第3話
夏季休暇日数適正化法とは、平たくいえば国民の要望に合わせて、夏休み期間を調整しようというものである。
そもそも日本人は働きすぎだと言われている。しかし、懸命に働いている割には収入は増えない。せめて夏休みでも長く取ることができたらいいのだろうが、真面目な国民性からか休みを取ることに罪悪感を感じてしまいがちだ。また、他人が休むことに対しても無言の圧力をかけ、働くことを美徳としてしまう。
そこで政府は、国民の真意を測るために、各業種ごとににランダムに調査グループを指定して、そのグループに属する者全員が働きたくなるまで夏季休暇を続けるという社会実験を行うことにした。カオルの所属する5年2組は、調査対象に抽出され、夏休みが延長されることになった。
と、これが母親が説明してくれたことなのだが、カオルは寝耳に水で、そんなおかしな話は、まことしやかに信じることができなかった。夏休みの始まる前には調査対象として指定があったらしいが、それなら先程まで自分必死に宿題をしていたのだろう。明日は始業式で宿題を提出しなくては、山田先生に叱られてしまう。そう考えていたのだからこそ、宿題をしていたのだ。
カオルは、母親の話が信じられず、同じクラスの日高君に電話をしてみることにした。彼は真面目で勉強もよくできる。普段はあまり会話をすることがないのだが、彼なら変な嘘はつかないだろうし、母親の妄言を笑うこともないだろう。
呼び出し音が三回鳴ったときに、日高君は電話に出た。
「夏休みは今日までで終わりだけど、どうしても分からない問題があるんだ。よかったら教えてくれないかな」カオルは、夏休みは明日も続くのかななんて聞いたら、馬鹿にされるんじゃかと思って、はぐらかしながら聞いてみた。
「君もかい。『明日も夏休みかな』って言うんだろう。何を言っているんだよ」
「いや、えっと、そうだよね。明日は始業式だよね」
「ほら、やっぱり先生の話を聞いていない。だから、夏季休暇日数適正化法に関わる社会実験のために、僕らのクラスは夏休みが続いて、十日に一回の学級会によって、二学期の始まりがいつから決定されるんだろう。第一回目の学級会は九月十日だから忘れるなよって言っていたじゃないの」
「あー、そうだよね。僕らのクラスが対象になっていたんだよね。なんか自信なくてさ。ありがとう」
カオルは、そそくさと電話を切り、母親に言った。
「僕が寝ぼけていたみたい」
「そうでしょ、私に文句を言ったことをちゃんと謝ってよね」
母は、野菜を切りながら、笑っていた。
「ごめん。ごめん」
カオルは、できるだけ適当な感時に聞こえるように明るく謝罪をして、自分の部屋に戻った。
壁のカレンダーは、七月のままだった。夏休みだからって、八月に変えることを忘れていたんだ。カオルは七月と八月のページを一気に切り離した。とりあえず明日からは九月だ。学校は夏休みが続くが、とりあえず九月だ。
夏季休暇日数適正化法だって。そんな話は絶対に聞いたことがない。
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