69話 裏の生徒会
この豊星学園には、文化部、運動部様々な部活動が存在している。毎日活動しているものから、兼部オッケーな月一しか活動のない出会い目的のものまで。ジャンルも広く抑えていて、王道なサッカー部みたいな部活から、マイナーどころで言えば囲碁サッカー部とかまで。……あんま広くなさそう。
とまぁ、そんな風にたくさんの部活が今日も元気に活動しているのだが、そんな中で一つ異質な部活が存在する。それが、陰で裏の生徒会とまで囁かれる壁新聞部である。
なんだよそのエロゲみたいな一昔前の設定……と思うかもしれないが、事実はエロゲより奇なりなんて言葉があるくらいだ。全く問題はない。
それより壁新聞部が、裏の生徒会と呼ばれる所以だが、簡単に言えば学校版ゴシップ系週刊誌のような活動を行っているからだ。
週刊ではないものの、定期的に部誌を制作し、そこに色々なものを掲載する。イラスト部美術部などと協力し、表紙制作し一見マトモそうである。中身も基本は、部活動の大会での活躍や、文化部の作品、かなりいい成績を残した場合はインタビューなど前半部は問題ない。しかしながら後半に進む連れ怪しくなる。
例えば、匿名カップルのインタビュー。そこに書かれるのは、初々しい少女漫画のような恋愛ではなく、黒塗りの多い下品なものばかりだ。
他にも人気のあるものとして、『裏垢特定してみた』や『今月の破局』なるコーナーがある。タイトルの通りの内容である。
まるでいつの時代の文化だと思うけれど、この学校ではかなり昔から続く由緒ある伝統である。そのため教師陣には黙認され、存在が許されている。そんな古臭い性格を持ちながらも、最近はデジタル販売も行っており、令和の時代にうまく適合している。
……というかもう令和六年ってマジかよ。入学した時は平成だった気がするけど、どうやら気のせいみたいだ。
まぁともかく、このような事情により壁新聞部は、部活動の中でも一際目立ち、かつ権力を持つ。廃刊に追い込もうとした教師の薬指の指輪が消えたなんて話もある。
そして現在。
「このスクープを以てして、私は壁新聞部に入部するのです!」
クズは目をギラギラさせて言った。例の写真を掲げ、それは夕日に反射して一部光り輝きなんだか余計にいかがわしいモノに見える。
でも、今はそれより。
「ちょっと待てクズ。スクープを以てしてって、入部にそんな条件があるのか?」
「はい、そうです。壁新聞部となれば取り扱う情報も情報ですから、入部には厳正なる審査が行われる……らしいのです!」
らしい……ってそこが曖昧じゃダメだろう。まず、こんな盗撮まがいなことをするより先にすることがある。
「クズナさん。あなたは騙されてます。この学校の全ての部活動は全生徒に開かれてます。厳正な審査だなんて、生徒会長の私も聞いたことがありません」
月宮先輩はそう言った。確かに俺も同じく、入部に審査や条件など聞いたことがない。
「いやでも……私は確かに聞いたんです。わざわざ部室に行って部長さんからそう伺いました。入部した友達からだってそう聞きました」
クズは、キッパリと言い返す。けれど、何となく俺には事態の全容が見えた。
「あれだ、クズ。つまりはお前、歓迎されてないんだよ。もう2学期も終わる。4月に入った新入部員だって馴染み始めてる頃だ。今更よく分からん一年生なんて入れたくないだろ。それに部誌、お前も読んだことあるだろ? どう考えてもTHE高校生の内輪乗りって感じで、閉鎖的なコミュニティだって見りゃ分かんだろ?」
「ちょっと加藤君!? 言い過ぎじゃないですか!?」
「あぁ……すいません……」
……確かに私怨が入っていたかもしれないけど、でも大体そんな感じだ。
クズといえばちょっと涙目になっていた。歓迎されてないとか、ちょっと言い過ぎたか……。
「私だって本当は、最初から入りたかったんですよ! でも、入学早々事故で入院してて入れなかったんです! ……だけど最近友達が、途中からだけど入部できたって聞いたから、私も入ろうと思ったんです」
「なるほど……」
途中からでも入部できたやつが居たのか。……となると真実はもっと残酷そうだ。
「これはお前の為を思って言うが……」
俺は前置きをする。
「それ、嫌なおじさんが使う常套句ですよ……」
月宮先輩に引かれる。だが、今俺は嫌なおじさんにならなければ、赤ちゃんおじさんになってしまうかもしれないのだ。今は言うしかない。
「クズ、お前が入部するにあたって無理難題を押し付けられたのは、お前を入部させたくないからだ。ついでに言うと、それを真に受けてあちこちで敵を作るお前の行動を内輪で楽しんでんだ。もしかすると、いつか部誌で取り上げられるかもな。
じゃあなんで、お前の友達は入部できたのかといえば、既に作られた空気に上手く馴染むことができたからだ。恐らく何人かグループで入部したんだろう」
