終わらない夏休み

山脇正太郎

第1話

 夏休みの最終日をどう感じるかは、小学生にとって意見が異なるだろう。長い夏休みを終えて、友人たちと会えるのを楽しみにしている子どもがいる一方で、終わってしまう夏休みを残念に感じている子どもがいる。

 今、子供部屋の勉強机にかじりついている眼鏡の少年は、どちらかと言うと、後者の部類に当てはまるだろう。少年は、ときどきうなり声にも似たため息をつきながら、漢字練習帳のます目を埋めていている。書かれた文字はお世辞にも上手だとは言えない上に、山、川、などといった画数が少ない漢字ばかりだ。彼はそれらの漢字を覚えていないわけではない。むしろ、目をつぶっても書くことができる。覚えることが目的なのではなく、とりあえず明日までに漢字ノートを埋めてしまうことが大切だと、いや、埋めてしまわないと担任の先生に叱られてしまう、それだけは避けたいという思いで漢字を書いていた。

 眼鏡の少年の名前は、カオル。小学五年生の彼は、全身がひょろっとしていて、芥川の河童絵のように細い。河童は相撲が得意だというが、彼は運動はからっきしだ。体育でドッジボールがあろうものなら、率先してボールにあたり、後は外野でのらりくらりと時間が過ぎるのを待つような子だ。ただゲームとなると、人が変わったように集中力を発揮し、何時間でも没頭することができる。今年の夏はそれこそ大作のRPGが発売されたこともあり、ひたすらゲームにのめり込んだ。その代わり宿題をすることをおろそかにしてしまっていた。

 カオルは漢字練習帳を一ページ五分という驚異的なハイペースで進めていたが、二十ページばかりを簡単な漢字ばかりで埋め尽くしたあたりで、さすがに疲れが出てきたので、一度休憩することにした。

 カオルは、二階の子供部屋から、一階のキッチンへと向かい、冷蔵庫からコーラのペットボトルを取り出した。昨日、ママから買ってもらったコーラは半分ばかり残っていて、グラスに注ぐとシュワシュワと小さな泡を立てた。カオルはそれを一息で飲み干すと、テレビをつけた。ワイドショーが放送されていたが、名前も知らないハリウッドスターのゴシップに興味が湧くこともなく、チャンネルを変えてみた。別の番組は萌黄色の和服に包まれた男が、落語をしていた。カオルは、しばらくの間、落語を聞いていたが、段々と眠くなってきたので、ソファーに座ったまま仮眠をとることにした。

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