66話 VS GM
「言いくるめるってどういうことですか……。何かいい案でも?」
生徒会長は、疑いの目で俺を見てくる。まぁ、生徒会長からしたらそう思うのも無理はないだろう。
谷口先生ともあっておらず、詳細も話していない、生徒会の役員ですらない後輩に何ができるんだと、そう思うのも当然だ。
「まぁ安心してください。話は全部俺が進めるので先輩は、端で見ててください」
あれだけクッさい鼓舞をかましといてここで相手の思い通りにさせるなんて流石に面子が立たない。
今度は俺の番だ。前助けてもらった恩を返すためにもここで引くわけには行かない。
そこでタイミングよく生徒会室の扉がノックされた。
「どうぞ」と言うと、「じゃぁ入るぞぉ」と軽い調子で男の声が返ってくる。
ガラガラと扉が開き、入ってきたのはゲームマスターもといゴミもとい教師、谷口先生だった。
ラフでスポーティーな服に、威圧的な顔が特徴的。ガタイもよく胸板も厚い。生徒会室が一瞬でピリッとした空気に変わる。
「じゃあこちらの席をどうぞ」
俺はそう言って予め用意していた椅子へ促す。
谷口先生は、俺と長机を挟み向かい合うようにして向き合う。
「えっと……加藤君だっけ? ははっ行儀いいねぇ」
谷口先生は、しゃがれ声で笑いながら言う。いかにも生徒を下に見た、煽るような口調。たかが生徒だと油断しているのだろう。
「ありがとうございます。じゃあ本題に入らせていただくんですけど──」
「──それについてだけど無関係の生徒に話すわけにもいかなくてね。部外者には話せないんだ」
俺が早速話を切り出そうとした瞬間、俺の言葉を遮り谷口先生はそう言い切った。元々お前なんかの話なんか聞くつもりはないと決めていたかのようなスピード感。
あくまで教師を気取った、相手よりも立場が上であるという認識を利用した突き放し方。部外者という部分を強調し、相手にしようとしない態度。典型的な害悪教師そのものだ。
「いや、生徒の代表である生徒会なんですから部外者ではありません」
そんな無関係だと切り捨てられたら交渉どころではない。どうにか話し合いの席につかせなければならない。
生徒会は、生徒の投票によって選ばれたメンバーであり、それは生徒の代表を意味する。ならば関係ないということはない。
「いやぁそういうわけにもいかなくてな。それでぇこっちも忙しくてね。今日から生徒会、山下たちに変わることになったからさ。もう全部決まったことでね」
谷口先生は、そう返してきた。
全てことは終わって、議論の余地はないとでも言うような取り付く島もない返答。
「今日から? 流石に突然過ぎません?」
「文化祭の準備は大変だから早く交代しないとダメだろ? 流石に月宮にこのままやらせるのは悪いから少しでも早く変わってやりたいんだ」
何も嘘なんかついていないかのようにごく自然と谷口先生はそう言う。
「変わってやるって月宮先輩から頼まれたんですか? そして当然ながらもう一人の顧問である夏草先生にも確認は取ったんですよね?」
「月宮からは生徒会を辞めたいと山下たちが聞いたと言っている。あと、夏草先生の方はもう確認済だ」
「僕の聞いた話ですと、月宮先輩は山下先輩たちから聞かれる前に先生から辞めるように頼まれたと言っていましたが? それと夏草先生はこの件に関して認知していないことは確認済です」
全て裏は取れている。その場しのぎの嘘で誤魔化すことはできない。
俺の言葉に少し驚いたのか谷口先生は目を見開く。ただ、すぐに下の人間を見るかのような見下した表情に戻る。
「谷口先生。なんで嘘をついたんでしょうか? やはり都合の悪いことでも?」
最初に知らない体で話し、その後に実は知っていたとネタバラシすることで相手の虚言を誘う。これは香織の件で生徒会相手にやったことと一緒だ。
嘘をつくということは、捻じ曲げたい事実があることの証明に他ならず、それは自分は黒であると言っているようなものだ。
「ああそうなのか────おいっ月宮、嘘つくんじゃねぇよ!」
バン! と突然思い切り机を叩く谷口先生。机に置かれていたペン立てが地面に落ちガチャっと音を立てるが、雰囲気的にそれを拾えるような状況ではなかった。
突如嘘をついたという罪をなすりつけられた月宮先輩は、先生の怒鳴り声にビクッとして驚くとそのまま俯く。
「生徒会長が、先生に罪をなすりつけようとするなんてなぁ。担任の中野先生にはちゃんと言っておくからな」
そう威圧的な口調で続ける谷口先生。
……流石にこれはひどい。月宮先輩が、嘘を吐く理由なんてなければ、当然ながら事実もない。そのことは谷口先生も分かっているはず。
だが先生にはもうこの手しか残っていないのだろう。嘘を認めればさっき言ったように黒だと言っているのと同じ。ならば真実であるとゴリ押すしかない。
でも、ここまで無理のあり、生徒を傷つけるやり方に躊躇いを感じなかったと、人間性を疑う。仮にも教師。今のは潔く認めてほしかった。
