65話 本当の後輩
私は、加藤君に呼び出され現在誰もいない生徒会室に一人いた。時刻は、放課後の午後四時前。梅雨明けはまだなのでまた今日も外は小雨が降っていた。
薄暗い生徒会室ですることもなくぼーっと時計を見つめる。約束の時間まで五分ほど。多分そろそろ来るだろう。
短い間だったけど彼にはお世話になった。生徒会の仕事は、新しい生徒会に引き継がれるから不完全燃焼のような気持ちにさせてしまうかもしれない。だけど、その問題は私にはどうすることもできない。……彼女たちに逆らうなんて私にはできない。
それにしても今日は何の用なのだろうか。仕事は、無くなり彼との協力関係も終わるはずだ。私も彼ももうここに来る必要はないはずだった。
彼には、新しい生徒会についてのことは何も話していない。だから予想するに、何故仕事がなくなったのかとかそういうことを聞かれるのだろう。
だけど、あんまりそのことについては話したくない。手伝ってもらっていたところ申し訳ないけど、これは彼のためでもあるのだ。
私が、まだいじめられていたなんてこと知りたくないだろうし、気を悪くさせてしまうだけだ。これは個人の問題で、私はもう納得しているからこれ以上何かあるということはない。
コンコンコンコンと少ししつこいノックの音が生徒会室に響いた。この四回のノックは紛れもなく彼だ。
「どうぞ」と私は言った。そういえば始まりもこんな風だったかと思い出した。あの時はまさか本当に協力が取り付けられるとは思わなくて驚いた。
あの時は、全部うまく行くような気がしていたけど、やっぱり無理だった。それが少し悔やまれる。彼とならいい文化祭が──思い出に残る文化祭ができたんじゃないかと思う。
私が、過去にとらわれているばっかりに──。全部私が過去にやったことがいけないのだ。もっと早く周りからの反発に気づいて、友好な関係を築けていたならば、こんな事にはならなかった。
きっと彼女たちとの関係が完全になくなるまで背負い続けなければ行けないのだろう。一生に一度の高校生活が、そんな悲しいことで埋まってしまうのはとても悲しい。
もっと青春を味わいたかった。もう少しお花畑な頭で毎日を過ごしたかった。──でも私にはそんなの許されないんだろう。こき使われていいとこ取りをされる。きっとこれからの人生もそんなんばっかりなんだろう。
急に虚しくなってきた。真面目に生きてきたはずなのになぜこんなことになってしまったんだろう。もっと普通に──みんなみたいな学校生活が送りたかったのに。
友達なんていらない。友達なんていらない。結局そんなの自分を騙していたに過ぎなかったのだろう。一人が好きなら周りからの反発されて孤立しようが、なんとも思わないはずだ。むしろ喜んで今日の彼との話もすっぽかせば良かったはずだ。
久しぶりに笑顔で感謝してもらったからって嬉しくならないはずだ。体育祭でいきなり馴れ馴れしく脅しをかけてきた後輩と話したって楽しくならないはずだ。一緒に同じ目標に向かって作業することに楽しさなんて覚えるわけないはずだ。……はずなのだ。
でも、そうじゃない。そうじゃなかった。知らないから偏見を持って嫌っていただけで本当は、友達のような人間関係に誰よりも憧れていたんだろう。
それを手に入れることが私では無理だと知って嫌いなフリをしていた。そんな中唐突に楽しい生活が舞い降りたから私は調子に乗ってしまったんだろう。
素直になれない。最後の最後まで。気づいたら全てが終わっている。まただ。今回もあの時のように本質から目をそらしていた。都合のいいキャラクターを自分に貼り付けていた。
「先輩。どうしたんですか? なんか具合悪い感じですか?」
気づくといつの間にか私の目の前まで加藤君は、やってきていた。
「す、すいません。少しぼーっとしていて」
「大丈夫ですか? ブラックすぎて過労死寸前とかやめてくださいよ」
こっちがこんなに悩んでいるのに、いつもの軽い調子……いや違う?
