3話 日常
青春真っ盛りの高校生といったらどんな姿を思い浮かべるだろうか?
夢に向かって一生懸命に努力している姿だろうか、それとも初々し恋愛をしていたり?
少なくとも俺、
この世界で物語を創るなら登場すらしないようなモブ。
個性といえば、人より若干捻くれているぐらい。とりあえず、そんな凡庸な人間だった。
と、そんな俺は今日も今日とていつもと変わらない。
朝学校に登校し寝ぼけ眼をこすりながら、適当に教科書を開いて暇をつぶしていた。
読んでいるわけではない。
勉強してるから話しかけるなというオーラを出すためであって俺は勤勉な生徒ではないのだ。
まぁ、わざわざそんなことをしなくても話しかけてくるやつなんてそういないのだが、念には念をというやつだ。
俺のよく話す奴らは基本的にはウザい。
朝からそいつらの話を聞いてやるには骨が折れる。
「ねぇ──と─くん」
だから、朝はこうやって時間を潰すのが俺の常だ。
話しかけてくるやつなんかいない。
「ねぇ加藤君ー! おーい」
話しかけてくるやつなんかいない。
そのはず。
あれ? 俺話しかけられている?
このクラスに加藤という苗字は、俺しかいないしもしや本当に俺のことを呼んでいるのだろうか。
しかし、呼ばれてないのに反応してしまうことほど恥をかくものはない。
「呼んだ?」「別に呼んでないけど……」
なんて俺には耐えられない。俺はオフ○スキーでもなんでもないのだ。
「ちょっとぉ加藤君。もしかして寝てる?」
ついには肩をトントンと叩かれた。
どうやら本当に俺を呼んでいたらしい。
女子の声だった。よく隣の席の女子と話しているその友達と思われる女子だ。
「あぁゴメン。ちょっとぼーっとしてた。なに?」
「あのさ。君ここ予習やった?」
「やったよ」
ちょうど昨日の夜に終わらせたところだった。
「本当!? ちょっと見せてくれない? やってくるの忘れちゃって」
「いいよ」
俺は、ガサガサと鞄をあさり予習をやってきたノートを彼女に手渡す。
「ありがと。──美咲、ちょっと席借りるね」
そう言って彼女は、隣の席に座り俺のノートを写し始める。
隣の席の女子の名前、美咲さんだったのか。
新しい情報はそれだけで、結局そんなつまらないよくある会話だった。
俺は、別に頭がいいわけでもなんでもないが基本的には道を踏み外すことなく生きてきたので真面目と思われていることが多い。
そんな俺の性格上こうやって頼まれることはあまり珍しくはない。
彼女もそんな俺の真面目さとやらを頼ってきたのだろう。
俺個人にはなんの用もない。
「なんか椅子ガタガタするぅ」
そのまま写し終えるのを待つだけだと思っていたが彼女はそんなことを言いながら、ガタガタと椅子を鳴らし始めた。
よくあるハズレ席を引いた、だけだと最初は思ったが俺の脳内に一つの可能性が浮かんだ。
昨日教室に鳴り響いていた大きな音。
そして転がる椅子。
「あっ………」
俺はそう口に出してしまった。
多分昨日のアレが原因だろう。椅子の足の部分の部品がどっかいったとか、折れ曲がったとかそういうことがガタガタの不安定になってしまった原因と思われる。
「どうしたの?」
「いや別に何でもない」
「んーなんか怪しいなぁ。……まぁいっか私の席じゃないし」
そう納得する女子。
昨日その椅子は、思い切り人に向かって投げつけられていましたよ、なんて言えるはずがない。
ひとまず安心だ。
「……加藤君って友達いるの?」
少し間が空いていきなりそう聞かれた。
「と、友達? ……なんで急に?」
「いやぁ特に理由はないけど。君、どんな人か全然知らないから」
「まぁ友達いるにはいるよちゃんと」
「へぇそうなんだ」
聞いておいて全く興味なさげだ。
その後数十秒彼女のシャーペンの音のみが響く無言の間が流れた。