「先生流石にそれは無理があります。夏草先生の方の嘘はどう説明するんですか?」
月宮先輩の方は、嘘をついているのは先輩、と教師の方が上という立場を使ってゴリ押すことができる。しかしながら、同じ教師である夏草先生の発言をどうやって否定するのか。
「夏草先生も同じだよ。彼女ああ見えて僕のこと嫌いらしくてね。十分嘘をつく理由はある」
「新しい生徒会の件を夏草先生に話していたとでも言うんですか?」
「ああ、そうだと言っただろ」
まさかの夏草先生の発言まで嘘だと目の前の教師は言った。立場を使って事実を捻じ曲げる。ここまで来るともはや笑えてくる。
ただ、こう言われてしまえば言った言わないの水掛け論に持ち込まれる。そうなれば、事実はそのまま闇に葬られるなんてこともありそうだ。
全てバレていると分かっているのにここまで余裕があったのは、全て事実を好きなように改変すればどうとでもなると分かっていたから。そういうことだろう。
これじゃあどうやっても勝ち目がない。言ったことを証明するならでっち上げの録音音声でも用意する道があったが、言っていないことを証明することは悪魔の証明であり、不可能だ。
谷口先生の前ではどんな証言も全て無価値になり、証拠を用意することは今回の件の性質上不可能になる。
つまり、最初から勝ち目がなかった。ルールを好きなように作るゲームマスターの前ではルールに従うプレイヤーの行動はなんの意味もなさなかった。
「もういいよ」
横に座る先輩に袖を軽く引っ張られそう言われる。
さっきあれだけ調子いいことを言っておきながらここで引くのは流石にダサい。でも現実問題どうしようもない。このまま生徒会を譲るしかないのだろうか。
──まぁそんなことする訳ない。
「では先生。本題に入ってもよろしいでしょうか?」
話は終わりとでも言うように腰を浮かせようとしていた谷口先生は、俺の言葉で動作を止める。
ここからは、オレのターンだ。ゲームマスターによるルール説明がたった今終わったに過ぎない。理不尽で胸糞なルール設定だったが、それに苦しめられるのは残念ながら俺たちではない。
「だから、無関係なお前に話す義理もなければ、時間もない。二度も言わせないでおくれ」
「いえ、僕が話そうとしていることは新生徒会案に関することではありません」
「は?」
意味がわからない様子。
俺が無策で来るわけがない。仮に策がなかったら一目散に逃げる。カッコよく言えば俺みたいな小心者が、表に出た時点で勝ちが確定しているのは性質上当然なのだ。
百パーセント勝てる見込みがなければあんな調子のいいことなど言わない。この世に根拠もなく勝てるように調整された主人公補正なるものは存在していないのだ。
こちらには谷口先生がどんな適当な事実をでっち上げようと全てに対応できる奥の手がある。だから、負ける訳がないのだ。
それは我が家に伝わる奥義。あらゆる場面で使える必勝術。その名も──そのまま返し!
「僕が話したいのはこの件についてです」
俺は、そう言って一枚きりの資料を谷口先生の前にバシンと提示した。
「NEW……生徒会プロジェクト……?」
谷口先生は、その資料の一番上に書かれたバカみたいな文章を困惑しながら読む。
「はい。実は裏で夏草先生主導でNEW生徒会プロジェクトというものを計画しておりました。内容は新生徒会案とほぼ同じです。メンバーもちゃんと揃っています。奇しくも同じことをしようとする人がいたとは思いませんでしたよ。でもこうなればあなた達がこのまま生徒会を引き継ぐというのもおかしな話ですよね? だってやっていることが同じなのにあなた達が優先される理由がどこにもないんですから」
「な、何を言っているんだ? 俺はこんな話聞かされてないぞ」
分かりやすく困惑する谷口先生。
「それはそちらも同じでは? 夏草先生は谷口先生から新生徒会案というものを聞かされていないとおっしゃっていました」
「だ、だからそれは夏草がついた嘘だとさっき言ったばかりだろう!」
「ああ因みに夏草先生は、この案を谷口先生にちゃんと知らせたと言っていましたねぇ」
「そんなの嘘だ。俺は何も聞いていない」
「じゃあ聞いていない証拠、出せますか?」
残念ながらそれは無理だ。なぜなら悪魔の証明だから。さっき俺に対して使った理不尽な言い訳が、今自分の首を占めているのだ。なんとも滑稽。全て自分にしっぺ返しを喰らう気分はどうだろうか。
俺を予め追い詰めれば追い詰めるほど、後々自分を苦しめるというこのそのまま返しという奥義。効き目抜群のようだ。
「…………っ」
「ということで偶々双方のやろうとしていたことが被ってしまいました……。なので! ここは公平に先生方並びに生徒たちに判断を委ねるというのはどうでしょうか? 当然ながら突如生徒会を乗っ取ろうとしていた人たちなのですから詳細は調べられることになりますが。まぁ清廉潔白! 絵に書いたような理想の教師であられる谷口先生となれば全くの無問題、ですよね?」