「いきなり生徒会長辞めるとかビビりましたよ。人に協力頼んでおいて先に退職とかホントありえないです」
いつもよりも明るい……ような気がする。もしかして私の様子を察して元気づけようとか、らしくもなくそんなことを考えているのだろうか。
「円満退社もできないとかどこまでブラックだって話ですよ。先輩はそんなんでいいんですか? 頑張ってやってきたのに中途半端で投げ出して。先輩だって結構ノリノリで仕事してたじゃないですか。真面目な性格なんですからもう少し素直さも持ち合わせないと周りとうまく行きませんよ。まぁ、俺が言えた話ではないですけど」
「君は──」
「──先輩」
私の言葉を遮って彼が言う。彼の目はいつになく真剣で痛いくらいまっすぐに私の目を見据えていた。
「何事もそう簡単に終わらせちゃだめですよ。諦めるには早いです。考えれば回り道はたくさんあるんです。ズルだってたくさんできます」
「私は……もう怖いからこれでいいんです」
私は何を言っているんだろうか。彼は今回の件を何も知らないはずだ。こんなこと言っても何もわからないはずなのに。
でも彼の何もかも見透かしているような目に私の口は勝手にそんなことを言った。
「俺が克服できないことを克服できた先輩が、そう簡単に諦めるはずありませんよ」
「でも……もうどうやっても無理なんです」
もう間違い終わったから。もう一度過去に戻ってやり直すことはできないから。
「どうやるかなんて二の次なんですよ。無理矢理にでもズルしてでも道は作れるので。問題は先輩の意志です。先輩は、これでいいんですか?」
「意志……」
「そうです。先輩は、臭いものには蓋。そんな風にまた逃げ続けるんですか? いじめなんかに屈してあまつさえ自分に否があると思い込んで。世間体を気にする前にその世間として見ているものが正しいのか、いじめに屈することが正しい行動なのか。もっと考えてください。こんな学校なんかを全てだなんて思わないでください。学校で周りの反発を生んだからってそれが間違っているとは限らないでしょう? 周りの反応が悪ければ間違った行動、良ければ正しい行動。そんな風に世の中単純じゃないんですよ。そんな考えこの世の人間が全員善人じゃないと成立しません。先輩は、過去のいじめられる原因となった行動をいじめられるだけの間違った行動であったと思っているんですか? 素直に、過去に植え付けられた恐怖心に惑わされないで考えてください」
「し、知ったようなこと言わないで!」
普段の自分からは想像もつかないような強い言葉が出た。
私の防衛本能が、彼の言ったことに向き合うことを妨げている。
「知っていますよ。僕も同じでしたから」
「…………」
そんな言葉なんてもう聞き飽きた。嫌というほど聞いてきた。耳障りのいい言葉に騙されて、陥れられて、失望して。
もうそんなの望んでいない……
「コレをそこら辺にいる何にでも共感してくれるような人間の言葉と一緒にしないでくださいね? 僕は、現実を見ずに理想を語って慰めてあげられるような器用さは持っていませんから」
しかし、彼はそんな私を逃してくれなかった。
「大丈夫ですよ先輩。大丈夫です。僕が言うんだから間違いないです。上ばっかり見ないでたまには下の人間でも見て安心してくださいよ」
手を握って優しい言葉でそう言ってくれる。
こんなありきたりでクサいセリフなんて聞きたくない。そう思っているのに彼には裏切られるようなことはないような気がして。
「私は……」
心の壁がゆっくりと壊れていくのを感じた。
分厚い殻も気づけば何処かへ行って、私を妨げるものはなくなり、そこにいたのは私と彼の二人だった。
──いじめられるだけの間違った行動であったと思っているんですか?
