10話 作戦決行
俺は、触りたくないであろうトイレブラシで。米はその巨大な身体で村上の取り巻きの男二人をボッコボコにした。
米が倒したところをブラシでベチベチやったりとキル泥棒みたいなことばかりしていたがまぁしょうがない。弱いし。
村上たちは、すぐに無関係を装って退散し、男たちも捨て台詞を吐いて逃げるように帰っていった。
そして下駄箱には、俺達だけとなった。気付けば野次馬も消えている。
「いやぁ、肩透かしだったね」
「俺は一回死にかけたけど」
米は随分と余裕そうだった。俺といえば最初に色々蹴られ、米が来てからもちょっと反抗されて結構ボロボロだ。
そんな俺達を困惑しながら見ている一人の女子がいた。粧さんだ。
「えっと……」
なんかモジモジしている。
「粧さん、村上たちに襟掴まれてたところ動画で撮ってたから、よかったらそれで先生に相談して」
俺はそう言ってスマホを出す。超久しぶりの会話でどんなふうなテンションで行くか悩んだが結局クラスメイトAで行くことにした。
昔のことを匂わせたら未練タラタラな感じに見えてしまうだろう。
「あっありがとうございます……」
粧さんの返答もクラスメイトBって感じだった。
俺はとりあえずクラスのグループで同じだったので友だち追加して動画を送った。
「『見てみぬふりもいじめ』みたいだから、先生たちはちゃんと話聞いてくれると思うよ」
俺は下駄箱にも貼られていたそのポスターを見ながら言っておいた。こんなポスターを貼っているんだから、教師たちが破るなんてことはないだろう。
村上たちの横暴は完全に動画に収められているのでもう言い逃れはできない。
「うん……」
粧さんは、俯きながら返事した。
「あぁあと、そこの野次馬の中にいる榎本ってやつだっけ。あいつの器物損壊の証拠もあるよ」
俺は、前に撮ったもう一つの動画も送る。それは粧さんが昼休み寝ていたとき、その近くで明らかに挙動不審な様子でいた榎本が写っている。
粧さんの席の近くで何人かのグループで話していた榎本は、一瞬の隙を見計らって粧さんの腕につけていたアクセサリーを切っていたのだ。
俺はそれをちょうど見かけて動画で取っていた。昼休みの俺の暇具合を舐めたらいけない。
「えっこれ……」
驚いた様子の粧さん。まぁそうだろう。なんてたってさっきいじめを注意していたやつなのだ。
「じゃあ俺は他に用があるからこれで」
俺はそう告げる。俺達の作戦はまだ半分しか終わっていないのだ。
たった今粧さんをいじめから助けることに成功した。多分村上たちは、相当厳しい処分を受けることになるだろう。
だがもう一つ俺にはやらなければいけないことがある。それは自分の正当化だ。
『見てみぬふりもいじめ』という言葉が間違っていることを正式に認めさせなければ、俺が最初にいじめを無視していたことが間違った行動だと判断されてしまう。
ということで一旦米と別れ次に俺が向かうのは生徒会室。この状況を説明し、ついでに『いじめられているところを注意』したことによって暴力を振られたことも言うのが目的。
俺は、生徒会室に向かうため下駄箱のある一階から、生徒会室がある三階までの階段を駆け上った。蹴られたり、首を絞められたりして痛いがこれは我慢だ。
最後の階段を上り終え俺が生徒会室に着くとドアを隔てて向こう側から声が聞こえた。ちゃんといるみたいだ。
生徒会は、この学校でいじめ対策(笑)に取り組んでいる。そして『見てみぬふりもいじめ』というスローガンを考案したのもここなのだ。
俺は、少し古びたドアに近づく。しかし、生徒会室の中から聞こえてくる声は、仕事をしている風には聞こえなかった。
『おめー何してんだよ』
『いや、今のはお前のせいだろ』
こんな声が聞こえた。ゲームしてんなコイツら。物騒な銃声も聞こえる。
一応、録音っと。俺は、念の為いつも持ち歩いている録音機で録音した。これは中学の時にドラマに憧れて調子に乗って買ってしまったたものだ。小型なのでいつも持ち歩いている。
まぁこれは俺の目的じゃ無いからこの辺でいい。俺は、本来の目的を遂行するために生徒会室のドアをノックする。
「あっな、なんでしょうか?」
ドアが開く。