俺は、相手に隙を与えないようまくし立てる。
「こ、こんなのがまかり通る訳がないだろう! 教師を
「では、僕たちの案がまかり通る訳がないのなら、当然同じことをやっているあなた達の案もまかり通る訳がありませんよね? つまり白紙ということでよろしいでしょうか? それと教師を無礼るなでしたか。谷口先生。先生にその言葉そのままお返ししますよ。教師という職業を無礼ているのはあなたの方ではないでしょうか? 月宮先輩に罪をなすりつけ、自分の贔屓する可愛い可愛いいじめっ子たちを優遇するなんて。それが教師のあるべき姿ですか?」
「お前みたいなガキが偉そうに語ってんじゃねぇ!!」
「そうですガキですとも。ならそのガキが言った言葉に一つでも論理的に言い返してくださいよ。ガキが言った言葉が間違っているなら、ここがこう間違っている、そう教えるのが教師ではないのですか?」
とりあえずここは煽りまくる。怒りは正常な判断をできなくする。怒りを誘えば、話はさらに有利に進む。わざわざ懲らしめなくても勝手に自滅する。
そんな煽りまくる俺の言葉に何かが吹っ切れたのか谷口先生は無表情になると、冷たく無感情な低い声で言う。
「お前……加藤って言ったか……。うしっ、んじゃあちょっとついてこい」
今日最初あったときとは別人のようなガチな目でそう言ってくる。
「何をするんですか? それを教えてくれないと少し怖いですね。なんせ人に罪をなすりつける教師の言うことですから」
「うるせぇなぁぁ!! ごちゃごちゃ言ってんじゃねぇ!!」
そう言って近くの椅子を思いっきり蹴り飛ばす谷口先生。ガシャンと大きな音を立てる。
「そっちこそ、うるせーよ。ガキはどっちだ」
俺も立ち上がり、近くにあった椅子を思いっきり蹴り飛ばす。同じく大きい音を立てる。
「な、何やってるの加藤君!」
先輩が、驚いたようにそう声を上げる。しかしこれも作戦なのだ。そのまま返しの延長。自分がやったことなのだから、谷口先生は俺に注意することはできない。自分のやったことまで否定することになってしまうから。
毒をもって毒を制す。こういう力づくな展開も相手のやったことをそのまま返すことで全部有耶無耶にできる。立場を利用した理不尽にも、高圧的な態度や、暴力的な展開にも屈するわけにはいかない。
恐怖で相手を言い負かそうとしたにもかかわらず、同じく椅子を蹴るという行為を返されて手がなくなったのか立ち尽くす谷口先生。
これで打つ手はない。教師という上の立場を利用した理不尽も残念ながら万策尽きたということだろう。ならば次にやる最後の手段それは、逃げることだ。
せめて問題を有耶無耶にしようとこの場から逃げる。そして、自分がなんの罰受けないようにする。しかし、その程度簡単に読める。
予想通り、舌打ちと訳のわからない負け犬の遠吠え的な捨て台詞を吐いて生徒会室を出ていこうとする谷口先生。
ガラガラとドアを開けるが残念ながら谷口先生が逃げることはできない。
「たまたま通りかかっただけですよ?」
ドアを開けた先にいたのは夏草先生。そして、
「僕もたまたま生徒会室に用がありまして」
夏草先生の後ろには米。
予め生徒会室の前で待機するようお願いしていたのだ。米に来てもらったのは暴力沙汰になった際の保険と、一部始終の録画。もう物理的に逃げるどころか、言い逃れすらできない。完全にチェックメイト。終わりだ。
「谷口先生。今回の件をバラされたくなかったら、新生徒会案を取り下げ、今後同じことをしないことを誓い、また月宮先輩への謝罪をお願いします」
俺はここで最後の要求を言い放った。谷口先生には、もうここで認めるという選択肢しか残されていない。泣いても喚いても、負けという事実は変わらない。教師という立場にあぐらをかいて、何でもできるという高をくくったのが運のつき。谷口先生の横暴は、ここにて終幕ということだ。
「……こ、これはどういうことだ!」
「どういうことも何も、学校は学校であって教師のものではなかったということ、それだけですよ。それじゃあ後日でいいのでちゃんと月宮先輩には謝罪してくださいね」
「……………」
「あともう一つ、さっきから鼻毛が伸びてますよ」
俺のいきなりの指摘に、あたふたしながら鼻に手を当てる先生。
こういうくだらない指摘は、普段ならなんの意味もない指摘でしかないが、今の状況のように注目されているときに指摘するととてつもなくみっともない気持ちにさせることができる。
まぁ、実際の目的はそれだけではないのだが。
これは谷口先生の状態を比喩したものでもある。
「鏡、ちゃんと見るようにしてくださいね」
俺は、そう含みのある言い方をする。
これもまた谷口先生に欠けているものだ。
谷口先生は、意味が分かったのか苛ついたような表情で悪態をつくと心底悔しそうに「分かった」とだけ言って帰っていった。
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