1.5章 デート編

12話 日常のカタストロフィ


米『A君? 明日空いてる?』


A『すまん。用事がある』


米『じゃあ、明日駅の近くのショッピングモールに十時集合で』


A『???』


米『明日駅の近くのショッピングモールに来てね』


A『……分かった』


 なんなんだろうか。この理不尽な内容は。これは昨日米と交わした会話だ。


 時計に目をやると九時三十分。俺は特に何も考えず、いつも来てる服を見繕うと家を出た。


 早朝の空は、晴れているがどこかまだ暗さを感じる。たまには、外に出るのも良いかもしれないと思ったが、これからショッピングモールで同級生と会ったらとか、もしものことを考えていたら、自然と落ち込んできた。少し肌寒さを感じながら自転車に跨り、ペダルを漕ぎ始めショッピングモールへ向かう。ギコギコとなんの整備もしていなかったからかペダルは異様に重い。


 これは駅まででも、相当な運動になりそうだ。まったく休めない休日とはどういうことだろうか。


 ショッピングモールにつくとまだ四十五分と早くついた。さっきまでは晴れていたのにもかかわらず、少し雨が振り始めてきたので、俺は米と連絡を取り少しオシャレなカフェで待つことにした。


 俺みたいな陰の者は、受け付けない雰囲気だったので、陽の者みたいな雰囲気を出してブラックコーヒーをすすっていた。


 別にブラックコーヒーは好きでは無い。むしろ苦手。だけど、馴染む為には必須だろう。それにしても、何でここみたいなカフェには、頭の良さそうな人しかいないんだろう。近くの人を見ても意識高そうな人しかいない。


 隣の人なんてパソコン、カタッタタタァァ! みたいな感じでキーボードを叩いている。胸に北斗七星ありそうだ。


 でも、さっき偶然見えちゃった時『チート』とか、『ハーレム』とか書いてある小説を書いてたことには触れないでおこう。きっと、俺と同じ道を歩んだ先輩だ。俺が人生の先輩を反面教師にしていると。


「ねーキミ?」


 誰からか後ろから声をかけられた。

 まさか知り合い? 心拍数が上がるのが分かった。


「だ、だれ、ですか?」


 俺は、恐る恐る振り返る。


「なにーそんな強張った顔してー」


 ヘラヘラとした様子で顔の横で小さく手を振る女子。そこにいたのは同じクラスの女子、星宮渚ほしみやなぎさだった。


 可愛いロゴの入った大きめのトレーナーは萌え袖気味。ハイウエストの黒のハーフパンツからは白い美脚が光る。変な柄の靴下に流行りのスニーカーと、総じてThe女子高生といった風貌だった。


