とどのつまりは
雪がふっていた。ぼくの住んでいるちいきでも、多少はつもることがある。今日はそんな日かもしれない。
学校では、だれともあそぶやくそくをしなかった。もちろん、やくそくなどしなくても、ふらりと友だちの家にあそびに行くことはあるけれど。今日は、どうにもこたつから出る気になれなかった。
このぶんなら、手のひらにのるぐらいの雪だるまは作れるかな? ――などと、考えるのは楽しかった。でも、今のところ、考えるだけでおわりそうだ。
今日のぼくは、こたつの住人。
母さんが言うには、このさむいのに、父さんはつりに出かけているらしい。
だれかの声がした。……ような、気がする。
いつの間にかこたつでねていたらしく、あわてて体をおこした。
「こんにちは」
今度は、はっきりと聞いた。男の人の声だ。
ぼくは土間の上がり口のガラス戸をあける。見えた下の戸は元勝手口。
そこは、げんかんとちがって、少しぐらいなら、くつをぬぎちらしてかまわない感じの出入り口だ。土間にはむかし、かまどがあったというけれど。今は、米ぶくろと米びつ、くつばこがおかれているだけ。
えぇと。だれだろう。
土間の下の戸にも半とうめいのガラスが入っているから、人が立っているのはわかる。
「こんにちは」
と、下の戸があけられた。
すがたを見せたのは、丸メガネをかけた男の人。父さんよりも年上に見えるおじさんで、顔も頭も体もむちっとして大きい。着ぶくれとかいうんじゃなくて、本当に大きい。
「上がっていいかな」
言いながら、おじさんが土間に入ってくる。
「えぇと……」
ぼくはこまってしまった。上がっていいと言っていいのかわからなかった。
「あの、家をまちがっていませんか?」
と、どうにか聞いてみる。
「いやいやいや。ここでまちがいないよ。……きみは、
「それは妹」
なに言ってるんだ。ぼくが七海――女の子に見えるわけないよ。
「じゃ、
言われて、ぼくはついうなずいてしまった。
それは当たっていたから。
「直太くん?」
「うん。そうなんだけど」
どうしよう。家に上げてもいいのかな。
わからない。
おくの部屋でつくろいものをしている母さんをよんでこようか。
……いや。
ぼくは、兄ちゃんなんだから。ここは、ぼくひとりでどうにかしてみよう。
「あの。やっぱり、出てください。知らない人だから」
そうつげると、おじさんはちょっとがっかりしたように見えた。
その時、妹の七海が居間に入ってきた。
「あれっ。おきゃくさん?」
「おきゃく、というか。その……知らない人なんだ」
「わたし、トランプならしてもいいよ」
ぼくの言うことを聞いていないのか、七海はそんなことを言う。
「トランプ? いいよ。トランプしよう」
おじさんは、かってにのり気になって居間に上がってこようとする。
「ちょっ。こまるよ」
「お兄ちゃん。じゃましないで」
「じゃま、って。いいかい、七海。知らない人を家に上げてはいけないんだよ」
ゆっくり言い聞かせた。
七海は、おじさんの顔をじっと見ている。
「七海、知ってるよ。知らない人、じゃないよ」
「知ってる? 本当に?」
「うん。何度もうちにきてるよ」
「そうなの? そうなのか……」
はじめは、あそびたいだけなんだろう、と思った。でも、しだいに、うそはついてないんじゃないかな、という気がしてきた。
なぜなら――。
外にいるシバ犬のタロウがぜんぜんほえていなかったから。
やっぱり、何度もうちにきている人なのかな。ぼくが知らないだけ、ということもある、か。
「それじゃ、どうぞ……」
なんとなく、まだ、気にはなっていたけれど。家に上がってもらうことにした。
「おじゃまします」
おじさんが居間に上がってくる。そのさい、ドロをきつくしたようなにおいがした。
「とどのつまり、それは多分、ボクのせいじゃないんだな」
顔に出てしまったのか、おじさんにそんなことを言われた。
「お兄ちゃん。早くすわって」
七海に言われ、いつもの場所にすわる。おじさんはというと、さっさとすわって、こたつの上のハッサクとそろばんに見入っていた。
ぼくたちは、ババぬきをしたり、七ならべをしたりした。
けれど。
