70話 M&A
「ああ、うちもう新入部員の受付してないから、ごめんね」
営業マンのようにしっかり髪を分けて固めた男に挨拶早々そう言われた。俺は、色々考えた挙句壁新聞部に単身で突撃したのだが、やっぱり想像通りだった。
部室内には、十人ほどの部員がいた。パソコンを前に何やら色々楽しげな女子生徒二人。後輩の女子生徒三人に色々語る男子生徒が二人。そして、今俺の対応してる男とさっきまで話していたであろう男女が一人ずつ。
「最近も一人来たんだけど、なんかうちの部活話題なの?」
男がそう言うと、後ろの男が「そりゃそうでしょ。最近は結構突っ込んだこともやってるから」と鼻につく感じで言った。
たかだが高校生風情でジャーナリスト気取りか、とツッコミたくなったが、やめた。オイルでベトベトのパーマに、荒れまくったあばた顔でいろいろ察した。
「あっそうだ〜 なんか面白いやつ持ってきたら、入れてあげたら」
と、後ろの女が言った。そうすると、部員全員が榊原さんの件を思い出したのか、笑ったり、ニヤついたりし始めた。俺に何か説明することはなく、みんなで一つのことを共有して面白がるのが楽しいのか、クスクスと笑っていた。
やっぱり、想像通りの奴らが集まっていたみたいだった。
「いや、僕はあなたには何も頼んでないですよ、部長さん」
俺がそう言うと「えっ?」と驚いたようにした。
「ん? ……ごめん、どういうこと?」
「だから、僕は今日から入部するのでよろしくお願いしますって言いに来ただけです」
俺は、しっかり書き込まれ入部届を見せる。俺の予想外の行動に驚いたのか、部室内がどよめく。全く最初は俺の方を見てなかった人たちも俺に注目した。
「だって、入部自体は別に部長からの許可とか必要ありませんよね? なので、突然ですみませんが今日から同じく部員なのでよろしくお願いします」
俺が言い終わると、何となく空気が変わった。共通して俺という存在が、この空間から排除される対象に選ばれたのだと、そう感じた。
「明日から、本格的に部活動に参加させて頂くのでよろしくお願いしますね」
俺は、ゴリ押しで壁新聞部に入部した。
※ ※ ※
入部は、簡単だった。入部届に必要事項を書き込んで、夏草先生にとりあえずハンコを押してもらって、それで完了である。そもそも、部長なり、顧問の許可なんていらないらしい。まぁ、本当の意味で入部したいなら必要だろうが、システム的には結構緩かった。
それに壁新聞部は、今年の春から顧問が不在である。正確にいうと顧問は存在しているが、訳あって休職中らしい。怪我、病気、育休辺りだろう。本来なら代理の顧問が必要だが、そこらへんはなあなあでやってるんだろう。
「で、なんで私がここにハンコを押すんですか?」
そして現在俺は月宮先輩にも、とある要件でハンコを貰いに行っていた。月宮先輩のハンコというより、生徒会長のハンコといった方が正しいだろうか。
「生徒会存続の為だと思って!」
「じゃあこの白い紙どかしてください。そんな無責任にハンコなんて押せません」
ハンコを貰いに来たのであって、同意なり許可を貰いに来たわけではないのだ。ハンコ社会を舐めるな。俺は白い紙で資料を見えないようにし、ハンコだけを求めた。
「僕たちの社会的評価の失墜を防ぐ為にも!」
恐らく同じくことを思い出したのだろう。月宮先輩は、耳を赤くする。
「お願いします。僕を信じてください」
「…………今回だけ、ですからね」
控えめにポンとハンコを押した。チョロい。
これで作戦のフェーズ1は完了である。
※ ※ ※
帰りのホームルームを終えて、俺は全力で壁新聞部に向かった。
まず俺は、『壁新聞部』と書かれた看板の上に昼休み用意した紙を貼っつけた。壁新聞部は今日限り終了なのだ。
