無能な才能

風凛

無能な才能

どうやらこの地球上には、才能を伸ばしてくれる神様がいるようだ、ということが僕が中学生のころに発覚し、情報メディアはしばらくの間この話にもちきりになった。しかし、アニメでもラノベでも大人気の異世界チートのように何でもできる最強にはならない。別に転生したり、ゲームの世界に閉じ込められているわけでもないからね。


その才能を伸ばしてくれる神様は、僕たちの『無い才能』を伸ばしてくれるのだ。ないものをどうやって伸ばすんだよ、と聞いてはいけない。神様なんだからなんだってできるのだ。


では一体何がどう伸びるのか。例として僕の友人の話をしよう。まあ、僕の友人は絵の才能がない。言わば、絵心がない、ってやつだ。某青色ネコ型ロボットを絵描き歌に合わせて描いても、なにやら恐ろしい生き物を生み出してしまう。試しに「いくつか動物を描いてみてよ」と言えば、犬もウサギも猫もしっぽの形が同じになるし、しっぽと足の見分けがつかないので足が五本あるように見える。


神様がこの『無い才能』をどのように伸ばしたのかというと、ある日突然彼の絵が、紙にペンで描こうと、宙に指で描こうと、命が吹き込まれたように浮き上がって動き出すようになったのだ。絵心が無くとも、この伸ばされた『無い才能』のおかげで彼は今、日本で最もバズっている画家なのだ。


この『無い才能』は一時的なもので、彼曰く「なんかふんっ!て力込めて、右手の甲に『無』っていう字が浮かんだらできるよ」というものらしい。もちろん僕が絵をかいて「ふんっ!」としても、絵が動き出すことはない。神に本当に才能が無いと認められた者だけに与えられる力なのだ。


そんな非現実じみた現象が世界で起こり始めたところで、僕らの日常は変わらない。全世界の『無い才能』が伸ばされたところで、世界混乱が起こったりはしなかった。だってあくまでも『無い才能』なのだから。いつも通りに学校に行って、勉強して、と繰り返されていく。そんなこんなで僕らも中学校を卒業して、高校生になる。


一生懸命勉強して同じ高校に合格することができた僕と友人は、合否結果が出たその日に二人でゲームを買い、入学の日までそのゲームを遊び倒した。そのゲームはプレイヤー同士でチームを組み、相手チームを倒す、という今流行りのゲームだ。どうやらこのゲームではチームエンブレムというものをデザインできるらしい。このデザインを友人に任せ、対戦中に表示されるエンブレムを彼の『才能』で動かし、相手がそちらに気を取られている隙に相手を打ち負かすという少しずるい勝ち方も交えながら、僕らは残された春休みを目一杯使い、上位ランキング入りを目指した。





ついに迎えた高校生活。僕らの高校の部活の勧誘が盛んでかなり驚いたが、友人は相変わらず『才能の無い』絵を自分の強みとして生きていたので、一瞬たりとも迷うことなく美術部に入ったようだった。僕はというと、数ある強引な勧誘のなかでも一番僕にやさしくしてくれた剣道部に入ることにした。何より、中学から続けていたスポーツだったし、中学生の時に行けなかった県大会にも出てみたかったのでそこまで悩むこともなかったが。


高校生活に慣れ始めたころ、二人の記憶から忘れ去られそうになっていたゲームは再び再開された。晴れて高校生になったので、彼はエンブレムのデザインを一新。美術部での活動の成果か、なんというか……さらに味の深いエンブレムとなった。なまりかけていたゲームの腕が上がり始めた時期に、友人はいきなりこんなことを言い出した。


「ごめん、なんだか美術部員で参加するコンテストに向けて忙しくなりそうなんだ。部長直々にこの準備に参加して欲しい、僕の力を貸してほしいって言われちゃって……。だからもう君とはゲームができそうにない……」


僕は少しむっとして、彼に言い返した。少し妬みもあったのかもしれない。


「受験勉強も一緒に頑張って、そのあともゲームでずっと一緒に戦ってきたじゃないか。いきなり突き放されても困るよ。入ったばかりの部活で戦力になれるのがそんなに嬉しくて、自慢でもしたいのか?」


僕の言葉を聞いた友人はしょんぼりとしながら部室に向かっていった。僕だって部活に毎日行きながらゲームをしているんだぞ。あいつができないなら、僕が一人でランキングに入ってやる。




僕は自分で決めた目標通り、ソロプレイにもかかわらず有名ゲーマーとも認められるほどのランキングに入れそうなところまでたどり着いた。こんな風に僕はあいつとは違って、部活も、勉強も、ゲームだって両立しているんだぞ!……とは言っても、ゲームを続けている理由は友人を見返すためだけとなっており、もはや楽しいとも思えていなかった。あくまで僕のメインは剣道で県大会出場に向けて頑張ること。しかし、それでも意地になって毎日ゲームをし続ける僕を見た妹に「きも」と言われても、他のゲームの最新作が出ても、僕はひたすらそのゲームを極め続けた。


ある日、部活に向かうために更衣室で着替えていると、部屋の奥から話し声が聞こえてきた。


「一年生の子で、入部してすぐに『県大会に行きたいんです』って言ってた子、いるよな?」

「いるいる、中学でも剣道やってたって子だろ?」

「そうそう、あの子、本当に練習熱心で感心するよ」


どうやら僕のことを褒めてくれているようだ。そらみろ、僕はあいつよりも器用だから才能(と言っても『無い才能』だが)が無くたって、こうやって認めてもらえているんだぞ。


しかし先輩たちの会話は思わぬ方向に進んだのだ。


「あれだけの努力家なのに、なんであんなに下手なんだろうね、あの後輩くん」

「そんなこと言ってやるなよ、かわいそうだろ」

「でも中学からやっててあれはさすがに……」

「うーん、まあ確かにな。あれで県大会はちょっと厳しいような気はするな」

「「ま、才能が無いってことだな」」


僕が先輩たちの言葉に驚いていることも知らずに、彼らは「ははは」とひとしきり笑った。二人の先輩の片方が最後にこう言って会話を終えた。


「あ、でももしかしたら神様が『無い才能』を伸ばしてくれるんじゃね?」


そうだ、そうだった。一瞬絶望した僕だったが、この言葉に気を取り直した僕は、この日を境にさらに練習に打ち込むようになったし、平日は個人で朝練も追加した。すべては神様に認めてもらうためだった。


それから数日後、素振りの練習中、手の甲に『無』という文字が浮かんでいることに気づいた。先輩たちが言っていた通り、本当に僕には剣の才能は無いらしい。しかし僕はあきらめない。なぜならこの『無』が現れた以上、僕には神のご加護のもと剣をふるっているようなものなのだから……!そう思っていたのに、一週間ほど剣道の稽古中に浮かんでいた『無』の字は一切浮かぶことがなくなった。剣道がうまくなる兆しも現れずに。






練習がオフである日曜日、友人とのすれ違いの発端となったゲームをしていた。その日、僕はついにランキングに見事に載り、有名プレーヤーの仲間入りを果たした。しかし、そのゲームをしている最中に『無』の字を手の甲に見つけた僕が悲鳴を上げてしまったのは言うまでもない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

無能な才能 風凛 @fuwari_11884

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