14話 正体、真実、食堂へ

 目の前の食堂の惨状に固まってしまった僕たちのうち、早く正気に返ったのは栞だった。僕の方を向いて、話そうとしている顔が強張っているのはきっと怖さや不安からだろう。

 

「あの、お姉様。いったん部屋に戻って、紗友里さんにもらった寮のガイドを見に行きませんか? 流石に、ここが紗友里さんの言っていた食堂だとは、私には思えません」


「そうですね。ここに居てもしょうがないですし、この食堂については後で紗友里さんにでも聞いてみましょう」


 そう言って、僕は服の裾をつかんでいる栞を連れて、自室に戻ることにした。


▼ ▽ ▼


「あ! 栞さんに由美さん。どこに行っていたのですか? 寮の部屋に来たら、お二人がいなかったのでびっくりしましたよ」


 食堂から戻り、自室に向かうと部屋の前には紗友里さんが待っていた。


「すいません。時間に間に合うように食堂へ行こうとしていたんですが……な、なんて言うか、趣のある食堂しか見つからなくて迷子になってました」


 隣を見ると僕がそう謝るのに合わせて、栞も静かに頭を軽く下げている。入寮早々時間を守れなかったことは僕にとって、心苦しかった。これから僕と栞の学院生活をサポートしてくれる人に対して余計な苦労を増やしてしまったからだ。そんなことを考えていると紗友里さんが、ばつの悪そうな顔をしていた。


「えっと。さ、紗友里さん?」

「ごめんなさい!!!」


 僕が困惑していたら、紗友里さんがいきなり頭を下げてきた。


「実は、私が部屋まで向かいに行くことを昨日伝え忘れていたんです。気が付いた時にすぐに言っておこうと思ったですけど、緊急会議で呼び出されちゃって伝えられなかったんです、本当にごめんなさい」


 そう言って、紗友里さんはまた頭を下げてきた。


「あ、頭を上げてください。人間忘れることぐらいは、誰にだってありますから。それに、部屋に迎えに行くつもりだったのも元は私が眠そうにしていて、寮の説明を途中で切り上げたからですよね? だから、そんなに申し訳なさそうにしないでください」


 僕のその言葉を聞いて、紗友里さんは驚いたようだ。


「そこまで分かっていたんですね。それでも、学生はまだまだ気を使わずに、大人に甘えていてください」


 そう言って、少し照れたように笑う紗友里さんの笑顔は、大人の余裕があり、とても魅力的だった。

 その笑顔に見とれていた僕には、この後の栞と紗友里さんがしていたひそひそ話は耳に入らなかった。


▼ ▽ ▼


「ねぇ、栞ちゃん。お兄ちゃん、もらっちゃダメかな?」


 私は和人君に気づかれないようにひそひそ声で栞ちゃんにそう言った。


「な、なんでそんなこと言うんですか!?」


 私の言葉に栞ちゃんは、驚いた様子だ。きっとこんなこと言われるとは思っていなかったんだろう。

 でも、慣れてもらわないとね……。そう思って、私は言葉を続けた。


「だってこんなに、気が回る子はなかなかいないわ。きっと学院の中でも、もてるでしょうね」


「ですが、お兄様はお姉様として学院に通うんですよ。そんな、女の子相手にもてるわけないじゃないですか」


「栞ちゃん、もてるっていうのは人気になることだけじゃないの。それに、アルーラにはそっちの気がある子もいるから……」 


「…………?」


 その言葉を聞いた栞ちゃんは本当にわかってなさそうな顔をしていた。まぁ、女の子は表情を隠すのがうまいから本当はどっちかわからないけど……。


「まぁ、この話はここまでにして食堂に向かいましょう。お料理が冷めちゃうから」


 そう言って、私はこの話をいったん切ることにした。


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