「ぐっ……」
余計に涙を溢れさせて、図星の表情。
どうやら当たりみたいだ。
「そこに誘われないお前。もとよりお前は、周りに馴染めないタイプなんだ。それこそ、内輪乗り集団に単独で突撃するほど空気も読めない。だから、いじられる側に回ったんだ。恐らく先に入部したメンバーたちともそういう関係だったんだろ?」
「ぐっ……」
更に涙を溢れさせるクズ。そろそろ決壊しそうだ。
「いじる側の集まりである壁新聞部に、お前みたいないじられる側の人間は、おもちゃとしての価値しかないんだ。そのスクープとやらを持っていっても、部誌に採用される可能性こそあるかもしれないが、お前の入部はどうせ叶わない。だから、入部とかもう諦めろ。そしてその写真も今ここで捨てるんだ」
言ってしまった、全て。しかし、真実はなんて残酷なのだろう。
号泣だった。クズ……と呼ぶのは今となっては躊躇われる。榊原さんは、涙をボロボロ溢れさせて泣いていた。しゃがみこんで、最初にあった威勢は全て夕日に染まる空の彼方へ飛んでいってしまった。儚い。
それこそ、壁新聞部の連中が近くにいたなら、すぐにでも部誌に載りそうな状況である。全く嫌な人間たちもいたことだ。榊原さんには、敵ながら同情する。
「流石に……酷いですよ。これは……」
生徒会長はドン引きだった。
「こ、これはアレですよ? あの写真の無価値さを証明するために仕方のなかったことで……」
言ってるそばから俺の声をかき消す大きさで泣く榊原さん。
「これはお前の為を思ってのことで……」
「もう、それやめましょう加藤君」
※ ※ ※
「分かった、榊原さん。俺たちでどうにか入部させられるように頑張るから、その写真を壁新聞部に渡すのは一旦後にしよう。それよりさ、ほらフェンスから離れよう、別に追い詰めたかったわけじゃないんだ。榊原さんのそういう一直線なところって魅力でもあるんだよ。……ほら生徒会長もこう言ってる。確かに苦労も多いと思うよ。でも、そういう人としての魅力ってお金で買えるものでも無いし、すっごい尊敬する。尊敬するよ。うん、めっちゃする。だからさ、上手くやってみるからその写真だけは……」
――みたいな説得の後、写真の件はひとまず保留になり、榊原さんも一命を取り留めた。ホント飛び降りるんじゃないかってハラハラした。
「あんなこと言って、何か策でもあるんですか、加藤君」
一度生徒会室に戻り、緊急で会議が開かれた。ある意味生徒会存亡の危機である。むしろ前の時より危機である。
どうにかすると言ってしまった手前、どうにかしなければあの写真が広まってしまう。忘れかけていたが、俺には愛する幼馴染の香織と、深夜テンションでキスをした渚がいた。彼女たちに見られれば、俺の青春は終わったも同然だ。月宮先輩とのバブバブルート以外のフラグが全部折れる。
……かと言ってあの榊原楠奈とかいう空気の読めないおバカな後輩を、完全に拒絶している壁新聞部に入れるというのは至難の業だ。
「生徒会長の月宮先輩が同伴して、入部をお願いしに行ったらどうですか? いくら壁新聞部とはいえ、無理難題を押し付けて追い返すなんてことはできないと思います」
壁新聞部のやっていることは明らかに校則を反故にしている。であれば、歩く生徒手帳こと月宮先輩の監視の元であれば、部の方も受け入れざるを得ないだろう。
だけど、月宮先輩はあんまり納得いっていないようだった。
「確かにそれで入部自体はできるかもしれないですけど、多分楠奈さんが部内で上手くやってくのは無理だと思います。むしろ部に入ったことで、いじりに歯止めがかからなくなるかもしれないです」
「ああ……たしかに」
目的は、入部というより榊原さんを壁新聞部に馴染ませることなのだ。そうしなければ、ヤケになった榊原さんがあの写真をどう扱うか分かったもんじゃない。
「……ごめんなさい。案も出さずに否定ばかり」
「いや、月宮先輩が正しいです。よく考えれば、今起きてることはいじめの一歩手前……いや、いじめなのかもしれないです。もしこっちから、何かアクションを起こすなら細心の注意が必要なのは当たり前でした」
「いじめ……確かに笑いごとではないですね、全然」
動機が例の写真だから気が抜けそうになるけれど、案外根が深い問題だ。真剣に話そうとすればするほど、写真の件に意識がいって気まずくなるけど、そんなんで事態を悪化させたら、俺の忌み嫌ったいじめの加害者と変わらない。
「――先輩」
「何ですか……急に」
「俺、赤ちゃん卒業して、大人になろうと思います」
「…………いつから赤ちゃんだったんですか?」
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