第6話 人の死

 視線の先では、少年と男が戦っていた。少年は双剣で攻めるも、男にはかすりもしなかった。

 少年の背後では、女が銃を構えている。ずっと機会を伺っているのであろう、渋い顔をしていた。

 男が剣を避けて少年の手首を掴み、そのまま引く。少年のみぞおちに膝蹴りを入れた。少年が体勢を崩す。男はすかさず、今度は胸に蹴りを入れた。少年が女の方へと吹っ飛ぶ。


 ―――その途中で、少年は「ワタシ」と目が合った。


「あらら……そのままじゃ負けちゃうよ?」


 ワタシの声は、爆発音にかき消された。



 ミラが撃った先は、派手に煙を上げていた。ついさっきまで男がいた場所だ。移動していなければ、直撃しているはずだ。

 俺は胸を押さえながら立ち上がった。蹴られた箇所がじんじんと痛む。


「当たった?」

「当たったわ」


 煙が晴れていく。人影がうっすらと見える。まさかとは思ったが―――ああ、やっぱり。

 男は何事もなかったかのように、場所も移動せずに立っていた。その姿に、ミラは驚きを隠せない様子だった。


「外した⁉ そんなわけ……!」

「いや、弾は当たった。だが、先程煙草を吸ったからだ」


 男が説明をするが、意味が分からなすぎる。男はポケットから箱を取り出すと、中からタバコを一本取った。特に変わったこともせず、ライターで火をつける。


「結界でも張る能力かしら。よく分からないけど、とりあえずあの煙草を取り上げないとまずいわね」


 ミラが舌打ちすると迫力あるな……。腹いせに殴られそうなので、少しだけ距離を置いた。

 ミラの超火力銃は、一度撃つとしばらく撃てなくなる。だからといって接近戦はからきしではないが、得意ではないらしい。


「いざ」


 男が駆け出した。ミラも同時に駆け出す。ミラが男の顔目掛けて腕を振るが、拳は虚空を殴った。さらに追撃を重ねるが、男は軽々とかわしていた。

 ミラでも敵わないって……この状況やばくないか? 俺じゃ当然敵わないし、龍明はまだ戦ってるだろうし……。


「ぐッ―――!」


 噂をすれば何とやら、突然背後から龍明が吹っ飛んできた。龍明は腕を押さえて苦しがっている。そこからは流血し、鉄のにおいを放っていた。


「だっ、大丈夫か⁉」

「すみません……僕では力不足でした……」

「あら? 終わりですか?」


 女子は微笑を浮かべた。女神にも見えるその人物は、血のついた槍を舐めた。やっていることはえげつない。彼女もやはり、信念の為に人を殺せる人間なのか。


「次は貴方の番ですか?」


 黒い瞳が俺を捉える。その視線は、男のものと似ていた。冷たく、暗い海のような色を帯びている。

 ミラもまだ戦っているし、助けを期待出来るような状況じゃない。俺が戦わないと、俺も龍明も殺されてしまう。

 しかし、俺に何が出来る? 戦いに縁遠い生活を送っていた俺に、この女子を倒せる算段なんかあるのか?


「―――逃げて下さい」

「――――――は?」


 こちらを向かず、女子を睨みながら龍明は立ち上がった。顔についた血を手で拭い、傍に落ちていた剣を拾う。


「僕が戦っている間に」

「何言ってるんだよ。なんで俺だけ逃げるんだよ」

「僕は、仲間には死んで欲しくないんです。だから早く逃げて下さい」


 貴方が逃げても恨みません。

 でも、貴方が死んだら恨みます。


「そんなの……」


 無理だ。たしかに逃げたい。死にたくなんかない。

 でも―――それ以上に、一人だけ逃げてきたという罪悪感に押しつぶされてしまう。一人だけ助かったという自責だけが募っていく。

 そんなのは嫌だ。いくら俺がイレギュラーで本来いるはずのない存在だとしても、知り合ったからには助けたいし、一緒にゴールしたい。


『そんなこと言っている場合じゃないわ。分かっているでしょう?』


 分かってる。俺には特別な力なんて何もない。この戦況を打破出来るような特殊な力なんて何一つない。

 だけど―――それでも。


「見捨てる勇気なんて、あるわけないだろ」


 俺は立ち上がり、龍明の肩に手を置いた。そのまま横を通り過ぎる。龍明が何か叫んだが、聞かなかった。


 俺は無力でヘタレだ。分かってる。だからこそ、今ここに立っている。

 自分を責め続ける以上に辛いことなんてないのだから。


「勝負だ、女子」

「宜しくお願いします。私は『マリーナ・アリア』と申します」

「俺は―――」


 唐突に、胸に何かが刺さった。と、思う。おそるおそる目線を落とすと、ほら―――やっぱりそうだ。


 少しの刃と、そこから伸びる柄と、それを持つアリア―――。


「ッ……貴様ッ!」


 倒れた俺の後ろから龍明が叫ぶ。刺さっていた槍が抜けたせいで、胸からは血がドクドクと流れ出ていた。視界が揺れている。全身から力が抜けていく。


 俺は死ぬのか……今度こそ。心臓ではないにせよ、さすがに胸を貫かれちゃ……ダメだな。ていうかあいつ、いつの間に間合いを詰めてたんだな……一瞬すぎて分からなかった。完全に戦いを舐めてた。俺でも出来るかもなんて……少しでも思った罰か。


 意識が遠のいているせいか、痛みはない。



 ただ感じるのは、暖かなぬくもり。





 ――――――――――――え?





「安心して下さい。貴方も彼とまた出会えます―――あの世で」

「貴様を……貴様を許すものかッ!」


 刃と刃が交わる音が聞こえる。アリアと龍明が言い合っている声も聞こえる。俺の心臓の音も聞こえる。ドクン、ドクンと必死に動いている。

 手のひらにぬくもりを感じる。たしか俺は、双剣を握っていたはずじゃなかったっけ。


 じゃあこの暖かさは、双剣から……?


「あちらももうすぐ終わりそうだな」

「私は死なないわよ⁉」


 ミラと男の声も聞こえる。その間もぬくもりは、手のひらを経て全身に行き届いていた。


 暖かい。気持ちがいい。溜まっていた疲れや痛みが消えていく。



 俺はまだ生きていけるのか?







『ええ。だってアナタは、生かす為にあの子に呼ばれたイレギュラーだもの』







 ―――地面に手をつき、体を起こす。双剣を握り直し、目標を捉える。一歩に全力を注ぎ、腕を振る。


 迷いない動きに、自分でも驚いた。振るった剣は、槍を振り上げていたアリアのうなじを裂いた。大量の血を噴き出してアリアは倒れた。ピクピクと指先が動いたが、すぐに止まり、彼女は一切動かなくなった。


「ッ……」


 俺は双剣を落とした。カランと虚しい音が耳に響く。かつてないほどに手が震えていた。


 ―――人を殺してしまった。肉を斬るあの生々しい感触を覚えてしまった。


「アリア……」


 振り向くと、男はゆっくりと歩いてきていた。青い瞳に殺意はなく、さっきとはうって変わって、悲しみの色に満ちていた。


 ああ―――俺はなんてことをしてしまったんだろう。

 この人の大切な人を、この手で殺してしまった。


「アリア―――」





 ――――――街中に響く、爆発音。





 男はアリアの元にもたどり着けず、あっけなく爆死した。

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