生徒会長と思われる、黒い髪を長く伸ばした女子生徒が先ほどゲームしていた男子生徒にゲームやめさせるように注意しながら慌てた感じで返事をしてきた。
どうやら生徒会長は、まともらしい。
「あのーいきなりなんですけどさっき下駄箱で暴力沙汰が起きたので、それを伝えに来ました」
「えっ、ほ、本当ですか?」
「本当です。ほら、ここ。僕も暴力振られたんですよ」
と、俺は少し腫れている頬を指刺して言う。
「だ、大丈夫ですか?」
「全然大丈夫なんですけど、ちょっとした騒ぎになっちゃってるので」
「あっ分かりました。……それで、何でそんな暴力事件が起きたかわかりますか?」
よくぞ聴いてくれた。
「それはですね、僕が、『いじめている人を注意』したからです」
俺は、横目で生徒会室にも張られていたポスターを眺めながらそう言った。
わざとらしい俺の行動に意味が分かったのか、生徒会長は申し訳なさそうな顔をする。
こんな現実を直視しないポスターを作るくらいだから、もっとダメな人間かと思っていたが、案外まともそうな人で良心が痛んだ。というかめっちゃ性格悪いやつだな俺。
「それで、いじめていた人が対象を僕に変えてそこを、見ていた飯田君が助けてくれて」
俺がそう続けると、俺と生徒会長の話を聞いていたのかゲームをしてた奴が俺達の方へ向かってきた。
見た目は至って普通なのだが、人を見下す様な雰囲気で見てるだけでイラついてくるような奴だった。
見た瞬間このポスターは、こいつのアイデアだなと察した。たしかこの人が全校生徒の前でこのポスターの内容について語っていた気がする。
「会長。早く暴力沙汰先生に伝えに行きませんか? こんな奴の話これ以上聞く必要ないですよ」
やはりというべきか、全校生徒の前での様子とは別人のようにそう言ってきた。
「いや、でも私たちが呼びかけている内容をやったことによって彼は被害を受けてしまったのだから、私達にも責任があるでしょう」
生徒会長は、真剣なトーンでそう言った。
俺は、そんなことを真面目な生徒会長に言わせてしまったことに申し訳なさを感じた。ちょっともう帰ろうかな。
「いやいや、会長。コイツの言ってることなんてどうせ嘘ですよ。学校でこんな事件起こしている奴らなんですから」
なんで俺があの加害者と、同じ括りにされるのか意味不明だったがそれよりも、俺の言葉を嘘だと、何の根拠もなく言ったことの方が意味不明だった。やっぱり帰るのはやめよう。
「嘘はついていません。何で決めつけるんですか?」
「じゃあ証拠を出してください」
ガキじゃあるまいし、まさかそんなことを言ってくるとは思わなかった。
「生徒会は、何かを言うにも一々証拠を見せなきゃ信じてもらえないんですか? 被害者に寄り添うって言ったのは嘘だったんですか?」
「あぁ、そうですよ。事実と確定していないいじめの被害者なんていじめの被害者ではありません」
普通は、否定すべき所なのにそう自信満々で言い切る。
「もし、俺の言っている事が本当だとしたらどうするんですか?」
「あぁ、それはすみませんでしたって土下座くらいしますよ。誰もが認める決定的な証拠があればの話ですが」
そうやってあくまでも冷静を装って言い返してくる。真剣な顔でも目が笑っていた。
「……………」
「どうしたんですか? 話が終わりなら忙しいのでこれ以上あなたに時間を割くことはできません」
まぁ、でも俺は彼にイラついたりはもうしない。なんなら同情するくらいだ。
「言質とったからな?」
俺はそう言ってポケットに手を突っ込み、そこからスマホを取り出すと、動画の再生ボタンを押し、目の前の彼に見せつける。
この動画は、さっき米が撮っていたものだ。すぐ送ってもらうよう予め頼んでいたのだ。再生された動画には、俺が村上さん達のところに出て行き何かを言っている様子が写っていた。
そして、そのあと俺が暴力を振るわれたところまでちゃんと映っていた。これを撮るために最初に暴力を振るうように仕向けたのだ。これによって『見てみぬふりもいじめ』と注意を強要することが間違っていると証明される。
生徒会の男は焦りの表情を浮かべた。そりゃそうだ。土下座するなんてつい数秒前に言っちゃったもんだから。
隣の生徒会長も少し笑ってしまっている。こいつは、証拠無いだろって俺に聞いた時、俺が否定しなかったから何の証拠も無いだろうと決めつけていたのだろう。
