女性アイドル握手会昨今
女性アイドルと聞くと、すぐに浮かぶ単語がこの「握手会」だ。
某48グループのおかげでアイドルの代名詞とさえいえる知名度を誇るようになった。
今ではアイドルといえば握手会であり、握手会をしないアイドルなんていないとさえ言える。
というのも、握手会はよくも悪くもお金を発生させやすいイベントになってしまっているからだ。
アイドルと握手をするために、ファンはアイドルのCDを買い、休日を潰して同じファンが集うイベント会場へと足を運ぶ。
手荷物検査やら身体チェックを受けたあとに、いそいそと自分の推しがいる場所を確かめ、忘れ物がないかもう一度カバンをあさり、握手券を握りしめて、ファンが並ぶ行列の最後尾へ並ぶのだ。
握手券の枚数によって「今日は2枚出しに挑戦しよう」とか「1枚で何度も回ろう」とか「今日並べるのは、この時間が最後だから残り全部出す」とかを決める。
私のおすすめとしては、ファンになり始めたばかりの頃は、回数を重ねるようにして、ある程度どういう話題に反応してくれるかわかるようになったら複数枚を出すという形だ。
人間どんな状況にも慣れるもので、どんなに緊張していた人間でも回数さえこなせば、いつの間にか普通に話せるようになったりする。
しかし、今までTVやDVDで見たり、ライブ会場で見つめた時間が長くても、最初の握手は間違いなく緊張する。
これは推しかどうかは、ぶっちゃけあまり関係ない。
そりゃ、緊張の度合いは段違いだ。好きなアイドルならば、ろれつが回らないほど緊張するかもしれないし、そうでもないアイドルならば「話題ないなぁ」と沈黙の時間を過ごすだけで済むかもしれない。
どっちにしろ、人間というものは初対面(しかも握手とはいえ、身体接触がある)と緊張してしまう。
そのため、慣らすために回数を重ねる必要があるというのが持論である。
ある程度慣れてくれば(ファンとしての期間が長くなれば)自然と推しが喜ぶ話題もわかるし、どう話せばいいかもわかるようになる。そうなってから枚数を増やし、握手する時間を増やしたほうが、お互いのためだろう。
と、このようにファンは握手会ひとつにしても、ものすごく頭を使っている。
今の握手会は、基本的にお金を出せば出すほど、アイドルと話していられる時間が長くなる。
前に書いたように、時間が長くなることもあれば、何回も周回できるパターンもある。
こんな目に見えて集金できるイベントなど、他の業界ではまれだ。
では、アイドルはテレビやライブなど以外の時間をすべて握手会に費やせばいいのか?
――私はそう思わない。
女性アイドルにとって握手会とは諸刃の剣である。
現在行われている握手会の多くは、握手券といわれるものを買って参加する形になっている。
もっとアンダーグラウンドなアイドルならば、そのものずばりの握手券が売られていたり、握手の代わりに高額になる「ハグ」やら「チェキ」やらがあったりもする。
人気があればあるほど、握手券は多く売られ、その分アイドルがファンと握手している時間も長くなる。アイドルは握手券がある限り、身を粉にして会場にいなければならない。体調不良でその場を逃れても、すぐに振り替えという地獄が待っている。握手券がある限り、アイドルは握手から逃げられない。
握手券は一応なりとも一枚の秒数が決まっている。握手会を一番有名にしたグループの規定では「一枚10秒」だ。
6人と握手すれば「10秒×6=1分」、60人と握手すれば10分、600人と握手すれば100分――1時間40分だ。
実際はファンの移動時間だったり、粘る人間がいたりして、ぴったりこの時間になることはない。
その上、アイドルは1時間半で一度休憩に入る。
そうなると、大体500人くらいと握手することになるのだろう。
恐ろしいことに、アイドルの握手は1部で終わることはない。一番人気がある人間になってくると大体6部はある。するとどうだろう、アイドルは9時間かけて3000人の人間と握手する日が毎週末に来るというお仕事になってしまう。