どうやら暇つぶしにもならないと認定されてしまったらしい。
「はい、ありがと!」
移し終わったのか俺に予習のプリントを返してくる。
「ああどうも……」
名前も知らない彼女はそのままスタスタと賑やかなグループに「なになに〜?」とすんなりと溶け込んでいった。
住む世界の違う異種との邂逅もこれにて終了。
とりあえず一難去ったようだ。
俺は、プリントをしまおうとした。
しかしその時、プリントの端に見覚えのないものが見えた。
「んだこれ?」
そこに描かれていたのは、グッジョブ!と親指を立てた、いかにも女子らしい絵柄のシンプルなイラスト。
まったくいつの間に描いたんだか。
だが意外にも上手くてカワイイ。消すにも消せずどうしたものかと考える、が妙案は浮かばない。
チラッと彼女の方を見ると目があった。
すると彼女は、意味有りげに口角を上げてニヤッとした表情を向けてくる。
相手からしたらなんの意味もない行為なんだろうが、普段異性と話すことはあまりなかったせいで不覚にもドキリとしてしまった。
しかし俺は、そんな内心を少しも外に出すことなく彼女のスマイルを無視して読みもしない教科書に再び視線を落とした。
その後、俺は妙に彼女のことが気にかかって彼女らのグループの話に聞き耳を立てていた。
彼女の名前は
今は、二年の始まりなので大体一年間は同じクラスにいた訳で。
それにも関わらず未だに名前と顔が一致していなかったのは流石にもっと周りに関心を向けるべきか。
──思えば年を経るごとに周りへの関心が失われている。そう気づいた。
※ ※ ※
厨房からは熱気が伝わり、店内もニンニクやあらゆる調味料などの香りが充満していた。
頭に白いタオルを巻いたイケオジ風の店員にドカッと机の上にこれでもかと存在感を放つラーメンが置かれた。
俺は、現在放課後ラーメン屋に来ていた。今日は学校が午前で終わったのだ。
ラーメン屋に来たと言っても一人で来たわけではない。というか、ラーメンが特別好物というわけでもないので誘われでもしない限りは来ることはない。
なので一緒に来たやつがいる。
そいつは、テーブル席を選んだので俺の目の前にドシンと座っていた。
その表現は全くの誇張でもなく。
体重百キロは超えているんじゃないだろうかと予測される巨体。それが一緒に来たやつだ。
「デリィィィシャアアスゥゥ!!!」
そう巻舌で喜びの歓声を上げる彼の名前は
俺と違ってクラスでも頻繁に笑いを取ったり、イジられたりで愛されキャラとしての地位を確立している。
俺とこうしてラーメン屋に来ているのは、去年から同じクラスでなんだかんだ仲がいいからだ。
クラスでは全く別グループだが、放課後はたまにこうして遊んだり、飯を食ったりしている。
にしても米なんて名前のくせに初登場いきなり麺はキャラがブレ過ぎじゃないだろうか。
「米。お前って麺と米どっちが好きなんだ?」
「そりゃあどっちもでしょうよ。もしそれの二者択一を求めるならお父さんとお母さんどっちが好きレベルの難問だせぇ?」
「まぁそうだけど。米って名前なんだしさ」
「A君、君は甘いね」
米は、チッチッチッと指を左右に振る。
ちなみに今A君と呼ばれたのが俺だ。
俺の名前である栄一から、栄を取り君をつけて俺がなんの取り柄も無い普通の人間に見えることから栄をアルファベットのAにしてA君らしい。完全にバカにしている。
まぁ、いつものことなのでもうどうとも思わないが、決して非行少年ではないということは理解していただきたい。それは、少年Aだ。
「甘い? 何が?」
すると少し間が空いて再びイケオジ風の店員がやってくる。
しかし今回手に持たれていたものはラーメンではなく。それは正真正銘の白米だった。
「ラーメンは、白米と一緒に食べてこそ真価を発揮する。A君、やっぱり君はまだまだだ」
そうドヤ顔で米は言い放つ。
