13話 初デートイベントが何も起こらない訳ない
日曜日 午後一時
いつもの俺ならば、だらだら家で昼寝でもしている時間だろう。しかし、今日の俺はおしゃれな服装に身を包み、髪もしっかり整えてあり目もしっかり開いている。何でこんなことになっているか。それは、全て飯田米、あいつのせいだ。
今、俺がいるのは最寄り駅の改札前。そう、この後俺は人生初めてのデートという試練が待ち受けているのだ。みてくれだけはなんとかなっているものの中身が絶望的。相手は、俺から誘ったと思っているから、ちゃんと出来なかったら初デートなのに、なんの準備もしてないの? となってしまう。
どうやって今日を乗り越えるか。
俺がそんな風に考えていると、不意に肩を誰かに叩かれた。
「栄君?」
振り向くと、そこには洒落た服に身を包んだ粧さんがいた。制服を着ているいつもとは違うオーラを感じる。いつもより髪も艶めいて、メイクをしているのか美人ゲージはカンストしていた。
「……こんにちは、粧さん」
「なんか顔疲れてない? 大丈夫?」
顔に出てしまっていたようだ。自分から誘っている体なのにこれでは失望されてしまう。一応、ネットで記事をいくつか読んできている。ここは、まず服装を褒めるらしい。
「あーごめんごめん。来てくれてありがと。それと……その服トテモニアッテルヨ、イツモ制服ダカラ新鮮ダネ」
なんか棒読みになってしまった。
「……あ、ありがと。栄君も、その、服とか髪とか似合ってるよ」
思いの外ちゃんと会話になったことで俺は、嬉しさと同時に恐怖を覚える。自分が怖い。俺みたいなコミュ障は、褒められたり、会話がうまく繋がったりすると喜びよりなぜか恐怖が来る。コミュ障七不思議。
他には、これからの関係が無かったり、敵対関係にある相手だと普通に話せるが、そうじゃない相手となると緊張して人が変わってしまうというとか、何かの行事で仲良くなった気がしていても、次の日にはリセットされるとかがある。(実体験に基づく)
まぁ、実際ぼっちあるあるなんてのはまだ優しい方で現実は、『あるある』なんかより具体的で他人には理解できない自分の失態で、恥をかいたり、悲しんだりすることの方が多いんだけどね。
それより問題なのはこれからだ。
「えっと、粧さん。今日なんだけどさ、ここ行ってみない?」
と、言って俺は、米から貰ったチケットを取り出す。枚数は、しっかり二枚ある。
「へぇ面白そうじゃん!」
「よかった……じゃあ、行こーか。電車で数駅先だからすぐ着くよ」
「うん。あとさ栄君、その粧さんって呼び方よそよそしくない?」
せっかくのデートなんだしと粧さんは付け加える。呼び方か。まったく気にしていなかった。
「粧さんは、なんて呼ばれたい?」
「……え、っと。普通に昔みたいに……」
下の名前か……。今考えればなんで下の名前で呼んでいたのだろう。今の自分じゃ考えられない。
「じゃあ、……香織行こうか」
「……うん」
……気まずい。
呼び方を変えるだけでこんなにも緊張するなんて、先が思いやられる。俺達は、いくつか電車で目的の駅に着くとバスに乗るためバス停に向かった。
やはり中々混んでいて、普段人混みを避けて、ついでに現実からも逃げている俺は、早速目眩がしてきた。
バスに乗るとその人の多さも緩和されてやっと少し落ち着けた。出発すると、バス特有の振動が伝わる。心地よい揺れに一息ついていると横に座る香織に服の袖を引っ張られた。
「なんで今日私を誘ってくれたの?」
米が無理矢理なんて答えるわけにはいかない。
「……久しぶりに会って話せるようになったし、ちょっと昔話でもしたいなーって」
俺は、当たり障りの無いことをとりあえず言った。
「ふーんじゃあさ、私はなんで今日誘いに乗って来たと思う?」
「うーん、暇だったから?」
「まぁ、それもそうだけど……んまぁいいや。じゃあさ、今から一つずつ互いの質問に答えるっていうのやらない?」
