直太ばなし

白部令士

あんばいどうかな

 一月半ば。日曜日の夕方近く。

 ぼくは、たき木でおふろをたいていた。

『じゃあね、直太なおた。もえかすはかき出しておいたから、おふろをたく方はたのんだよ』

 そう言って、父さんは畑に出た。お昼ごはんの後、直ぐのことだ。

「なにをやってるのかな。……まったく」

 小さくいきをついて、たき木をくべた。


 四十分ほどたいたと思う。おふろのかんをみたぼくは、ふろがまから火のついた大きなたき木を引っぱり出した。バケツにくんでおいた水をかける。

 ザシュゥッ、という音とともに火はきえ、けむりとじょうきが上がった。

 けむりが出なくなってから、目をはなす。

「おきもある。後はこぼけでじゅうぶんだよね」

 しちりんを持ってきて、おきを気前よくほうりこんだ。あみを、おく。

「これが楽しみなんだ」

 家に上がって台所に行き、小ざらにさとうじょうゆを作る。れいぞうこから、丸もちを三つとり出した。

「おもち、のこり少なくなっちゃった。ひかえ目にしてるんだけどな」

 しちりんの前にもどって、おもちをあみの上にならべた。

 ふろがまの前からずらしてきたいすにすわってまっていると、しばらくしてこうばしいにおいがしてくる。

「いい感じだぞ」

 うらがえしてやき色を見ていると、おもちはふくらんできて――はじけた。


「おおぅ」

 と、声がした。ぼくのじゃない、だれかの声。

 ――って。

「えぇっ?」

 思わずへんな声が出た。そりゃ、そうだよ。おどろくよ。いつの間にか、横に男の子が立っていたんだから。

 その子は、明らかにぼくよりも年下だった。ひょっとすると、妹の七海ななみより小さいかもしれない。

「どこの子なの?」

 たずねたけれど、こたえてはくれない。男の子はあみの上でやけていくおもちをじっと見ているばかりだった。

「あんばいどうかな」

 ぽつり、と男の子が言った。

「えっと。食べごろだとは思うけど……」

 ぼくは、よくやけたおもちをはしでつまんでさとうじょうゆにつけた。よく、からめる。

「おおぅ。あんばいどうかな」

「その……。食べてみる?」

 と、小ざらをさし出してみた。すると、はしをわたす間もなく、男の子はおもちをゆびでつまんでほおばった。

「うまい」

 と言いながら、男の子はあみの上にのこったおもちに目をやる。

「あんばいどうかな」

 ものほしげに男の子が言った。

「どうかな、って。今、食べたじゃないか。……もっと食べたいってこと?」

 ぼくはのこりの二つのおもちをさとうじょうゆにつけてからめた。今度は、小ざらをむける間もない。男の子は、手をのばして二つのおもちを食べてしまった。手づかみで。

「うまい、うまい」

 男の子は、ゆびをなめながらしちりんの上のあみを見回した。

「そんなに見ても、もう、おもちはないよ」

 あぁ。一つも食べられなかった。

 そっと、いきをつく。

 三年前までは、うちでおもちをついていたので食べほうだいだったけれど。今は、ちがう。

 今は、正月気分をあじわって、少しあまるぐらいのりょうをスーパーで買っているだけだ。

「どうして、ない」

 男の子がゆっくりと言葉をはく。問うてくる。

「――カラスが持っていったんだよ」

 せめられているようにも感じて、つい、そう言ってしまった。

 だって、一番の理由ではないけれど、うそじゃないんだ。じっさいに、井戸や自転車におそなえしていたかがみもちをカラスに持っていかれている。

 それに。

 たくさんは買っていないから、なんて言ったらおもちを三つとも食べたことを気にするかもしれないし。カラスには、はらが立っていたし。だから、つい。

「あいつらか。かんしゃくどっかん」

 男の子のほおがキツく強ばる。目も、つり上がった気がした。

 ワチッ。

 もえのこりのたき木がはぜたらしい音。いっしゅん、ぼくのしせんがふろがまにむいた。

「あれっ?」

 しせんをもどした時、男の子のすがたはどこにもなかった。


 しちりんにやかんをかけていると、畑からもどった父さんがやってきた。

「おや? おもちをやいたにおいがするぞ。――なんだ。今日はのこしてくれてないのかぁ」

 父さんは台においていた小ざらをのぞきこむよう見た。

「どこかの知らない子がきて、食べていったんだ。うまい、って言ってたよ」

「そうかぁ。そういうことならいいんだよ。……知らない子、か。ふぅん。どんな子だった?」

「どんなって。丸ぼうずでさ、そでなしのシャツに、短パン、ゴムぞうりで――。えっ」

 それって、どうなの?

 言ってるとちゅうで気づいてしまった。今は一月、冬なのに。

「本当に? あ、いや。このさむいなか、本当にそんなかっこうだったのかい?」

 目を見ひらき、おどろいた顔の父さん。

「だよね? 今まで気にならなかったなんて。おかしいな」

「う、ん」

 父さんはうなずいて、小さく首をひねる。なにか、考えているようだった。

「……おかしいといえば。うちの畑をエサ場にしているカラスたちが、ちょっとね」

 と、大げさに首をかたむけた。

 ……れ?

 なぜかはしれないけれど。父さんが話題をかえてきた。――だけど。それを気にしている場合じゃない。

「カ、カラス?」

 ぼくのむねがざわついた。気分がおちつかない。

「カラスがどうかしたの?」

「急にいなくなったんだ。くらくなってきていたけど、見わたすかぎり、かげもかたちもないなんてね」

「そう、なんだ」

 まさか、と思いつつも、耳のおくにしみついた声があった。

『あいつらか。かんしゃくどっかん』

 ぼくは思い出していた。

 男の子の顔。すがたをけす前に見せた、あの顔。顔つきを。

               (おわり)

 


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