訂正、彼はとてつもなく名前通りのキャラだった。
「凄まじい親孝行だな」
米と麺──お父さんもお母さんもとても幸せそうだ。
「だろ? こうやって生ニンニクと焦がしにんにくを入れて海苔と一緒にコメを食べるんだ」
バクバクと実践してくれる。
そしてみるみるうちに山のようだった白米の山は消えてゆく。
早死しそうだが彼はそれが本望なのだろう。なら口を挟むのは野暮というもの。太るぞなんてツッコミも最早不必要。
見ているこっちも気持ちいい。
俺も負けじとラーメンをすする。
中々にうまい。
だが白米と一緒にというのはできそうもなかった。
そうして互いに黙々と食べ進め少し経った頃、米は改まったようにして言った。
「ときにA君。顔が浮かないようだけど、何かあった?」
「俺か? いや、特に──」
もしかすると昨日のいじめの件をまだ引きずっていて、それが顔に出てしまっていたのだろうか。
「A君、もしかしてまたアレかぁ? あのA君唯一のギャルゲー設定にして悲しき初恋の悲劇。それを思い出しちゃった、みたいな」
「なんだよギャルゲー設定って。別にああいうのはよくあることだ。もうほとんど忘れた」
コイツに話したのは失敗だったか。
モブキャラなんて言っておいて今米が話したように未だに若干引きづってる過去が俺にはある。
別にギャルゲー設定にできるほど甘酸っぱいものでもないのだが。
もう随分昔の話なので最近は忘れつつある。それは本当だ。
「それはどうかな。だって僕達は高校二年生。青春真っ盛りな時期、だというのにA君彼女の一人すら作ろうとしないじゃん? やっぱ未だに引きずってるんでしょ?」
「引きずってない」
米の言うそのギャルゲー設定などと呼ばれるソレの後だって色々とあった訳で、あの出来事によって恋愛が変に奥手になったとかそういうことはない。
彼女ができないのは、作ろうとしないというのも勿論あるが、俺程度の人間では作れないといったほうが正しい。
だって女子とかなんか怖いし。趣味合わないし。色々と気まずいし。
彼女ができないのはそういう根本的な問題だ。
「じゃあA君。最後に女子と話したのはいつ? 業務的なやつは除いてさ」
「女子と最後に? あぁそういえば今日話したぞ、女子と」
「えっ? マジ?」
「マジだよ。なんだっけか、星宮だったかそんなやつ」
「おお! それで何話したの? 彼女いるの? とかそういうの聞かれた?」
米は興味津々といった具合に詰め寄ってくる。
「……友達いるの? って聞かれた」
「…………」
俺の返答を聞いて同情の眼差しのようなものを向けてくる。
「おい黙るなよ。こっちも悲しくなってくるだろ」
「まぁA君。希望はまだあるよきっと多分……」
「曖昧だな……」
にしたって俺の青春は随分と暗い。
きっとそれはまだ心のどこかで引きずっている部分があるのだろう。
あの時こうしていれば、とか。
もし、あの出来事がなければとか。
そういう思いは一つや二つではない。
そういうことが積み重なって俺はこうしたつまらない人間になってしまったのだろう。
あの日から決定的に何か欠けてしまったような感覚がある。
それを埋めてくれるものに俺はまだ出会えていない。
「何そんな浸ってんのA君。今度こそアレか? ああそうだ久しぶりにあの話してよ」
「別にいいけど。……バットエンド注意だからな」
「僕は、バットエンドも好みだからさ。それにまだA君の人生は始まったばかり。ハッピーエンドの可能性もまだあるでしょ?」
「どうだかな」
俺はそうして久しぶりに米が言うところのギャルゲー設定とやらを話し始めた。
米に話すのは二度目だが、今回は少し続きがある。だからもう一度話すことにした。
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