 学校では陸上部に所属しているボーイッシュ系女子なのだが、今日は休日だからか、何だか服装も相まって可愛い。


 ただ、今はギャップ萌えなんかしている場合ではない。今問題なのは、この接点ほぼゼロのクラスメイトに普段と違ってちょっと調子乗っている姿を見られてしまったことだ。


「あっごめん。迷惑だった?」


「いや、別に……声かけられるなんて意外でさ」


 そういえば前にも話しかけられたが「友達いるの?」とか聞かれて終わった相手だ。


「そっちこそ意外だよ。こんなおしゃれなカフェにいるなんて」


 お前みたいな奴は場違いだよとでも言いたげ(被害妄想込み)に彼女はそう言いながら、何故か向かいの席に腰掛ける。


 ここのショッピングモール自体同じ学校の生徒も偶に見かけるので、変な勘違いをされたら厄介だ。それにしてもなぜ一言も言わずに同席するんだろう。


 しかも、話したの多分初めてなのにこの距離感。これがいわゆる陽キャというものか……図鑑に載っていた。


 星宮は、メニューを見ながら「どうしよっかなー」とか独り言を呟きはじめる。急に相席した癖に一人の世界に入ってしまった星宮に俺は渋々話しかけた。


「えーと、なんの用?」


 あまりこの状態が長いとさらに状況が悪化してしまう。誰かに見られたりしたら面倒だ。


「用がなきゃ話しかけちゃダメなの?」


 星宮は、ニヤニヤしながら言う。


「そういう訳じゃなくて、普段話しかけない俺にわざわざ話しかけたってことは何か用があるのかなって思ったんだけど……」


 だよねー、と言いながら星宮は店員を呼んで注文し始めた。なんだかすっごい頼んでる。


「…………」


 一段落したのかやっと俺の方を向いて、話し始めた。


「まぁ実際今度会ったら声かけようと思ってたから。だから、このカフェにいるのを見つけて丁度いいなと思って」


 まさかこんなカフェにいるとは思わなかったけど、と星宮は付け足す。余計なお世話だ。好きでいるわけじゃない。


「俺にとっては丁度良くないんだけど」


 一応、俺は人を待ってるのだ。あまり長話する時間はない。


「そう言う風には見えなかったけど」


「俺が彼女を待っているのだとしたら?」


「え、本当!? 君、彼女いるの?」


 そこは、「あんたなんかに彼女がいるはずないでしょ」って言うところだろ。俺なりの自虐的な話の持たせ方だというのに。


「正確に言うと男を待ってる」


「……えぇ、君って男が好きな人?」


「違うよ! 男友達を待ってるんだよ」


 くっ、なんて話の噛み合わない……


「なのに最初、彼女待ってたらどうするの? とか聞いたの?」


「いや、冗談。絶対信じないだろうと思ってさ」


 当然ながら、もしそうだったらどうするのっていう間接的な文句の意味も含まれてるのだが通じそうもないからもういい。


「……ふーんでも、結構居そうな雰囲気はあるよ君」


「どういう雰囲気なの俺」


「恋する乙女って感じ」


「乙女……」


 本当に誤解は解けたんだろうな、これ?


「で、話って何?」


 早く話を本題に移そう。真面目に取り合うだけ無駄だ。


 まぁ、どうせ「今度クラスのみんなで集まりがあるんだけど来る?」みたいなことを「おめーみたいな奴は来るな!」みたいな目で言ってくるに違いない。別にそういう経験があるわけでは断じて無い。


 しかし、星宮の口から放たれた言葉は予想を大きく逸れていた。


「その一つお願いがあって」


 お金だろうか。残念ながらこちらには、パチンコでも三十分と持たない額しかない。未成年だから行ったことないけど。


「お願い? どんな?」


「そろそろ、体育祭があるじゃん?」


「確か、一ヶ月後ぐらいだっけか」


 体育祭は、毎年五月の後半に開かれる。今は四月上旬だから大体そのくらいだ。


「そうです。それでいきなりなんですが一緒にリレーに出てください」


 星宮の口から飛び出したお願いとやらを理解するのに数秒の時間を要した。頭がフリーズする。


 リレー? え、あのリレー?


「なんで俺が?」


 意味が分からない。だってあんなの体育祭の花形種目で、少なくとも俺みたいなただ時間が過ぎるのを待つだけみたいな過ごし方のやつが参加する競技ではない。


「足速いでしょ?」


「いやいや、全然、全く」


「それでもお願い」


 星宮は、手のひらすりすりと擦り合わせひたすらそうせがんでくる。


「もっと、足速い人いるでしょ」


 俺の所属するクラスには、がっつり運動部のやつが男女ともに結構いる。


「君以外の人にはほとんど聞いたよ。クラス対抗だからこのクラスの中からだし、男女二人ずつ集めろって先生に頼まれたんだよ」


「そんなの断れば良かった話だろ。少なくとも協力する義理はない」


 俺だったら先生が頼み終わる前に食い気味に断る。そして、悪い印象を与え関わりづらい関係を構築するまでが定石。


 そもそも自分で承諾しておいて他人に同情を求めるのは違う。それもリレーに参加しろだなんて、赤の他人にいきなりお願いすることか?