ざっと計算しただけで、この恐ろしさがわかるだろう。少なくとも私はこのような仕事をこなすことはできない。
その上、アイドルは握手するのが仕事ではない。(握手するのが仕事のようなアイドルもいるが……)
アイドルは歌って踊ることが最大の仕事である。
握手券にしても、CDの付属品という形がとられている時点で本業ではなく、おまけという扱いなのだ。
そのため本業であるCDを売るために、彼女たちはTVに出たり、ライブをしたり、宣伝活動に勤しまないといけない。
今のアイドルは握手するのが仕事で、CDを売るのが副業みたいになっているが、これぞ本末転倒そのものだろう。
確かに握手会で人気が出ることはあるだろう。CDが増えるのもある。しかし、握手会でライブや音楽活動に支障が出るようでは駄目だ。
だからこそ、私は握手会はアイドルにとって諸刃の剣だと思うのだ。
もう少し具体的な話をしよう。
私が初めて行った握手会は、バスツアーに含まれているものだった。握手会がここまで流行る前は、アイドルと握手ができる機会はそうそうなかった。
バスツアーというのは、握手会同様アイドルに会うためにお金を払って参加する旅行である。
ツアーは2泊3日ほどで組まれている。東京と大阪から観光バスが団体で集結するので、2つの場所から大体同じ距離のところでツアーが開催される。
私が参加したものでは、山梨、静岡、長野などの県へ行くことになった。
事前に開催場所がわかるものもあれば、ミステリーツアーのように行く先不明で出発することもある。
これが非常に楽しい。今までの人生でここまで楽しい旅行はなかったくらいだ。
同じアイドルが好きな人だけが集まり、好きなアイドルについて語り合いながら、推しのアイドルを見ることができる。
そういうアイドルファンの真理をとても的確に突いた企画なのだ。
バスツアーには、握手会以外にも様々なイベントが盛り込まれている。
写真撮影やミニライブ、クイズ、スタンプラリーなどなど、アイドル自身がイベントを考え組み込まれることもある。
不思議なことに、アイドルによりファンになる人のキャラクターには一定の傾向が出てくる。
「誰々のファンはおしゃれな人が多い」「誰々のファンは団結力が強い」というようなものだ。
ファンのことを一番わかっているのは、そのアイドル自身というべきか、アイドルはファンに合わせたイベントを組み込むことが上手だ。
まぁ、推しが決めた企画に文句を言うような人間が、わざわざバスツアーに参加することがないというのも理由だろう。
この楽しくて仕方ないバスツアーの中に、握手会は組み込まれていた。
どういう状況になるかおわかりだろうか?
バスツアーは多くても年に2回ほどしか開催されない。この時点で現在行われている握手会よりレア度が増す。つまり、ファンはアイドルとの接触に慣れていない。
その上、楽しい楽しいバスツアーでは夜を徹してアイドル語りが各部屋で行われている。大抵のファンは徹夜に近い状態だ。つまり、頭のネジが少し緩んできている。
おわかりだろう。
ファンは握手会において、極度の緊張とナチュラルハイという両極端な状態に陥る。
そのため、列が進むごとに手が震え、姿が見え始めると泣き始めるような人まで出てくる。
この状態で推しと会うと、後光がさしているように見えたものだ。
グループアイドルだった場合、推しの前後に別のメンバーもいる。彼女たちにも感謝を伝えつつ、推しに対して愛と感謝を間違えずに届けたい。
これは難易度が高いミッションである。
握手会とは今も昔も大体5秒から10秒と相場が決まっている。
バスツアーでは握手では、アイドル・机・ファン・スタッフという形になる。
ファンの後ろにいるスタッフが問答無用で隣にファンを流すのだ。アイドルとの会話が途中だろうと関係ない。
このあたり、昔は今よりはるかに厳しかった。
交わせる会話は多くて3言ほどである。
「ありがとう」「楽しかった」で2つは潰れる。もう一つに推しへの愛を込めるのだ。
ちなみに、私はコミュニケーションが得意な方ではない。その上、バスツアーでの握手会は極限状態だ。上手くいくはずがないと自覚していた。