まだ誰も来ていない部室に入ると、資料をゴソゴソと漁り目的のもの探した。企画書に原稿、バックナンバーやよく分からないリストなどをかき分け、目的のソレを手にする。そしてスマホを取り出し、ある人に連絡をする。
これで俺が、やるべきことは全て終わった。後はことが上手く進むのを待つだけである。
ガラガラカラッ! と突如部室の扉が開く。そこには鬼の形相をしたあばた顔と、こめかみにムキって感じの皺を作ったセールスマン男と、そのお友達の女の子と男の子何人かがいた。
「……何だコレはっ!」
あばた顔は、部室前に張り出された看板(さっき細工をした)を見せつけるようにしてツバを飛ばして叫ぶ。
看板に貼られた頼りない紙に書かれた文言を指さしながら、俺に説明を求めているようだ。
「何って今日から変わったんですよ。知らなかったんですか?」
その看板には『生徒会広報部』と書かれている。
「お前ホントに何言ってるんだ。こんな幼稚な悪ふざけ……」
穏やかそうなセールスマンの髪型の男も平静を崩し苛立つ……というより怒りを通り越した感じだ。その他の人間たちも絶句といった様子。
「悪ふざけも何も。壁新聞部の部長は、今日の昼休み時点で、僕に変わったんです。ちゃんと生徒会長、先生のハンコも貰ってますよ。そしてその数秒後壁新聞部は、新たに生徒会広報部として生まれ変わったんです。当然これも正当な手続きを経て、許可も得ています。ああついでに言っておくと顧問もたった今新たに擁立しました」
さっき漁った紙をピラピラ見せびらかす。
顧問についてはなあなあでやってる部分につけこませてもらった。部長からの提案であり、教師も納得であれば不在の顧問の代理に新顧問を付けるのは造作ない。
「……君は何が目的なのかな。僕ら何か君に嫌がらせでもしたかな? それだったら謝るから、全部元通りにしてくれるかな? みんな迷惑しているんだ」
従来の部長であったセールスマン男は、できるだけ優しい口調で言う。
「迷惑してるからやめて? じゃあ壁新聞部の活動って続けられなくないですか? 迷惑ばかりかけてますよね?」
「ごめん、言い方が悪かったかな」
「いや、悪くないですよ。迷惑ならやめてほしいのは当たり前ですし。でも、そんなことを言われても困るんですよ。なにせ僕は、あなた達に迷惑をかけるのが目的なので。目的達成を喜べば良いですか?」
あばた顔が舌打ちする。女の鋭い睨みが集まる。そしてセールスマン男は、ゆっくりこっちに向かってくる。
セールスマン男は、俺の目の前まで来る。が、しかし止まらない。そのまま意外に屈強な身体をそのままゴンッと俺の身体にぶつけてきた。のっそりとしたスピードだったが、思ったより衝撃が強くて俺は後ろによろけた。
その隙を逃さず俺の胸ぐらを強引に掴むとセールスマン男は言った。
「誰に喧嘩売ったか分かってんのか?」
目は充血していて、顔が赤い。手の甲には血管が浮き出て、力が今にも爆発しそうな様子だ。
その時、がらがらがらとさっきとは違って弱々しく扉が開かれる。
「ひっ――」
入ってきた彼女――榊原楠奈はそんな情けない声をあげる。
「どうやら入部希望の人みたいですよ。元部長さん」
「……どいうことだ?」
「別に僕から言うことは何もありません。僕を部長の座から退かせたいなら暴力ではなく交渉でお願いしますね。あと、新入部員さんの対応も任せます」
「交渉ってなんだよ」
「そうですね。壁新聞部のこれまでの活動通り、僕に不祥事の証拠を突きつける、とかね?」
「……」
「……じゃあ僕は帰ります。僕は生徒会本家の人間なので、生徒会広報部みたいな、まるで業績不振で飲み込まれた子会社の如き小規模な活動では役不足ですから」
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