第5話

 カオルは家に帰り、リビングのテレビの電源をつけた。

 登校してすぐに帰ってきた息子に、母親が声をかける。

「ほら、やっぱり夏休みは続いていたでしょ」

「うん」

 母は洗濯機の前で、洗ったばかりの洋服のしわを簡単に伸ばして、洗濯カゴの中に入れていた。

 テレビは、芸能人カップルのニュースが映し出した。他のチャンネルに変えてみたが、どのテレビ局も芸能人カップルの結婚の話題ばかりを特集していた。

「夏季休暇日数適正化法」については、誰も関心がないのかも知れない。そもそも僕のように社会実験があるなんて知らなかった人間はいないのかも知れない。きっと僕だけが知らないところで、他のみんなは知らされていてたんだ。だから、夏休みが延長されているクラスがあっても、さして話題に上がらず、当たり前のものと受け取っているんだ。カオルは、なんかむしゃくしゃしてきて、テレビのリモコンを壁に投げつけた。

 カオルは子ども部屋に行くと、残っていた宿題を始めた。朝から登校する子ども達を見たからか、自分一人だけがずる休みをしている気分になっていた。頭では、そうではないと分かっているのだが、気持ちの方は割り切ることができずにいた。とりあえず宿題を進めておけば、罪悪感から逃げ出すこともできるし、どちらにしろ夏休みは終わりを告げる日が来るのだから、宿題を終わらせておかないといけない。

 実際に取り掛かってみると、宿題の量は、さほどではないことが分かった。時間が無いと焦っていたために、一人でイライラとしていたのかも知れない。母に謝らなくてはとカオルは思った。

 宿題が終わると、特にすることもなくなったので、ゲームをした。カオルは、普段よりもつまらないと感じていた。持て余すばかりの時間は、使おうという意志がない限りは有効に利用できない。人間という生き物は、制限があるからこそ、そこから逃げたいと思うし、楽しみを見出すことができるんじゃないか。カオルは、ゲームのコントラローラーを置いて、ベッドに横になった。

 突然、呼び鈴が鳴った。呼び鈴というものは突然なるに決まっているのだが、その時のカオルはベッドに横になってうとうとし始めていたのだから、突然だと感じてしまった。

 母親が同じクラスの西村君が来たと言った。彼も暇をしているのかも知れない。

 カオルは玄関の扉を開けて、西村君を見た。西村君は、満面の笑顔で立っていた。こんな顔だったかな。カオルは、そう思わずにいられなかった。

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