9話 茶番
昨日は散々だった。村上たちの取り巻きに殴られ、蹴られ、暴言を吐かれ。最悪だ。
「いっでぇ」
頭と横腹辺りに激痛が走った。
昨日、暴力を振るわれたところだ。
病院に行って診てもらったところ骨折ではないが、なんかそれに近いやつらしい。頭には怪我は少なく主には上半身の打撲だった。
まぁ、それでも朝起きて登校するまで少しでも変な動きをすれば毎回激痛が走る。
だが、見た目は怪我している様に見えないのは良かった。包帯は上半身にしか巻かれていない。
頭を包帯ぐるぐる巻きにして学校へ行ったら目立ってしまって、肉体的ダメージに加え、精神的ダメージまで負うことになるため怪我が全て目立たない所だったのは不幸中の幸いだった。
それが、彼らのいじめがバレないように、という考えによるものだと分かっていても。
でも最悪。それに変わりはない。
「それは最悪だね。流石に同情するぜ」
登校中たまたまであったので今日は米と並んで登校していた。
しかし一応友達だと思っていたのに何なのだろう、この他人事といった態度は。
「同情するなら金をくれ」
「A君、ネタが古いよ」
「……まぁいい。それよりなんだよ、一応友人Aがボコられのにその落ち着き用はちょっとショックだぜ?」
「いやだってさ。いじめを目撃しちゃって、追われて、謝ってたのにキレちゃって、暴力振るわれてって。流石に僕がそれをそのまま信じると思う?」
「は? 普通に事実だけど」
「いやいや、何かあるでしょ。だってヘタレなA君がキレるなんて不自然すぎるって」
確かにあれはバカな行為だった。理由は自分でも分かっている。認めたくはないけれど。関わらないって直前に決めといて、今更同情はない。
「別に俺だって多少のプライドはあるからな。ついむかっとすることぐらいある」
「詭弁だね」
「…………」
「じゃあ一つアドバイスをあげよう」
立ち止まって俺の前で腕を組む米。
「アドバイス? なんの?」
「まぁまぁ落ち着き給え。僕の予想通りだったならきっとA君はまた言い訳をしてるんじゃないかな?」
さながら探偵のような探りを入れてくる米。妙にうざい。
「なんの?」
「行動しない理由さ。色々理由をつけて、行動しない方へ結論を持っていこうとする。だから一つアドバイス」
「随分と偉そうだな」
「A君は、時々めっちゃバカだから。親切な客観的視点からのアドバイスだと思ってくれよ?」
「分かったよ……」
確かにいきなりキレたり時々バカになることはあるのかもしれない。でも、今の自分がバカな状態かと言われると全く違う。至っていつも通り。
「A君、物事理屈よりも結局はフィーリングが大事だぜ? 後から理屈はつけられる。理屈と膏薬は何処へでも付くってやつさ。だから、本当の自分の意志に従うんだ」
そんな中二臭いアドバイスをしてくる米。
でも、本当の意思か。ある意味、的を射ているのかもしれない。俺の本当のやりたいことと、やらなければならないことの乖離。それに俺は悩まされているのかもしれない。
でも理屈なんていくらでも作り出せる。俺の得意分野じゃないか。結局逃げる方向ばかりに結論を急ぐ、そこを直しさえすればどうにか屁理屈矛盾させず彼女を助けることができるんじゃないか?
だけど、問題はもう一つある。助けられるほどの力がない。やり方も知らない。
俺に何ができるというのだろうか。
俺に──たった一人のモブキャラに現状を変えられるだけの力があるのだろうか。
あるわけがない。俺一人では何もできない。いつも逃げてばかりで保身ばかり優先して、後からいっちょ前に自省を繰り返して。
そんな反省も全部自分が間違っていないと、善人であると思うための自分を守る独善的なものだ。
──でも
米の言いたいことが分かった気がした。
一々遠回りに言ってくる、いかにも友人キャラらしいじゃないか。
「米、放課後暇か?」
「暇だから先を見越してアドバイスしてやったんだぜ?」
まったく全て予想の内だったか。
「作戦会議。放課後ファミレス直行な?」
「是非に及ばず!」
そう威勢よく応える米に遠い昔の約束を思い出した。
俺は、彼女と別れてからいつだって一人でいたわけじゃない。ただ時間に流されていただけじゃなくて、少しは変わっていた。
主人公はどの物語でも一人。だけど俺達はモブキャラだ。一人で無理なら二人で。成長なんかしなくてもいい。全部足りないところは補って。
俺達モブキャラはそうやってきた。
※ ※ ※
「んだてめぇ」と村上さんの取り巻きの男が言ってくる。顔に殺意が現れていた。
まじ怖い。
でもさ、ここで引いたらダメなんだ。
「さっき村上さんたちが粧さんをいじめているところ見てました。動画を撮ったので証拠もあります。それに先日の自分への暴力も病院でもらった領収書があります」
「なにお前? 前はあんなビビってたのに急にイキっちゃって」
そりゃ俺も同感だ。なんでこんなことしてるんだか。
「この場で謝り、今後一切同じことをしないと誓うなら誰かに言うということはしません。しかし、それができないなら先生方に言ってそれなりの処分を下してもらうことになります」
至って冷静に俺はそう言った。
しかし、取り巻きの男の一人が突然前に出てきた。俺の方へ向かってきて、少しずつ距離を縮めていく。
やっべぇ、死ぬわコレ。だって目がガチなのだ。
「お前、顔ひきつってるぞ」
半笑いで男が言ってくる。
お前の顔面も常時引き攣ってるんじゃないかと思うほど残念だがな。
一応そんなツッコミは心の中にしまっておく。