七ならべになると、まったくかてなくなった七海がふてくされてしまった。読み方はちがうけれど、七ならべには自分の名前の一字が入っているから、お気に入りのあそびみたいなのだけれど。今日はカードのめぐり合わせもあって、どうにもうまくいかないようだった。
「だめ。もうなげ出し。あ〜ぁっ。こんなカードじゃ、かてっこないよ」
七海はこたつの上に自分のカードをほうりなげた。
「そういうの、よくないぞ。よく見たら、いける場合もあるんだから」
ぼくも小さいころ、なげ出しになった時にはらを立てて母さんたちをこまらせたな。と、思いながら、ほうられた七海のカードをならべてやる。
「あれっ? これは――」
とびとびにならべていた手を止め、一まいのカード――ハートの4――を、ゆび先でたたく。
「あっ……」
ぼくのしめしたカードを見て、七海が口元をおさえた。本当に、出せるカードがのこっていたのだ。
「よく見ないから」
「見たんだもん。ちゃんと見たんだもん。……もう、いいよ。どうせ、つぎはなげ出しなんだから。あんなカードじゃ、どうせかてないもん」
「七海」
と、しかろうとした時だった。おじさんがゆっくりと口をひらいた。
「カードがかなしむ。トランプがかなしむよ」
おじさんはへんなことを言い出した。
うん? おじさん?
わずかの間、おじさんがべつなだれかに見えたような……。にているけどちがう、みたいな? うぅん。やっぱり気のせいか。
「入り用のものだけをぬいて、のこりはポイというのはよくない」
それは、気持ちのこもった口ぶりだった。
どういう意味だろう。入り用のものだけぬく、というのは。……出せるカードを出して、ということかな。で、のこりはポイ、は、なげ出しでカードをほうることかな。
……カードをほうったのがよくないと言ってるのかな?
「だって」
と、七海は口をとがらせた。
とがめられた、とは感じたらしい。
「さびしい。そういうのは、さびしいものだよ」
気づくと、おじさんはそろばんを持っていた。おなかのあたりで、いだくように。シャチャッ、と音がする。
「わかった。なげ出しでも、もう少しやさしくカードを出すよ」
七海がつぶやくよう、言った。
おじさんがうなずいた。ゆったりわらったように見えた。おじさんは、そろばんをこたつの上にもどす。もう一度、シャチャッ、と音がした。
「それじゃ、そろそろおいとましようか」
「えっ。まだいいじゃない。そういうの、かちにげって言うんだよ」
かちにげ、というほどじゃないと思うけど。たしかに、七海よりはかっていたかな。
「とどのつまりは、時間切れ……。いや、時間がきたということさ」
言って、おじさんは帰っていった。そのさいも、やっぱりタロウはほえなかった。
「ただいま」
おじさんがうちを出てから少しして、父さんが帰ってきた。
父さんは大きなふくろをかかえている。
「今日はひさしぶりにすごいのがつれたよ。本当、何年ぶりかな。きのう作ったギジエをつかったんだぞ」
言いながら、父さんはふくろから一ぴきの大きな魚をつかみ出した。
それはそれは、大きなボラだった。七十センチはあるかもしれない。
「どうだ? 大きいだろう」
「うん。大きいね」
すなおにうなずけた。
「これだけ大きいと、もう、トドだな」
「魚なのに、トド? へんなの」
と、七海。ぼくも小さいころ、同じことを言ったきおくがある。
ボラは出世魚で、せいちょうするにつれよび名がかわっていくんだ。一番大きくなった時が、トド。
「トドは大きくなりすぎだ、って言う人もいるけれど。父さんは、すきだな。あぶらがのったまっ白いみは、たまらないね。よしよし。さしみにして、りゅうきゅうにして、ボラスキにして……」
と、うれしそうな父さん。
りゅうきゅうというのは、かんたんに言えばしょうゆづけ。ボラスキというのは、牛肉のかわりにボラの切りみをつかうスキヤキのことだ。
「あっ……」
ボラの頭を見ていたら、どういうわけか先ほどまでいたおじさんの顔が思い出された。
「ほらね」
と、七海。
なにが、ほらね、だよ。――と、言いたかったけれど。なんとなく、わかった気がして。そんな気がして。
ああ――。
雪はまだふっている。
(おわり)
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