彼の言葉が頭の中で反芻する。
私が調子乗っていたから彼女たちにいじめられた。
私がそんな風にしていなければ、いじめられることもなく何もかもうまく行っていた。
だから、悪いのは全て私。
そうやって決めつけいた。
だって、実際私はそれによって不幸になって、嫌なことにたくさん遭って、裏切られて、心をすり減らした。
でも……違う。そんなのありえない。
私はただ友達が欲しくて、少し調子乗ったのだって一般的な高校生らしい人間性の範疇でしかなかった。
もっと自己中な人なんてたくさんいたし、私がいじめられなければいけない理由なんて何もなかった。
下だと思っていた私の生活が充実し始めたのに嫉妬した人たちの八つ当たりでしかない。
そんなどこか傲慢な考えが生まれた。
そんなこと考えるのは、思い上がり甚だしくて今すぐにでもやめてしまいたいけれど、どうしようもなく事実なのだ。
そんな事実最初から薄々気づいていた。
でも、認められなかった。
自意識過剰のようで。
周りには罪をなすりつけているようで。
どこかで友達というものに幻想を抱き続けていたせいで、友達がそんな自己中な理由で嫌がらせをするはずがないと思おうとしてしまっていた。
現実、友情なんて都合が悪くなればすぐに切り捨てられることもあるのに、それを認めたくなかった。
彼女たちと楽しく過ごした生活が、全て偽りだったとは思いたくなかった。
ずっと憧れていた友情というものがそんな脆いものだと思いたくなかった。
でも、そんなことを言っていたら前に進めない。
だから──
「……わ、私はいじめられるような悪いことなんてしてません。そもそも、いじめていい理由なんて存在しないと……思います」
いじめたほうが間違っている。
どんなに周りが加害者側についたって、そうであると私は思う。
たかが高校生が数をなして加害者を肯定したっていじめが正当化されることなんて絶対にない。
私が絶対的に被害者で、相手が悪であることは変わりようのない事実。
「やっぱり先輩は、そのくらい図太くないとダメですね」
彼は、少し声のトーンを軽くしてそう言う。
私がそういう結論を出すと最初から分かっていたように。
掌で転がされているようで、どこか鼻につく。
でもそんな人の言葉だから信じられたのかもしれない。
「図太くなんてないです。何も間違ったことなんて言ってません」
「はい、僕もそう思いますよ。あいつらみんなクズですから」
彼は、そう笑顔になって肯定してくれる。
またしても私は、同じ道を行こうとしていた。
また後悔する選択をしそうになっていた。
これが最後のチャンスだったんだろう。
まだ全ては終わっていなかった。
最後の最後、間違いを繰り返し続けていてもまだ私に差し伸べられる手があった。
彼は私を見捨てないで客観的に私を正しいと評価してくれた。
私は、いい後輩を持ったようだ。
でも一つ疑問がある。
「でも君は、なんでそんなに知っているの? 私は生徒会長を辞めるとしか言ってないんですけど」
「まぁ、俺にかかればこのぐらい余裕ですね。伊達にいじめられてきたわけじゃないんで」
「悲しい理由ですね」
「でも、こうやって先輩の役に立ったので結果オーライってやつですよ」
「ありがとうございます。……でももう遅いんです。もう生徒会長辞めるって言っちゃったので変えられません」
今になって後悔し始める。
もう少し早く彼の言ったことを理解できていれば。
彼女たちが、生徒会を引き継ぐのはほぼ決定事項で今更覆すのは難しい。
谷口先生に今からでも、まだ生徒会長をやりたいと思っている旨を伝えれば通じるだろうか。
……いや多分無理だ。彼もほとんど共犯も同然だろう。
しかし、後輩は顔色変えず至って冷静な様子で。
「何言ってるんですか先輩。無理矢理にでもズルしてでも道は作れるんですよ」
さっきのセリフをもう一度繰り返した。
無理矢理にでもズルしてでもって現実そう簡単にうまくいかない。
「どうやるんですかそんなの……」
「俺を誰だと思ってるんですか? いじめを解決したり、体育祭を優勝に導いたり。こう見えてもう実績は結構あるんですよ」
「でも、新しい生徒会は谷口先生を中心に話が進んでて、多分もうどうしようもないですよ?」
「まぁまぁ安心してください。あぁそろそろですね。今から約三分後。この生徒会室でその谷口先生とやらとバトりますよ」
「バトる!?」
「ええ。言いくるめるのだけは得意分野なので」
後輩は、さっきまで真面目な顔をしていた姿が嘘のような悪い笑みを浮かべてそう言い放った。
訂正──彼はいい後輩などではなく、どこまで行っても悪い後輩だった。人を土下座させただけはある。
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