「あくまで注意をしているだけです。いじめはいけないことだと知らないんですか?」
半笑いで返してやった。正直ちびりそうだったけど。
「は? お前調子のんなよ」
俺の言葉にピキッと来てしまったのか次の瞬間片方の男がタックルをかましてきた。
腰をがっしり捕まれそのまま倒される。お尻を中心に激痛が走った。先日のこいつらの暴力による怪我がまだ残っているところにこれだ。正直言って痛すぎる。
「や、やめろって」
そう言い返すも次は後ろに回り込み首を絞めてくる。筋肉質の腕でがっちりホールされ振りほどこうと暴れるがどうやっても無理そうだった。
もう一人の男は、首を絞められ苦しんでいる俺を見下すように目の前に立つとそのまま先日のときのようにフルスイングキックをかましてくる。
気づけば周りには、人が集まってきていた。「ヤバくな〜い」「かわいそう」「アレヤバくね?」などそれぞれ周りと話している。反応はそれぞれだが、総じて言えるのは皆他人事だということだった。
結局こうじゃないか。なにが『見ているだけもいじめ』だよ。みんな助けてくれないじゃないか。
まぁ、俺も今まではああいうことをしている人間だったわけで文句なんて言える立場ではないのだが。だってこんなところ参戦しても標的が移るだけでなんの得もないし。
にしたって一人ぐらい──
「ちょっと! 何やってるの!」
いた。一人だけ。
それは粧さんだった。ただ、こっちに来ようとしたところをキックしてきた男が彼女を押しのける。その衝撃で粧さんは、尻餅をつく。
「おい……」
頑張ってそう声を出してみるもの掠れた声しか出ない。そして次の瞬間首を絞める力が上がり、更に苦しくなる。
喉がぐっと押し込まれ呼吸ができなくなる。これ続いたら死ぬなってレベルまで締め上げる力が上がった。
俺は腕をポンポン叩いてギブアップを知らせるも弱める様子はない。
それを見て村上さんともう一人の女子は不敵な笑みを浮かべている。ホント終わっているやつばっかりだ。
でも流石に俺ってばダサいな。いじめを果敢にも注意して、挙句返り討ちにされているのだ。
こういうのはいきなり力が覚醒して無双するのが定番だろうが。何そのまま悪に屈してるんだよ。
「ねぇ、止めてよ! 死んじゃうよ!」
男に押さえつけられながら涙目で叫ぶように訴える粧さん。
そんなに傍から見たら俺死んじゃいそうな感じなのか。確かに周りの野次馬たちもちょっとヤバくねって雰囲気になってきている。
自分から注意して原因を作り、多くの野次馬に見られながら、いじめっ子達に見下されながら、そして初恋の人の前で死ぬ。しかも場所が下駄箱だ。
そんなのあんまりだ。
死なないまでも気を失うくらいはほぼ確約した状況。負け確定。
とまぁそんな状況なわけだけども、ここまでは完全に予想通りである。流石に気の短いコイツらを注意したらどうなるかぐらい予測がつく。
残念だがここからは俺の、いや俺達のターンだ。
これによって『見てみぬふりもいじめ』が間違っていることが証明された。
いじめを注意したことによって標的が移り、そして事実、死にかけているのだから。これは証明されたと言ってもいい。俺達はまずはそれを証明することが目的だったのだ。これにて第一フェーズが終了した。
ただ、このままじゃQ.E.DじゃなくてR.I.Pなのでとりまこの状況を打開しなければならない。
残念ながら俺の髪の毛が金色になる展開もなければ、効かねぇゴムだから! とかもない。
しかし俺には仲間がいる。それもとっておきの。
「
俺は合図をする。その瞬間野次馬の群れから一人前に出てくる。高校生とは思えない巨体、時空をも歪めることができそうな腕。彼は俺の一番の友人にして物理的強キャラ、飯田米である。
米は、すぐさま俺の首を絞めている男の襟を掴むと無理やり俺から引き剥がす。
「オラァァァァ!!」
男が引き剥がされてことによって首が開放される。
「いっでぇっ……」
襟を捕まれそのまま下駄箱にぶつけられる男。もう一人の男も驚いている様子だ。
他力本願。これが俺のやり方だ。
これもダサい? まぁ一応ここから俺も少しは働くから許してほしい。
「お前も喧嘩売ったってことでいいよな!?」
もう一人の男が、そう言って米に飛びかかって来る。しかしそのまま米に押し返され、そのまま下駄箱の方へ転がる。
二人仲良く並んで倒れていて、さっきまで圧倒していたのが嘘のように敗北者って感じだ。
周りもまさかの展開に驚いている様子。まぁ無理もない。しかし残念ながら米は最強。
すぐに二人とも起き上がる。苦虫を噛み潰したような表情。後ろで見ていた村上さんたちも笑顔は引き攣った笑顔に変わる。
「残念ながら最初に暴力に及んだのはお前たちだ」
俺は、彼らに言う。
「は? オメェが喧嘩売ったんだろ!」
お前は何を見ていたんだか。
俺は、近くの下駄箱の端に予め入れておいたトイレ掃除用のブラシを取り出す。
「米、正当防衛ってどこまで認められるんだ?」
「多分、これ以上は過剰防衛だと思うけど」
「じゃあ過剰防衛上等だな」
「まぁそれは僕も同感だね」
俺達は再び目の前の二人を見据える。
「お前らやんのか?」
頭に血が上っているのか真っ赤っかな男二人。
「顔面凶器とクソマッシュ。これから俺達がするのは正当防衛だ。断じて喧嘩ではない!」
俺はそう言ってトイレのブラシを振りかぶった。
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