第6話

「ちょっといいかな」

 西村君は笑顔で聞いてきた。カオルは、セールスマンみたいな笑いだと思った。

 学校での西村君はどちらかというと目立たない方だった。勉強も運動のどちらも普通だった。特にできる方でもなく、特にできない方でもない。何か悪さをすることもなく、山田先生の手をわずらわせることもない。

 カオルは西村君を自分の部屋に連れて行った。西村君は、カオルのベッドに腰掛け、カオルは椅子に座った。

 西村君はおもむろに話し始めた。

「夏休みが伸びたことに対して、どんな感想をもっているかな」

「どんな感想って、まだ嘘なんじゃないかなと思うよ。そもそも夏季休暇日数適正化法なんて話があったけ。西村君は知っていたかな」

 西村君は笑顔を作ったまま、話を聞いている。

「僕は、絶対に聞いた気がしない。夏休みが長くなればいいなとは、毎年思っていたけど、突然長くなりましたなんて、あまりにも変だと思うんだ」

 笑顔の西村君は、表情を変えない。カオルは西村君は何を考えているか読めなくなった。

「それはそうだよね」

「そうだろ。変だよね。それとも僕一人だけが記憶をなくしてしまったのかな」

「いや、それはないよ。君はモニターだから、そろそろ本当の話を教えようか」

 モニター。何のことを言っているのか。カオルは訝しんだ。

「君はモニターに選ばれているんだよ。変化する世界のモニターに」

 カオルは何を言っているのか分からなかった。西村君は続けた。

「この世界は変化を始めた。いや、変化を促されたと言った方がいいかな」

「えっと、何を言っているのかな」

「ワタシは、願望のエネルギーの蓄積が生み出した存在なんだ。本来は、この世界に定着した姿を得ることはできないが、この人間の少年に同化することにより認識可能な姿となりえているんだ」

 カオルは思った。ああ、夏休みが突然伸びたことに対して、ショックを受けたのは僕だけではなかったんだなと。可哀想なことに西村君はあまりの出来事に、少しおかしくなったんだ。しかし、否定するのは彼の病状に良くないかも知れない。まずは話を聞いてあげよう。

「この国の人間は、休息を欲しがっていた。その想いは、エネルギーとして蓄積されている。世界の変質は想いによってなされる。ワタシは、蓄積されたエネルギーであり、実行者である」

「そうなんですね」

「そう。だから、ワタシは世界の変質を促した。しかし、本来ならば世界を作るのは人間の現実的な行動でなければならない。だが行動が行われない場合、エネルギーの側面から変化が促される」

 カオルは、よく分からなかった。

「以前もこの国は、エネルギーが先に立つことで、行動が促されることがあった。明治維新は、想いのエネルギーが先行して枠組みを変えていったものだ」

「明治維新は知っています。確かゲームで出てきた」

「なら話が早い。ペリーという男が浦賀沖に黒船で来航したことがきっかけで、日本は鎖国が終わり、江戸時代は終わりを告げたであろう」

「端的に言うと、そうでしょう」

「ペリーが、来航しようと思ったから、時代は動いた。そう思わせたのが、想いのエネルギーなのだ。なぜかは分からないが日本に来航したくなった。それは、エネルギーが耳打ちしたからなのだよ。日本に行けと」

 カオルは思った。あまりにも雑な作り話だ。

「今回、ワタシが行ったことも同じである。総理大臣の耳元で、夏季休暇日数適正化法のアイデアをささやいた。もちろん本人は自分自身が考え出したアイデアだと信じてやまないだろうが、実際はエネルギーによって操られたのだよ」

 カオルは思った。西村君は雑な妄想に捉われてしまっている。

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