「黙秘権は?」
「無いよ」
「えーじゃあ嫌――」
「――じゃあ、私からね」
結局やるのか。
「じゃあ私からの質問は……昔、栄君は私のことが好きだった?」
「え? なんて?」
いやーさすがに聞き間違いだろう。そんなことを急に言う遠慮のかけらもない人などいないだろう。過去にある程度関係があっても四年も話していなければ、ほぼ一から関係を作り直す必要があるわけで。
「言い直させないでよ。絶対さっきので聞き取れたでしょ」
聞き間違いじゃないだと……。これは絶対答えるんだったよな確か。ということは、『好きでした』か『好きではありませんでした』の二択ってことになる。
俺は、想像してみる。
『実は、昔好きでした』
『……』
『……』
って場の空気が終わる未来しか見えない。じゃあ、もう一つの場合は……
『別に好きではありませんでした』
『ふーん。なのに久しぶりに会ってちょっと詰め寄られたくらいであんな照れちゃうんだ〜』
『……』
これもダメだ。というか俺の香織のイメージメスガキすぎるだろ。じゃあどうする? まぁそうなったら答えは一つ。
「じゃあ香織は?」
奥義、そのまま返し。これは、我が家に伝わる奥義。相手の返答を先に言わせ『俺も同じだよ〜』とでも言っておけば気まずくならない。
「え? わ、私? 私が栄君のことを好きだったかってこと?」
分かりやすく慌てる香織。
「……あ、あぁそうだよ」
「……えっと、それは……」
『ドアが開きまーす』
と、会話を遮ったのはバスの運転手の声だった。タイミングが悪い。まだ、俺達の目的の場所では無かったので誰かが入ってくるということだろう。まぁ、空席も沢山あるし多少増えたところでどうともならない、……はずだった。
音を立てて開いたバスのドアから入ってきたのは、「僕がラブコメの主人公!」とでも主張しているような黒髪で爽やかイケメン。そして俺と同じクラスである
しかも、その後ろには同じくクラスメイトで、「あ、あんたのためなんかじゃないんだからねっ」とか言いそうなラブコメツンデレヒロイン。桜のようなピンク色の髪でポニーテールの
「おぉ、加藤君。しかも……えっ粧さん?」
車内に入ってくるなり、市ヶ谷は俺たちに気づき驚きの声を上げる。考えるんだ俺。この状況を切り抜ける方法を。……残念無理だ。既に詰み。
「珍しいね、加藤君に会うなんて、しかも香織ちゃんと一緒なんて、もしかして二人ってそーゆー関係なの?」
と、後ろの桜花さんは早速俺が一番聞かれたくなかったことを当然のように聞いてくる。
「や、やや、やぁ、い、市ヶ谷と桜花さんか……お二人さんこそどういう関係なんだ?」
取り敢えず奥義そのまま返しを使う。奥義軽いな。
「え? 私達?……えーっと彼し……」
「ただ仲が良いだけだよ。それよりさ、結局そっちはどういう関係なんだよ〜?」
桜花さんの言葉を遮り、市ヶ谷が答える。
何? 奥義返しだと……。こうなれば。
「そっちと同じで仲が良いだけだよ」
奥義返し返し。これは秘奥義である。
「本当か〜? お似合いだと思うよ〜」
と、ニヤニヤしながら市ヶ谷はそう言って、俺の肩を肘でグリグリしてくる。しかも、何故かそのまま隣の席に座る。
なんで沢山、席空いてるのにそこに座るんですかね。しかも、学校ではほとんど話したこともないのにこの距離感。これが陽キャか……広辞苑に載ってた。
「で、今日市ヶ谷さん達はどこに行くんですか?」
香織が聞く。
さっき、仲が良いだけって言ってたけど、明らかに俺達よりデートっぽいし、正直この二人が付き合っていなかったなんて意外だ。学校でも一緒にいることもよく見る。
「私達はね……今日、ここに行こうかなーって」
桜花さんは、スマホの画面を見せてくる。
…………なんだと。まさかの俺達と同じ場所だった。
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