第2話 行ってきます、河合さん。

 10月も月末に近づくに連れて、冬の様相がちらつき始める。水道から流れ出てくる水は冷たく、まだ寝ぼけている頭をスッキリさせるには都合が良い。

 洗面台の鏡に映る青年の顔は青白く、少しだけ疲れが見えていた。このところ仕事が立て込んでいて睡眠時間が短い事が原因だとはわかっていても、他人に仕事を丸投げするか、長時間残業をして片付けるしか方法はなく、青年の性格では後者を選ぶしか無かった。

 そんな窮屈な日々においても、朝食だけはしっかり摂ろうと、青年は台所に立った。

「目玉焼きばかりだと河合さんも飽きてくるだろうし、たまにはオムレツとか作ってみるか」

 ぶつぶつと呟きながら、青年は冷蔵庫の扉を開く。冷蔵庫の中は整理が行き届いており、青年は迷うことなく必要な食材を取り出していく。

「野菜が切れてきたな。帰りにスーパーに寄れたらいいけど……」

 青年は慣れた手付きでオムレツを完成させると、テーブルの向かいに置いた皿にラップをかける。料理に使用した道具を片付け、自分の分のオムレツを食べ始めた。シャワーを浴びているであろう「河合さん」はまだリビングに来る気配はない。

「河合さん、朝弱いからな……」

 これまでも、平日に朝食を一緒に食べることは無かった。それほど「河合さん」の低血圧は重症のようだ。

「……夜遅くなる方は、傘を持って出掛けた方が良いでしょう」

 テレビの向こうで天気予報士が仕事熱心なサラリーマンの心配をしている。

「もうこんな時間だ」

 青年はスーツに着替えるために寝室へ向かう。

「やっぱり、まだ寝てる」

 「河合さん」はまだ寝ているようだ。青年はくすりと笑うと、ベッドの上の乱れた布団を優しく整えた。

 シワのないワイシャツに袖を通し、慣れた手つきでネクタイを締める。線が細く頼りない印象を受ける青年も、スーツに身を包まれると頼もしく見えてくるから不思議なものだ。

「それじゃ、行ってくるよ。河合さん」

 一言「河合さん」に挨拶すると、青年は静かに寝室のドアを閉めた。時計の針は、8時をちょうど回ったところだった。

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河合さん 住所不定無色 @YmKCQoqrRy7JkCBa

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