「私ってこのクラスの唯一の陸上部員だから、断ったら他にやる人が居ないんだよ!」


 たしか、うちの学校はあまり陸上部の名前は聞かない。じゃあしょうがないのか? でも嫌だし。


「あと、何人必要なんだ?」


「女子は私の他に桜子ちゃんで決まってて、男子は市ヶ谷君の一人だからあと男子一人だけ」


 桜子ちゃんは知らないが、男子の市ヶ谷は知っている。


 市ヶ谷は、クラスでもリーダー的立ち位置で俺とは正反対という感じ。誰にでも優しくて男子も惚れるレベル。ああでも、俺が市ヶ谷と正反対だと言っても俺が全然優しく無いわけじゃ無いよ? ただ、そんな優しい俺でも、一緒にリレーは少しきついものがある。


 俺まで回ってきたということは、断った奴が沢山いるということだ。なら、断るのは簡単なはず。


「他の人に聞いた時、どんな風に断られたんだ?」


「それは確か、足が痛いとか、走ると気持ち悪くなっちゃう、とかかな。流石に無理させちゃ悪いし、引くしか無かったんだよ」


 ここで俺はひらめいた。


「俺は、足が痛いし、走ると気持ち悪くなっちゃうから断ります」


 そう言って、俺は席を立とうとする。完璧だ。これで引かなかったら、平等じゃなくなる。我ながらナイスアイデアだ。伝票をさっと抜き取り、後は今日のところは奢ってやるとでも言ってやれば、完全に諦めてくれることだろう。


 が、彼女は「待って」と凄い威圧的なトーンだ言ってくる。やけに心臓に響くような声音で、手に取った伝票がピラピラと手からすり抜け落ちていった。


「な、なんだよ」


「嘘でしょ」


 星宮は、俺のことを睨んでくる。


 おい、他の人にも、今俺に向けてるみたいなゴミを見る目で睨んだのかよ。絶対してない。モブキャラだからって侮ってもらっちゃ困る。こう見えて言うときは言える男なのだ。俺は反論する。


「何でそう言い切れるんだ。俺が実はリレーを走ったら死んでしまう病だったら──」


「──まあ、いいや。来週ぐらいから練習するからよろしくね」


「は?」


 なんか、俺の意向って反映されない仕様なのか? 俺の人生ギャルゲーにしても選択肢でストーリー分岐しなさそう。


「おい! 俺はやるなんて言ってないぞ!」


「あー、もう先生に四人集まったって連絡しちゃった」


 星宮はスマホのトーク画面を俺に見せてくる。ただ暴挙に出ただけだと言うのに本人は何故かやってやったぜみたいな笑みを浮かべている。


 なんだと……しかも、先生と連絡先交換してるとかスゴ。それはいいにしても否、良くない。僕も、夏草先生の連絡先欲しい。いや、それどころじゃない。


「おい、ちょっと。……え、俺マジでリレー出るの?」


「そう!」


 と、さっきまでの怖い雰囲気はどこへ行ったのか星宮は、底抜けに明るい笑顔で肯定する。すると星宮は、スマホを取り出し、俺の前に出してきた。


「連絡先」


「なんで?」


「これから連絡する時不便でしょ。しかも、君逃げそうだし」


「……ええ」


 俺は仕方なく連絡先を交換した。地味に高校に入って初めての女子との連絡先交換だった。


「A君?」


 聞き覚えがある声が聞こえた。


「あぁ米」


 そこに現れたのは俺をいきなり呼び出した張本人、飯田米だった。


「二人ってどういう関係?」と米は不思議そうな顔で俺と星宮を交互に見やる。


「あっライス君、加藤君なんだけど、私と一緒にリレーに出ることになったの」と星宮はウキウキの笑顔で言う。


「おい決定事項みたいに話すな」


「いや決定事項だから」


 星宮は、ノータイムで声のトーンを下げて言ってくる。


「あっ……はい」


 思わず威圧に負けそんな情けない声を出してしまう。


「それよりライス君たちは、今日何しに来たの?」


 星宮がそう聞くと、米は「なんと!」と、タメを入れるとこう答えた。


「今日は『A君をイケメンにしちゃうぞ大作戦』を決行する!!」



※   ※   ※



「こっちの方が良くなーい?」


「いや、A君はこっちの方が似合う」


「いやいや、高校生だったらこのくらいの方が丁度いいって」


 俺は、果たして何してるんだろう? ここは試着室。何故かって?


