難しいことじゃない、ただ聞きたいだけなんだ」

『つまりは、お問い合わせでございますでしょうか?』

「まぁ、そんなところだ。」

 困惑する番が私から彼女に移り変わった。私は質問を切り出した。

「すごく、簡単な質問だ。だが、これには深い意義いぎがある。思うに簡単に見えることは、簡単がゆえに馬鹿ばかにされがちだ。すべてのものごとの基本はたいそう簡単なことばかりなのだが、多くの人にはそれが分からない、と私は考える。さんざん難しいことを言われて疲れてしまったあげく、一番とっぴでよく分からない変な選択肢を一番真理にせまったものだと選び、勘違いをする」

『はい……』

「そこで、とにかく問おう。1+1は?」

『え?』

「1+1、の答えだ」

『え、えええ、え?』

「そんなに困ることでもないだろう。私は早く答えが知りたいんだ。君が出す答えを」

『い、いや。い、1+1ですか?』

「そうだ、解けないのか?」

『なぜ、そのようなこと?』

「それは先ほどいった。この質問に深い意義があるからだ。やはり、君は解けないというのか?」

 そんな無能なやつはないはずだ。

『そんなことはありません』

「じゃあ、教えてほしい。このための電話だ」

『しかし』と彼女はつづけた。最初の印象とは違い、適切な音量で静かにとうとうと答えた。知性的に見えた。『ここで言ったことは、わが社の答えと取られてしまいます。私などの発言が社の顔に泥を塗るようなことがあってはいけません。賠償問題ばいしょうもんだいにも発展します。本部に問い合わせますので少々お待ちください』

「そんなかかるのか、馬鹿らしい。早く回答をよこしなさい」

『そう言われましても』しばしの沈黙。大きくなる電話越しの彼女の声。『そうだ! 今電卓借りますので、少々お待ちください!』

「おいおい。電卓がないと解けない問題じゃないだろ……。電卓は公的な証言か?」

『……(ちょっと電卓貸して)……どんがらがっしゃーん!……。(ごめんごめんごめんごめん!)』

「お、おーい、もしもしぃ」

『はぁーい! はい! お客様! 大変お待たせしました。ただいまから電卓で計算いたしますので、あれ? これ電源入ってない?』

「あの、あのね、君」

『いえいえ、お客様ご心配なく。大丈夫です。いますぐ、いますぐ答えを出しますので!』

「……」

『……えっと、いちたすいちは』

「……」

『にです!に!2でございます!』

「だろうな」

『もう一度確認させていただきます』

「それはもういい。次の質問だ」

『え、いいんですか?』

「いいんだ」

 次の質問に移った。

「じゃあ、君は新聞を読むかい?」

『新聞ですか、正直に申し上げますと、読みません。申し訳ありません』

「いや、あやまるようなことじゃない」

『お心遣いありがとうございます』

「今どきの子は新聞読まないからなぁ」

『はい』

「AIプロジェクトがある。」

『えーあい?』

「国、大学、企業が共同で進めているプロジェクトだ。ついに国がちゃんと動き出したわけだ。ずいぶんと遅いと思うのだが」

『はぁ』

「君は歴史を勉強したことあるか?」

『いえ、そんなに』

「そうか」

『でも、ジャンヌダルクは好きです。かっこいいから』

「そうか」



「君の名前を聞いてもいいかい?」

『私の名前ですか?私は芥子雛けしひなアメリと申します』

「あめり?ハーフか」

『はい』

「アメリカか?」

『馬鹿なこと言わないでください。フランスです。母がフランス人なんです』

 強い口調だった。言ってはいけないことだった。

「それはすまんかった。怒らせるつもりは無かった。無知で適当なことは言うもんじゃないな」

『いえ、取り乱してしまいました』



「ついでだから私も名乗っておこう。私は赤川秀樹。一応、大学の教授だ」

『さようでございますか』

「私はあるAIプロジェクトの責任者だ。研究もチームで協力し合って完成間近まで漕ぎづけた」

『そ、そうなんですか』

「そもそも、もっとセキュリティの高いやつにするべきだと言ったんだ。互換性もあって、なんとかなるやるようなやつ。リンクグループは委託先の基準が曖昧なんだ!」

『……お客様?』

「私が専門家ではなかったことが悲しい。巨大だが新興海外企業だ。でも、だからこそ、日本で提携する企業もぐちゃぐちゃだ」

『はぁ』

「とにかくリンクの下請けになればなんでもいいと言わんばかりで、おたくらも数がそろえばなんとかなると思い込んでいる」

『お客様?』

「ん?」

『なにかご不満が?』



「きみに対する不満じゃない。国家事業を行うときに、安いからと言って不安定なものに手を出すべきじゃなかっただけだ、と私はプロジェクトリーダーに言いたかったのだ。あのあほ面に」



「あー! もう! 我慢できん!」

『あ、あの?』

「ん!?」

『どうかなさいましたか?』

「どうかって?」

『おそらく、AIプロジェクトの話をされたいんだと思うんですが?』

「そうだ!そうだよ!アメリさんといったかな?まさにその通りだ!」

「プログラムがまともに動かなくなったんだ! 湯水のように注いだ大金をで作られた試作品が、3歳児でもできそうな足し算ができなくなったんだぞ! なんでって? リンクモバイルサービスが二日間も通信障害を起こしたからだろ? バックアップもろくにつかえない。修復不可能にちかい状態だった。全部リンクなんとかグループにまかせたらそうだ。こんな馬鹿なことがあるか。お前たちのせいだ。くそったれ」



       ******



 幸いにも、大金をかけたAIプロジェクトは無事に完成にこぎつけることができた、と後日の新聞にそう報じられた。2日の通信障害の代わりに、国民から厳しく追及されそうなほどの大金を追加することによって。研究者たちの夜もいくばくか失われた。

 赤川ラボの主任が座る机には、明日のための発表原稿とそのうち発表される論文が置かれていた。賠償問題を気にした企業がスポンサーになったことで予算は工面できたそうだ。

 そして、論文の末尾、謝辞を述べる欄にひとつの名前が追加された。共同研究者がこのハーフの女性はだれなのか、と聞くと博士は「慌てん坊のジャンヌダルクの名前だ」と答えた。

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カスタマーサポートはやさしい 水乃 素直 @shinkulock

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