それも俺がカマをかけていたというわけだ。この男、かなり頭が弱い。
「土下座は?」
「はい? あんなの嘘に決まってますよね?」
見苦しい言い訳に思いの他むかついたのでもっと追い詰めることにした。
「土下座しないとこの音声を職員室の先生方に聞いてもらうことになりますがそれでもいいですか?」
そう言って俺は録音機を取り出す。そして、再び再生ボタンを押し生徒会の男に突き立てた。
すると、先程のゲームしてる時の声が聞こえてくる。それを聞くなり、彼の顔はお化けでも見てしまったかの様に青ざめる。
いじめをしていた奴とは違って先生に弱いようだ。大抵内申目当てだからな。
「じゃあ、職員室に行ってくるけどいいですか?」
俺が職員室のある二階に向かおうとすると、
「待ってくれぇぇ!」
そう言ってきたのは、さっきの男……では無く、一緒にゲームしていたと思われるもう一人の男だった。
後ろで俺達の会話を聞いていたのだろう。録音には、こっちの男の声も入っているし自分の身の危険も感じたのだろう。
その隣にいるさっきから話していた方の男は悔しそうな顔をしている。
「俺が、土下座しろって言ったのはこの人です。この人がしない限りは俺は職員室に行きます」
俺は話していた方の男を指刺して言う。こうすることによって、俺以外からも謝れという雰囲気を出すことができる。
先程、謝ってきた方の男は、お前も謝れみたいな目で男を見る。
生徒会長も、生徒会の不祥事は困るからなののか謝れと言いたげな目で男を見る。
男は、心底悔しそうにしていた。何か言い返す言葉を考えているのだろう。ただ、ずっと周りからかけられる圧力に負けたのか渋々男は、膝をつき、両手を地面に着けて頭を下げて土下座をした。
俺は、何かこいつに屈辱的だとさらに思わせるようなことを言おうとしたが、生徒会長に「君に人の心は無いの?」みたいな目で見られたから言えなかった。
俺はそこから、男が顔を上げるまでの十秒程の間、圧力をかけ続けられたのだった。
結果的に権力者である生徒会長に嫌われた俺は負けなのかもしれない。やっぱり調子に乗るとろくなことがない。
※ ※ ※
俺は、粧さんが先生たちにちゃんといじめられていたことを伝えられたか確認するため職員室へと向かった。
職員室前の廊下には米がいた。
「どうだった?」
そう話しかけられる。
「生徒会には言っておいた。そっちは?」
「大丈夫だよ。かおりんもちゃんと先生に今言ってる」
「……なに? かおりんって?」
唐突な萌えキャラみたいな名前。
「A君の大好きな幼馴染だよ」
香織だからかおりんか?
安直すぎるというか、センスがないというか。
「別に大好きでもなんでもないけど」
あだ名の方をツッコむのは面倒くさかったので訂正はそっちだけにしておいた。
「正直じゃないなぁ」と呆れたようにする米。
まったく友人キャラが板についている。でも、そういうのは主人公相手にやるもんだ。現実俺みたいなやつは、勘違いして痛い目見るだけだし。不干渉が一番なのだ。
ガラガラと職員室のドアが開く。粧さんが出てきた。
「どうだった?」と米が聞く。
「あ、えっと……ちゃんと聞いてくれました先生たち……」
「おおそれは良かった」
「はい、ありがとうございました」
粧さんは、ペコリとお辞儀をした。
粧さんの目線が次はこっちに向いた。無言の時間が数秒続いた。
「よ、良かったね……」
何か話さないと終わりそうもなかったので適当にそう言った。
「はい……」
粧さんは、控えめにそう返した。
どこか浮かない顔をしていたがまぁ気にしなくていいだろう。そりゃほぼ四年ぶりに話したのだから気まずさもある。
だが過去に触れるというのは、彼女の傷をえぐることにもなりかねないし触れないのが賢明だろう。幼馴染ではあるけれど、今はただのクラスメイトAなのだ。
俺、実は粧さんと昔仲良くて、みたいなこと言ったらそれこそキモいやつだ。
また関係も一から。そういうふうにこれから一年やっていくべきだろう。いつかこのぎこちなさも慣れる。
そう結論を出すと適当に挨拶してその日は別れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます