71話 クズじゃない!
私、榊原楠奈はクズじゃない。あの生徒会長に金魚のフンのようにくっついてる先輩が勝手に言ってるだけ。
確かに盗撮はちょっとやりすぎた気はするけど、そもそもこんなこと生徒会室でやってることのほうが問題だ。横にいる二歳児くらいの子どもも困惑している。まさか、子どもまで作っているなんて……。というか、今子どもが二歳児ってあの生徒会長何歳で子ども産んでんだか!
――なんて思っていたけれど、この出来すぎなまでの状況を考えて見ると色々裏があるとしか思えない。私のことをクズなんて呼んでおいて、私のためにここまでするの?
私が壁新聞部(だった)の部室に入ったとき、金魚のフン先輩は何故か(元)部長に胸ぐらを掴まれていた。
首に下げた一眼レフに手をかけることもなく、異質な光景にポカンとしたまま私は固まってしまった。
(元)部長は、私を見るなり手を引っ込めて気まずそうな顔になる。金魚のフン先輩は、足早に(元)部長に背を向けると、私の横を通って帰っていった。すれ違い際に肩をポンと叩かれて、目的は理解できた。けれど、理由は全然分からなかった。
(元)部長たちの直前の会話を思い返す。
――交渉ってなんだよ
――そうですね。壁新聞部のこれまでの活動通り、僕に不祥事の証拠を突きつける、とかね?
最後に、金魚のフン先輩の私への目配せが確信だった。私は、さっき先輩に連絡を貰って部室にこのタイミングで来たのだ。
その時のメッセージに書かれいたのだ。
「例の写真を持ってこれから部室に来てね。上手く状況はセットしておくから、後はキミシダイ!」
ぎゅっと写真を掴む手に力が入る。汗ばんでふやけているような気もする。
例の写真……これこそが不祥事の証拠。
この写真の価値は校内においてはちょっとしたネタに過ぎないけど、今この瞬間の(元)壁新聞部においては最高のネタになった。何故か、そのネタによって一番迷惑を被る先輩によって。
恐らく先輩の筋書きはこうだ。
私が、初めてこの部室に来たときのテンションで部員たちに例の写真を見せる。すると、(元)部長らは、最高の交渉材料である不祥事の証拠を持つ私を喜んで迎え入れる。部員たちは、共通の敵(いじり相手)を私から金魚のフン先輩に移し、私と部員たちは味方(いじり仲間)としての関係を築ける。
そうすることで、私は名実ともにこの壁新聞部の一員になることができる。
しかしながら、金魚のフン先輩は迷惑を被る。
なんで先輩は、そんなことをするんだ。私のことをクズだなんて呼んでおいて、自分の名誉を犠牲にこんなこと。
「どうしたの? 榊原さん。何かいいネタでも持ってきたの?」
(元)部長は、にこやかな顔を作り直し私に言う。
例の写真を持つ手がピクリと動く。……どうしよう。悩む。いや、悩んだフリだ。もう、答えなんて決まっていた。
私にそんな勇気はない。
「……ご、ごめんなさい。……えっと、今日のところは失礼しま、す……」
私は、震えた声言うと背を向けて部室から小走りで退散した。私の言葉にどんな反応をしてるかも見たくなかった。
私の心の中で愚痴が渦巻く。
私だって知ってた。私のことを歓迎してないなんて。
――でも、そんなことをすぐに認められるわけないじゃんか。
先に入部した友達だって今までは普通に話してた人たちだし、自分がハブられる側に回ってるなんて、分かっててもすぐ認められるわけ……ない。
中々入部させず、からかってるくのも、イジってくるのも、全部私を仲間として認めた上だって……そういうふうに思いたいのが普通だ。
――お前みたいないじられる側の人間は、おもちゃとしての価値しかないんだ。
先日言われた言葉がリフレインする。
――なんだよ、あの金魚のフン! 分かったような口利きやがって。そんなこと当の本人の方が百倍理解してるっての。一々口に出されたら、どんどん泣きたくなってくるだよ。こっちは頑張って見ないフリしてたのに。本当のことだったら、なんでも言っていい訳ない。
それであの作られた状況が、泣かせたお詫びかよ。ホントきもい、お節介。私は、知らないフリして他人の犠牲にタダ乗りできるほどクズじゃないっての。
――えぇ、やめなよ。楠奈ちゃんには向いてないって。
普段ぼっちで、たまに私に話しかけてくるクラスメイトに、壁新聞部に入部すると話した時、返された言葉。
私はそれにめちゃくちゃ苛ついた。私は、その子を見下していたから、まるで「君は私と同じこっち側でしょ」みたいなニュアンスで言われたのが癇に障った。それは同時に「壁新聞部みたいなのは、君と違ってあっち側」みたいな意味も含んでいて、聞いていて苦しかった。
今思えばそれは、私のコンプレックスのど真ん中を見事に貫いた言葉だったのだ。
――そんな風な意味じゃなくて。楠奈ちゃんは根が優しいから。……あぁ、壁新聞部の人たちが優しくないって意味じゃなくて……その……
珍しく怒り口調の私に気を使って、その子は自然とそのまま会話をフェードアウトさせて、それ以降話しかけてこなくなった。なんだか、それはそれで悲しく感じた。でも、自分を曲げるなんてできる気がしなかった。
ナードな感じの女子にもなりきれず、かと言ってクズ……は言い過ぎかもだけど、壁新聞部やそこに入った人たちのようにもなれない。中間をふわふわとしてて、結局居場所がなくなった。
「ねぇ、楠奈さん」
声をかけられた。ちょっと涙目になっているせいでホント最悪な気分。……というかこの声は……生徒会長?
「何ですか?」
不機嫌な返事と共に振り返る。
「ルートB、だそうですよ。加藤くんによると」
「……なんの話ですか?」
「彼曰く、今回の件はちょっとした心理テストらしいです」
「心理テスト? ルートBってなんですか」
「どうやらクズ……すいません。楠奈さんはクズじゃない、らしいです」
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