 米曰く、「A君は、私服がダサいから似合う服を買ってあげよう」だそうだ。なんで今日? とも思ったが、今着てる服も昔買ったっきりで流行も何もない感じだし、いつか買わなくてはと思っていたので買ってくれるなら丁度いいと言うことで来た。がしかし、何故か星宮も付いてきた。


 星宮曰く「今日私暇だし、やっぱり女性目線の意見もあった方がいいでしょ?」だそうだ。男子ならまだしも、女子がいると緊張してしまうような純粋な俺なので、良い悪いの問題じゃ無いのだが、断る訳にもいかずこうして俺を使ったお人形遊びが始まってしまった。


 再び目の前の二人を見る。何か相談している様だ。そこで、俺はさっきから疑問に思っていたことを口に出す。


「買うのって俺が着る服だよね?」


 しかし、米はすぐに反論する。


「A君は、センスがなさ過ぎるからここは、僕とホシナギに任せておくのだ」


 俺ってそんな私服のセンスないのかよ。結構ショックだ。それより、米はいつから星宮をホシナギって呼ぶようになったんだろうか。さっきまでは、普通に呼んでいたのに。しかも、ホシナギとかイザナギみたいで中二臭い。俺の私服のセンスより、米のあだ名のセンスの方が壊滅的だと思うのだが、ここは引き分けにしておいてやろう。


 あだ名は、愛と相手からの承認が有れば何でもいいのだ。いや待て、と言うことは俺のA君ってあだ名は、あだ名じゃないな。愛はもとより承認していない。


 そんなくだらないことを考えていると、いつの間にか二人は、俺の前から居なくなっていた。多分レジにでも向かったんだろう。にしても一言ぐらいかけてくれても良くないだろうか。




※   ※   ※




 ショピングモールから出ると、すっかり暗くなっていた。あの後、俺たちは昼飯か、夜飯か分からないがフードコートで飯を食って今に至る。


「A君、久しぶりに遊べて良かったよ」


「あっ私も、A君今日はありがとね」


 米と星宮が礼を言ってくる。


 まぁ、俺自身も楽しめたし、服も買ってもらえたし、礼を言うのはこっちだろう。


「あぁ、こっちこそ服とか選んでくれたりありがとな」


「うん、じゃあ、A君とライス君、学校でもよろしくね、あとA君はリレーも

ね」

「次は学校で、ホシナギ」


「あぁ」


 そう言って先に星宮と別れる。


 リレーかぁ。嫌なことを思い出してしまった。あと、許可した覚えがないのに星宮からの呼び方が、『キミ』から『A君』になったのは何故なのか? まぁいいか、呼び名ぐらい何でもいい。そしてあと一つ疑問がある。


「なぁ米? 何で今日服とか買ったりしたんだ?」


「いやー明日は忙しいからね」


「そーなのか」


「A君、明日はかおりんとデートだからね」


 今目の前のこの巨体は何と言った? でいと?


「は?」


「だから、明日はA君とかおりんの初めてのデートの日だぜ」


 まてまて、そんなこと初耳だ。じゃあ、服を買っていたのもデートのためだったのだろうか。しかも、相手が粧さん。


「おい米。粧さんには何で言ったんだ?」


「あーそれは大丈夫」


 と、言ってスマホの無料通話アプリの会話画面を見せてくる。そこには、俺が恥ずかしくて誘えないから代わりにという体で勝手に俺のデートの約束を取り付ける会話が続いていた。


「おい米これはどういうことだ」


「やー、A君とかおりんはお似合いかなーと思って。A君だって嬉しいでしょ? 僕も眼福だからWin-Winってやつ」


 だからといって明日とは。心の準備というものがあるというのに。


「恨むぞ、米」


「じゃっA君。明日は頑張ってね。で、これあげる」


 と、米が俺に渡してきたのは、ゲーセンや運動できる場所があったり、ボーリングができたりする、複合施設の無料チケットだった。


「ここに行けってことか?」


「そう。これで、A君の初デートは成功間違いなし!」


 そうは言われても、初デートでここはちょっとナンセンスだろ。モブキャラにしたってもう少し俺の意志を反映してほしいものだ。

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