第2話

 カオルは目を覚ますと同時に「しまった」と思った。空はオレンジ色になり、町内放送が子どもたちに家に帰るように促していた。

 少しだけ昼寝をしようと思っていたのに、カオルは眠りすぎていた。隣のキッチンからは、パートから帰ってきた母が夕食を作る音がした。

 カオルは母に対して、苛立ちを感じた。どうして僕を起こさなかったのか。カオルはキッチンに走った。

「なんで起こしてくれなかったの。このままじゃ夏休みの宿題が終わらないよ」

 宿題をしていないのは自分の責任なのだから、母親が文句を言われるのは筋が通らないはずだ。しかし、カオルは少しだけ仮眠をした後は、宿題を終わらせるまで頑張るつもりだったのだが、それが予定よりも眠り過ぎたことに苛立ちを感じていた。

 俗に言う逆ギレというのだろうが、本人にとっては死活問題だ。宿題を忘れたとなると、担任の山田先生に叱られてしまう。瞬間湯沸かし器こと山田和雄先生は、普段は温厚な優しい先生だ。しかし、いくつかの怒りスイッチがあり、その一つが宿題忘れである。宿題を忘れたと聞くと、鬼のような形相で怒り始める。だから、クラスの友達は絶対に宿題を忘れないようにしている。

 カオルも普段は忘れたりしないように気をつけているのだが、夏休みだから余裕があるとたかをくくっていたことと、八月頭に発売された新作RPGに夢中になり過ぎてしまったのだ。

 先程、ひたすら埋めていた漢字ノートはやり忘れていた宿題の一つであった。他にも算数プリントが十枚程度残っていた。少しだけ、ほんの少しだけ仮眠をしてから宿題に取り組めば無事に終わる計算だった。しかし、思ったより寝すぎてしまった。これでは間に合わないではないか。しかも、宿題が終わっていないことを知っている母親が、起こさずに夕食なんかをのんびりと作っている。そのために、カオルは焦りを母親にぶつけざるをえなかった。

 母としては、いい迷惑であろう。起き抜けに起こり出した息子に対して、怒気を込めて言い返した。

「何を言っているの。明日も夏休みでしょうが」

「今日は八月三十一日。夏休みの最後の日だよ。宿題していないと、僕は叱られるんだよ」

 母はやれやれといった表情で言った。

「明日も夏休み。カオルのクラスが選ばれたことを忘れたの」

「何に」

「何って、夏季休暇日数適正化法に関する社会実験じゃないの。夏休みの日数が小学生にとって丁度いいのかを調べることになって、あなたのクラスが選ばれたんでしょ」

「いつ決まったの」

「四月には決まっていたでしょ。そして、一週間前に山田先生から夏休みが足りないとの意見が多いので、無期限に延期することになったと連絡があったじゃない」

 母はそんなことも忘れたのと言いたげであったが、カオルには全くもって初耳であった。

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