5話 エピローグもしくはプロローグ
「ぐすっ……ぐすっ。泣けるぅぅ」
「別に泣けないだろ……」
「いやぁ今の僕って箸が転んでも泣ける年頃だからさ」
「そこは笑えよ」
「まぁそれは良いとして」
相変わらず自分勝手に話をすすめる米。
「それでその初恋相手は、今どこにいるか知ってるの? そういうのって久しぶりに会ったら一気に……なんて話も多いし」
そんな話早々聞かないが、きっと一つ下の次元の話をしているのだろう。
「実はそれについて新しいことが分かってな」
「新しいこと? もしかして買い物でもしてる時にチャラい系彼氏連れてる所見ちゃった?」
「ネトラレ脳すぎるだろ。そんなことあったら俺は今ここに居ない」
多分樹海とかにいる。
「A君は、純愛脳すぎるね」
「うるせ。でも、分かったことっていうのはそういうんじゃない」
「で、なんなの?」
「……今年俺達二年二組にその彼女がいる」
「は? 離れ離れになったんじゃなかったの?」
「なんか戻ってきたみたいだ」
「え……誰? っていうか転校生とかいないし去年ももしかしたら同じ高校にいた?」
「ああ。話しかけづらくて一言も話さなかったけど、今年は遂に同じクラスになっちゃってな。それでお前に相談をと思って──」
「──なぁA君」
俺と言葉を遮るようにして米が言う。
「なんだよ」
「……流石にコミュ障が過ぎないか?」
「そんなこと自分でも分かってる。でも、今の話の通り別れは微妙なんだ。それにもう三年以上経ってるしどう話せばいいか……」
今更話しかけたって互いに気まずい思いをして終わるのが目に見える。
少し間を挟んで米は少し声のトーンを落として言った。
「ふーん。正直A君の本音はどうなのさ。本当にまた関わりたいの? 気まずいのが嫌なだけ? それとも過去の謝罪がしたいの? それのどれかだったら僕はこのままでいいと思うけどね」
思ったより本質をついて厳しいことを言ってくる。
確かに俺はあの時のことを反省するばかりかつい最近もいじめを無視して、色々理屈をつけて正当化して。
そんな俺が謝罪したってなんの意味もないし、俺は何一つ変わっていない。彼女の心の傷を抉るだけに終わってしまうかもしれない。
でも、いじめを無視したことを俺は悪いことだと思ってないし、それを変える気はない。
そこだけは譲れないのだ。物事を円滑にすすめるために綺麗事に頼るなんて、綺麗事に失礼だ。綺麗でも何でもなくなる。
「俺は──」
食器を置いて一息つく。
そして目の前の米を見据えて。
「俺は、今の自分を変えない。やっぱりそうするよ。彼女とは関わらない」
俺はそう言い切った。
「は? ちょっとA君? 今完全に決意する場面だよね? 堂々と諦める宣言した?」
「ああ。だって俺もう高校生だし、今更変わるとか無理だしな」
普通に物語でもない世界で運命なんてものは存在しない。
たとえ話さないといけない状況になったとしても「あっ久しぶり〜元気してた?」でいいのだ。
もうガキじゃないから、表面的な付き合いなんてお手の物だ。世間話の一つや二つで乗り越えられる。
運命の再会なんて主人公が、勝手に本の中でやっていればいい。俺はしょうがなくモブキャラで、当然ながら周りにあるのもつまらない
「はぁこれだからコミュ障は……。でもそれでこそA君なのかもね」
呆れたようにそう言う米。
「余計なお世話だ」
もう子供じゃないから、傷ついたらそれで終わり。変われるのは、柔軟性のあるガキのうち。俺は一足先に現実を知って、夢から覚めてしまった。
だからもう全部終わったんだ。バットエンドで俺の青春は終わって後は周りの人間の人生のエキストラをやるだけなのだ。
「でも僕はA君の青春はバットエンドなんかに見えないね。ただの消化不良な駄作。せめて大胆に振られるくらいの盛り上がりがほしいね」
「そんなの俺には無理だ」
「どうだかなぁ」
「へいお待ち! 替え玉と白米おかわり!」
「お前まだ食うのか?」
「俺たちの戦いはこれからだ!」
米はそう叫んだ。
現実的な結論が出た後だというのに、まるでフィクションのような人間が目の前にいては決意も揺らぎそうだった。
※ ※ ※
次の日の放課後俺は、進路についての資料を持ってくるように担任の夏草先生に頼まれ一人で紙の束を運んでいた。
話しぶり的に大した量じゃないと思っていたのに、資料が置かれてる進路室に来て見るとそこには紙の詰まったダンボールの山があった。
そのせいで一階から自教室のある四階までを三往復するという重労働をする羽目になった。
多分夏草先生は、友達を連れてやるとでも思ってたんだろう。
でも、俺にそんな手軽に頼めるような友達なんかいないし、そもそも友達があんまりいないし、その友達も口を開けば今季の切ったアニメの悪口ばっかりだし、一人でやらなければならなかったのだ。
ちゃんと生徒を見て人選をしてほしい。
だがまぁ運動不足の身体にはいい運動になったそう思っておくことにしよう。
そんなこんなで終わる頃には、部活のない生徒はほとんど下校済みで、下校ラッシュからは随分と乗り遅れてしまった。
ひっそりと静まり返り、自分の足音がやけに響く校内を早足で歩く。教室に最後の資料を教卓の上に置くとすぐにバックを持って教室を出た。
すると、今日もいつの日かのように吹奏楽部の練習音が聞こえてきた。耳を澄ませば金属バットの音も聞こえる。