そのため、推し以外のアイドルには「ありがとう」「楽しかった」を丁重に伝えさせてもらうに留めた。それだけでも失敗することがあるという有様だから、状態は察して欲しい。
さて、そんな状況で推しにうまく伝えられたか。
実はこれが覚えていないのだ。
声が震えたとか、噛み噛みだったとか、そういう状況のことは覚えている。
しかし、実際推しになんと伝えたか、驚くほど記憶に残っていない。頭の中が真っ白とはこのことだろう。
不思議なことに、握手が終わり、同じグループの人が「やっちまった」と言いながら出てきたのは覚えている。
愛が暴走しすぎて「イケメン」を三連呼してしまったという失敗内容さえ覚えている(ちなみに相手は女性アイドルだ)。
それでも自分が推しになんと言ったかは覚えていない。
映像は鮮明に覚えているのに、極限状態での握手とはそういうことが起こるものなのだ。
これに対して、現在の握手会は少し味気ない。
上で書いたように、増やそうと思えばいくらでも増やせるのが、今の握手会である。
一度の失敗など気にならないだろう。それよりも回数をこなして、いかに上手に会話するかが重要になる。
今の握手会の方がコミュニケーションに特化したものだと言うことができるだろう。
この状態の握手会でできた言葉が「認知」だ。
ファンは毎週末に開かれるような握手会に、その気になればいくらでも参加することができる。
回数が多くなれば、アイドルからファンとして個別に認識されるようになる。
もちろん、そのためには毎回同じグッズをつけていったり、特徴を出さなければならない。
何をもって認知というかは難しいところだが、アイドルから「~の時はいなかったね」などと言われ始めれば、認知され始めている状態だろう。
アイドルから個人として認識される。これほど嬉しいことはファンにはないだろう。
特に、握手会に行くファンはアイドルを見たくて行く人間がほとんどだ。
アイドルを身近に見て、会話をして、認識されたいという欲求が少しでもあるファンが行く。
その結果として認知されれば、ファンは鼻高々になる。
アイドル側もお金のために握手会を増やしたい、ファンも認知のために握手会に多く参加したい。
そうなれば握手会は自然と多くなるに決まっている。
しかし、握手会が多くなれば多くなるほど、アイドルは疲弊する。握手会は長時間の肉体労働に他ならないからだ。
また、別のときに詳しく説明するが、握手会でアイドルに怒るファンもいる。精神的にも辛いイベントになるのだ。
今のアイドルは握手を安売りしすぎている。推しが体調を崩すくらいなら握手会の頻度はもっと絞っていい。
そんな風に感じてしまうのは、昔のアイドルファンの名残なのだろうか。
はたまた、アイドルファンとしてのスタンスの絶対的な違いなのか。
握手会は今も昔もファンの頭を悩ませるものだ。
握手会について、自分の体験も交えて色々書いてきた。
同じ握手会という名前がついていたとしても、今と昔ではまったく別物と言っていいだろう。
昔の握手会がさまざまな布施の結果やっと得られるものだったとしたら、今の握手会は「認知」というファンの称号をもらいにいくものになっている。
求める結果が今と昔ではぜんぜん違うのだ。
昔は握手会自体が珍しかった。ある程度のお金をかけなければ参加できない場所だった。そのため、握手したこと、握手会に参加できたこと自体がファンととして称号に近い。
今は握手会は当然として、アイドルとの距離がもっと近くなっている。今のファンは握手くらいじゃ、特別感を得ることができない。そのため、別の称号である「認知」が必要になる。
認知されるためにファンは握手の回数を増やす。アイドルはもっと握手券を売る。そういう循環に入ってしまっている。
握手会はファンにとって楽しいイベントだ。
しかし、アイドルのことを考えれば、握手会の回数や制度について自体もう少し考えなければならないのかもしれない。
end
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