8話 いじめは助けましょう
登校して最初に上履きが無かった。職員室まで靴下で行って頭を下げてスリッパを借りた。
教室に入ると机には学年で不清潔だと嫌われてる男子の使用済みの体操着が置かれていた。
昼休みにはいきなり一言も話したことがなかった男子に告白された。
女子たちの間でも一切噂されるようなことがなかった男子だったのにやけに自信満々な様子で疑問に思って後から友達を聞くと私が彼のことを好きだと噂が流れていたらしい。
一切そんなこと言った覚えもなければ、そんな事実も当然なかった。
断ったらその人からは文句を言われ、周りからも意味のわからないといった表情をされた。
そして放課後図書委員の仕事が終わったあと帰路につこうとしたとき下駄箱の前で村上さんたちにいきなり声をかけられた。
「粧さん、榎本に告られたってマジ!?」
村上さんたちと一緒にいた男子が聞いてくる。
「えっと……」
「いやぁ残念だったなぁ村上! まっあんま気にすんじゃねぇぞ!」
そうおどけた様子の細身の男子を村上さんは、キッと睨む。
ごめんごめんと男子が適当に謝ると、そのまま次はその鋭い目を私に向けてくる。
「あんたさぁ。ホント表では空気みたいな存在の癖に裏では男引っ掛けて遊んでてマジでキモいよ?」
「そっそんなこと──」
言い終わるよりも前に襟を掴まれた。
「お前、榎本君にもう近づくな」
耳元でそう言われる。
「別に近づこうなんて……」
私の言葉を聞いてさらに襟を握りしめる力が強くなる。
そのときだった。
「何やってるんだ!」
そんな声が後ろから響いた。
声の方向を向くと、そこに居たのは噂の相手。
榎本君だった。走ってきたのか肩で息をしている。
それを見て焦ったのか村上さんは、咄嗟に私の襟から手を離す。
「おっ噂をすれば!」
「榎本君……」
後ろの男子は面白そうに、村上さんは気まずそうに声を上げた。
「何してるんだお前たち! ……香織ちゃん、大丈夫?」
彼らに榎本君は、説教するように言った。私には対象的に優しく心配するような口調だった。
「なに? やっぱ榎本と粧ってやっぱ付き合ってんの?」
下衆な顔をして男子たちが興味津々そうに聞いてくる。
「違──」
否定しようとしたときだった。
「──そう。俺の彼女だから! だからもうお前らも村上も香織ちゃんに手を出すな!」
榎本君はそう言った。
意味が分からなかった。別に付き合ってんない。全然意味が分からなかった。
だけど、すぐに榎本君の表情を見てすぐに分かった。なんだかんだいい人だと思っていたから気付なかったけど、結局榎本君も同じような人でしかなかったのだ。
やり方が、立場が違うだけで私にとっては味方なんかじゃなかった。
──そんな……こんなんじゃ逆効果だよ……
一瞬見えた希望はまたたく間に闇に染まった。
この世界はドラマじゃないから。何勘違いしてるの?
気が強かったらそう榎本君に言えたかもしれなかったけど私にはできないし、それにもう全てが嫌になった。
「へぇ、付き合ってたんだ……」
村上さんは一転、今まで榎本君の前では繕っていた笑顔を無表情に変える。冷めたようで、目線は痛いほど鋭かった。
「うん。だから村上にはもうこういうことやめてほしい」
榎本君は、諭すように言った。
きっと今、榎本君は自分が主人公に見えてるんだと思う。想っている相手をいじめから助けている、そう思っているんだろう。そしてその後私から感謝されることを予想して、きっとその先も期待して。
それは今までの榎本君の言動を考えたら思い上がりじゃなくて、本当にそうなのだ。
その勘違いがひどく気持ち悪く感じる。
現実、こんなことしたって村上さんたちからの嫌がらせは酷くなるだけだろうし、好きでもない人に勝手に彼女扱いされるなんて、気持ち悪い。
むしろ表面上はいじめを助けているように見えるだけさらに質が悪い。助けているように見えて、私にとっては榎本君もいじめに加担しているも同然だった。
「もし、これからまた香織ちゃんに手を出したらただじゃ済まさないから」
「そう」
村上さんはつまらなそうに返事をした。
こんなんじゃいじめがもっと陰湿になって、過激になって、酷くなるだけ。みんなには見えないところで、好きな人を取られた鬱憤を全部ぶつけられて。
もうなんでこんな連鎖して嫌なことが重なるんだろう。
「村上、今日のとこは帰ろうぜ」
男子がそう言うと「そうね」と村上さんは言って踵を返す。
榎本君は、それを確認するとこっちを向いた。
「ごめんね、勝手に彼女とか言っちゃって。でも、これからは僕ができる限り守るから安心してね」
全く謝意のない、それどころか感謝されると思っている顔で。さらに嫌悪感が増幅する。
だけど、それを言って変に機嫌を損ねたら何されるか分からない。
「ありがと……」
思ってもないことを言った。
「ううん全然。僕、香織ちゃんの為になることなら全然苦じゃないから。あっそうだ。帰るところだったよね? よかったら一緒に帰らない?」
そんなの絶対に嫌だ。どこに連れて行かれるかもわからないし、勘違いをさらに加速させてしまう。
「ごめん、この後職員室行かなきゃだからその……」
私は機嫌を損ねないように言った。
「……そっか、ごめん。じゃあまた今度ね」
今度ね、という言葉に気が重くなる。
「うん……」
榎本君は、それを聞くと満足そうに帰っていった。
これからが本当に思いやられる。また、転校とかするのかな。それは嫌だけど、多分これからは今までよりももっと嫌なことをされるんだろう。
もう全部がどうでも良くなってきた。
なんで私はこんなに上手くやれないんだろう。なんで周りのみんなは楽しそうに生活してるのに私にそれができないんだろう。
普通以外何も望んでいないのに。
気を抜いたら涙が出そうになる。
私は、とりあえず嘘がバレないように職員室の方向へ向かおうとした。
その時だった。少し先の下駄箱の方から声が聞こえた。村上さんたちの声だ。
そして、もう一つ声が聞こえた。
「お前らのいじめ、全部見てたぞ」
聞き覚えのある声。声はちょっと震えていて弱々しい声だった。
もしかしてと思って私の足は自然と声の方へ向かった。
柱に隠れるようにして私は声の主を確認する。
そこには、ちょうど靴を履きおえたばかりの村上さんたちと、彼女たちの正面に一人の男子が立ちふさがっていた。
村上さんは、その男子のことを睨みつけている。後ろの男子たちも不愉快そうな表情を浮かべている。
そんな村上さんたちに、男子は無理やり作ったぎこちない笑顔を返す。
見間違えることはない。その男子は私の幼馴染で、ずっと昔に疎遠になった人。それでもうきっと関わることはないだろうと思っていた人。
そこにいたのは、紛れもなく彼だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます