アイドルの不作法
藤之恵多
アイドルに年齢制限はあるのか?
アイドルは若いほうが良い――そんなことを言うと、炎上するのは目に見えている。
今は多様化したことによって表立って言われなくなったが「アイドルは18まで」なんて普通に言われていたこともある。
アイドルは若くて、可愛らしい女の子がなる。そういう意識が日本人にはある。
私はそれを否定しない。なぜなら、私も「アイドルは20歳まで」と思っている人間だからだ。
「アイドルは20歳まで」
この意味は何も「20歳以上のアイドルはすべて辞めるように」というものではない。アイドルは、アイドルをしようとする限りアイドルでいればいい。
だけども20歳を超えたアイドルと20歳以下のアイドルには明確な差がある。
成人したか、してないか。つまりは、大人か、子供か。
ここでいう大人も、ただ年を重ねればいいものではない。自分で自分の道を選んだ者を「大人」と表現したい。
――自分でアイドルという道を選んたか、どうか。
これは大きなポイントになる。
自分で自分の道を選ぶ。
よく言われることではあるが、それを実践するのは難しい。
希望しただけでなれる職業などほぼない。その上で給料や待遇、休日などを天秤にかけて選ぶ人がほとんどだ。
アイドルが属する芸能界は、まさにその典型例と言える。
なりたい人が全員なれるわけでもないし、なりたいと思ってなくても芸能界に飛び込む人もいる。努力だけでどうにもならない職業の一つがアイドルだ。
アイドルは20歳までと言っている理由がここにもある。
20歳以下のアイドルは、こう言うことができる。
「将来は女優を目指しています」
これはまだ将来が確定していないから言えることだろう。
今はアイドルだけど、将来は女優になる可能性がある。なりたいと思っている。アイドルがインタビューなどでよく聞かれる項目だ。
20歳以下の推しが口にすれば、ファンも納得し、その道を応援するに違いない。
ここで少し考えて欲しい。これが20歳以上だとどうだろう。
アイドルをしながら「将来は女優になりたいです」と20歳を超えたアイドルが言えば、ファンは素直には喜べない。
「ああ、もう少しで、この子はアイドルを辞めるのかもしれない」と不安になる。20歳を超えた時点で、“将来”はもう目前に迫ってきているからだ。
この感覚が掴めない人には、こう置き換えて欲しい。
20歳でアルバイトだけしている人間が「将来は医者になりたいと思っています」と言ったとする。あなたはどう反応するだろうか?
「へぇ、そうなんですね」と興味なく返すか、「は、何いってんの?」と声に出さず思うか。大半はこの2つに分かれる。
どちらにしろ、本気で医者を目指していると受け取れる人間は少ない。
こういう反応になるには理由がある。
医者になるためには、大学を出て、国家試験に受からなければならない。
大学には18から入れる。浪人していたとしても、予備校に行くか、かなりの勉強をして大学に入る努力が必要だ。
義務教育を受けてきた人間ならば、医者になるのが大変なのはわかっている。
だからこそ20歳で大学に入っておらず、予備校にも行かずアルバイトしている人間が、医者に“本気で”なりたいと思えないのだ。
アイドルも同じだ。
明確に何かをしなければならないわけではない。アイドルが女優を兼務できないわけでもない。
それでも、アイドルファンは知っている。
本気で女優を目指している人間は、アイドルをいつか(もしかしたら、その発表は明日かもしれない)辞めるのだ。
本題に戻ろう。
若ければ若いほどアイドルはアイドルという業界で有利になる。方向変換もできる。では、20歳以上のアイドルは推すに値しない人間なのか?
そんなことはない。
長年アイドル好きを公言している私からすると、20歳以上のアイドルだからこそ推せる。
なぜなら20歳を超えてアイドルを続けている人間には大きな特徴がある。
彼女たちは自分の理想とする「アイドル像」を持っている。もしくは、アイドルというものが好きな人間が多い。
20歳以上になって、アイドルの先を考えない人間はいない。アイドル本人だって、年齢を考え始める頃合いだ。恋愛禁止を売りにしているアイドルにとって、20歳を超えて恋愛禁止は人生で無視できないリスクになる。
進むか(このままアイドルを続けるか)、戻るか(辞めるか)。
一度も考えたことのないアイドルはいないだろう。もし、いたとしたら、私はそのアイドルを推すことができない。
理想のアイドルについて考えたことがない人間が、最高のアイドルになるとは思えないからだ。
アイドルとは難儀な職業である。
自分らしさを見せつつ、プライベートは禁止されているに近い。演じるアイドル像に合わないものは中々表に出させてもらえない。
彼女たちはアイドルに求められるイメージを売って、人気を獲得する。
20歳以上のアイドルは、この「ファンからのイメージ」を非常によく把握している。
自分がどう見られているか、どう見せればファンが喜ぶか、存分に知っているのだ。だからこそ、20才以上のアイドルを推すのは楽しい。
自分がどう見られているかわかっている人間は、ファンが求めているアイドル像を確実に表現してくれるからだ。
このプロデュース力が群を抜いていたアイドルは、某48グループの一期生だろう。
卒業数年前から彼女は非常に自由な存在だった。
アイドル好きを公言している彼女は、アイドルファンの扱いをよく知っていた。
スキャンダルも多く出た。スキャンダルギリギリの写真も多く出た。それでも彼女を責める人間は少なかった。
同じ一期生でもスキャンダルで頭を丸めた人間もいるというのにだ。
なぜ彼女だけ、そんな神業ができたのか?
それには理由がある。彼女は自分がどう見られているか、十分にわかっていた。20歳になるまで、彼女のスキャンダルは聞いたことがない。
性格は変わりないだろう。自由奔放で、気ままで、読めない。だが、決してファンを裏切ることはなかった。
スキャンダルが出始めたのは年を重ね、周りが「そろそろ卒業だろう」「恋愛するだろう」と思い始めてからなのだ。ファンまでもが「年も年だし……」と思ってからのスキャンダルは「彼女は十分頑張った。もう幸せになってほしい」とまで、ファンに言わせてしまうのだ。
これはスゴイことだ。アイドルの引き際としてベストと言えるかもしれない。
彼女は自分の理想のアイドル像を貫いたまま、スキャンダルもアイドルの魅力に取り込んでしまった。
誰もができることではない。うまくいく保証もない。
彼女はファンの求める「アイドル」を20歳以上になってからも長く続けたのだ。
これぞ、お手本にすべきアイドルと言えるだろう。
つまり20歳以上でアイドルを続けているアイドルは、自分でアイドルという道を選んだ「プロのアイドル」なのだ。
プロのアイドルを推すのは非常に楽しい。あちら(アイドル)も、こちら(ファン)も、お互いにアイドル像が一致しているからだ。
いわゆる「需要と供給」である。
そして需要と供給が噛み合っている内は、スキャンダルが出ても響かない事が多い。
ファンだってわかっているのだ。
20歳を超えれば、誰もが脳裏に結婚がちらつく。
表に出ていないとしても、結婚しているという可能性もある。
そして、それを止める権利は私達にはない。私達ファンは、アイドルたちが幸せになるのを願っているのだから。
話をまとめよう。
私は「アイドルは20歳まで」だと思っている。
それは20歳を境にして、アイドル本人が「プロのアイドル」になるか、その他の道を選ぶか決めなければならないからだ。
「プロのアイドル」を選んだアイドルは、心ゆくまでアイドルを続ければいい。ファンも「プロのアイドル」とわかって楽しむ「プロのファン」にならなければならない。
それに対してその他の道、女優やアナウンサー、タレントを選ぶアイドルもいる。
彼女たちのファンは少々大変だ。いつ辞めるか分からない時限爆弾を抱えているようなものだ。
しかし、それを含めて推しているのだろうから仕方ない。
ハラハラしながら残り少ないアイドル時代を楽しむのもよし。アイドルじゃなくなるならと引いてもよし。アイドルをやめてからも推すと決めてもよし。
好きにすればいい。
忘れてはならないのは、辞めることを決めた彼女たちはすでにアイドルという殻を脱ぎ捨て始めている。いつアイドルじゃなくなるかは、彼女たちが決めることだ。
それを覚悟しているだけで、大分ダメージは違う。経験者が言える唯一のアドバイスだろう。
end
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