俺は、階段をタタタとリズミカルに降りた。誰もいないと少し浮かれてしまうやつだ。
でもそんな能天気だった俺はふと足を止めた。
嫌な予感がしたのだ。
思えばこんな青春の音を前に聞いたのはいじめを目撃してしまった時のことだった。
どんなに綺麗なものにも裏が必ず存在している。明るい青春は、暗がりの人間の犠牲の上で成立しているのだ。
いじめられることによって全体に撒き散らされる悪が一点に集中して、こんなにも清くて美しい青春が成り立つ。
だから。こんな時こそどうしても嫌な予感がしてしまった。
途端聞こえてくる爽やかな音がとても不気味に感じられてくる。聞こえてくる笑い声が、嘲笑に感じられてくる。
誰でも受け入れてもらえそうな優しい声。でもそれはどこか排他的。
俺は突如襲われたそんな感覚を持ったまま階段を全て降りた。
そして俺は、そのまま下駄箱に向かおうとした。
しかし、その足は止まった。
なぜなら、そこにはあの人がいた。
転校して以来疎遠になって、未だ俺の心の奥底で燻っている後悔の相手。
──粧香織。彼女がそこにいた。
しかも状況は最悪だった。
俺は視界に入らないように隠れながら様子を見ることにした。
「あの……もうこういうの…………やめてもらえませんか?」
粧さんが、男女二人の四人グループの内の一人の女子にそう言う。
「何? もしかして私に話しかけてる?」
「はい……だって私見たんです。村上さんが私の机の上にこれを置いたの」
粧さんは黒いビニール袋を村上さんと呼ばれた女子に向ける。
「それはあんたの席の近くに落ちてたから置いただけだけど?」
「そんなわけ……」
「それだけ? じゃあもう私帰るから」
「ちょっと。……村上さん、私の変な噂も流してますよね。友達から聞いたんです」
「ねぇさっきから
もう一人の女子がそう言って、「それなぁ」と他の男子も含めた三人は半笑いで同調する。
粧さんは、持っている黒い袋を持ったまま手にぎゅっと力を込めて、何かを堪えるように俯く。
「普通にキモいからもう話し掛けて来ないでね」
そうもう一人の女子が言うと四人は踵を返して帰ろうとする。
「そ、そんなのおかしいです!」
そう粧さんが四人の背中に向かって言い返した瞬間だった。
村上さんと呼ばれていた女子が無言のまま振り向くとそのまま粧さんから黒い袋を奪い取り、肩を思い切り押す。
「痛っ──」
突然の衝撃に粧さんは地面に尻餅をつく。
村上さんは、そんな粧さんに向かって黒い袋を思い切り投げつけた。
黒いビニール袋の中身が飛び出し、しゃがみこんだ粧さんを囲うようにして下駄箱前の廊下に広がる。
「うっわ……」
そう声に出したのは一人の男子だった。
俺も思わず目を背けた。
だってその光景は、あまりにも心に来るものだったから。
その黒いビニール袋は、本来は女子トイレにあるべきもので(それはサニタリーボックスから持ち出されたものだった)。中に入っていたものは、到底廊下になんてばら撒かれていいものじゃなくて。投げつけられていいものではなくて。
四人の生徒に見下されるようにしゃがみこんだ一人の女子生徒の制服は赤く汚れた。わざわざ、中身に汚れたものを選んだのか。ただ、一枚、二枚ではない。その数だけ協力者の数が伺えた。
「調子のってんじゃねぇよ」
そう冷酷に吐き捨てる村上さん。
ああ、まただ。
また俺はいじめを目撃してしまった。しかもよりにもよって一番見たくなかった人。
俺は、膝ががくついて壁に身体を預ける。
なんでこうも嫌な出来事が続くのか。
『見ているだけもいじめ』
再びその言葉が脳内を反芻する。
そんなの聞くに値しない妄言だ。
脅迫でしかない。
無視すればいい。
いじめなんて加害者が全部悪いのだ。俺は無関係だ。
──でも。そう言って、中学の時彼女がいじめられているのを知っていて無視して、彼女は深く傷ついて転校した。
俺は同じことをまた繰り返すのか?
また無視して彼女が傷ついても、平気な顔して何も変わらない生活を送り続ければいいのか?
だけどそんなこと言ったって俺にどうすればいいというのだろう。非力で何もない、モブキャラでしかない俺が何か行動を起こして物事が好転することなどあるのだろうか。
それに前に無視したいじめのことはどうするのだろう。
いじめを無視するのは悪くないと言って自分を正当化していじめを放置したくせに、初恋相手だからって信条を曲げて助けようとするなんてそんなの偽善者のようだ。
助けようとすれば俺は間違ったことをしたことになる。俺の行動に整合性がなくなる。
昨日だってもう彼女とは関わらないって決心したばかりではないか。
俺は今でもあの時と変わらない──一歩を踏み出す勇気のないただのモブキャラなのだから。
そんな助けるなんて主人公みたいなことはできない。助けることだって今の俺にとっては正義ではないのだ。
いじめを助ける必要はないと自分に言い聞かせた理屈が覆ってしまう。
──だから。
俺は再びあの時のように彼女達に背を向けるとダッシュで階段を登って再びトイレの個室に閉じこもった。
訳が分からないくらい震える身体を落ち着かせるように、俺はトイレで猫動画を見た。
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