第5話 ゲーム参加資格
背中が痛い―――まぶたを開くと、太陽に照らされていた。瞼を開けた途端、強い日差しに目を細める。
今は夏だったか? でも風は冷たい。それがむしろ心地いい。暑すぎず寒すぎず、今日はちょうどいい日だ―――。
「二度寝するんじゃないわよ」
声に腹パンされた。咳込みながらまた目を開けると、太陽をバックに女の顔が映り込んだ。後光が差してるみたいだ。
こいつは女神か? 赤毛の女神……ついに俺にも、神が見えるように―――。
「―――ってミラさん⁉」
「えっ、今気付くわけ?」
ガバリと起き上がった。ミラもそれに合わせて顔を引っ込める。
赤いポニーテールに黄色い目………たしかにミラだった。あんなに起こしても起きなかったミラ。大量の睡眠薬飲まされて生死が不明だったミラ。
「ミラさん大丈夫なのか⁉ 薬は⁉」
ミラの肩を掴んで尋ねるが、当の本人はキョトンとしていた。
「大丈夫だけど? ていうかアンタこそ大丈夫なわけ?」
「俺? 俺は睡眠薬なんて飲んでないぞ」
「すぐに解毒薬を飲ませたので大丈夫です」
ミラでもなく俺でもなく双剣でもない、第三者の声。振り向くと、茶髪の青年が立っていた。背中にはデカい剣をぶら下げている。ミラが彼を顎で指しながら説明した。
「コイツがアンタを助けてくれたのよ」
「えっ」
「初めまして。李龍明と申します」
ペコリと丁寧にお辞儀した青年『李
たしか俺、弓士の女子と戦って………ああ、思い出した。毒矢で殺されそうになったんだ。その時に助けてくれたってことか。
じゃあ、あの女子はもう―――?
『ええ。彼に殺されたわ』
背中の方から声がすると思ったら、鞘ごと双剣を背負ったままだった。どうりで背中が痛かったはずだ。眠っている間くらい、外してほしかったな。
『だからって引け目を感じる必要はないのよ。この街にいる人間は皆、殺される覚悟で殺してるのだから』
「俺だって、殺そうとしてきた奴の代わりに自分が死ねばよかったなんて思わないよ。ただ、少しばかり心が傷むというか……」
「どこか痛むんですか?」
龍明が不安そうな眼差しを向けてきた。自分だけに聞こえるって不思議な感覚だな。貴重な体験だが、堪能している場合でもない。
「悪い、助けてもらった時のこと全然思い出せなくて……」
「いえ。貴方も意識を失っていらしたので」
「実は私もさっき起きたのよねー」
ぱくりとサンドイッチをかじりながら横を通り抜けるミラ。ミラって見る度になんか食ってる気がする。実は大食いなのかもしれない。
「ミラさん、あんた睡眠薬飲まされてたんだぞ」
「そーなの?」
「そーなのって……」
「まあまあ……食べますか? サンドイッチ」
「あー………じゃあもらう」
龍明に勧められ、サンドイッチを受け取る。これもやっぱり、どっかの店から取ってきたのだろうか。そう思うと少し食べ辛い。それに、また何か入れられているのかと疑ってしまう。封が開いてなきゃ大丈夫だと思うが……。
『彼は信用しても大丈夫よ。弱者の味方だから』
その文言は、信用出来ない言葉ランキング第一位なんだが……まあ腹減ってるし食べるけど。
「じゃあ食べ終わったら行くわよ」
「なるべく昼間のうちに稼いでおきたいですね」
「そうね。夜はちゃんと寝たいし」
サンドイッチをくわえながら辺りを見回す。あのパン屋の近くではないことだけは分かった。
ミラと龍明はあれこれ話し込んでいるが、よく殺し合わずにいるものだ。やはり、どんな強者でも数の力には勝てないのだろうか。
「ほらっ! 早く食べる!」
「ゴフッ!」
突然頭を叩かれ、サンドイッチが変なところに流れた。やばい鼻にいった。鼻から出る。タマゴサンドが鼻から出る。
「ミラさん! ダメですよ食べてる時に!」
「アンタがもたもた食べてるからよ!」
何とか鼻からは出ずに済んだ。よくやった俺。すげぇ鼻痛いけど。
ミラは悪びれる様子も無く、腕を組んで顔を背けた。少しは反省しろよ……期待するだけ無駄か。
龍明が俺の背中をさすってくれた。気持ちは嬉しいが、全く意味がない。
「さすってくれるところ悪いんだが、水をくれ」
「え? あっはいっ! どうぞ!」
俺は龍明からペットボトルを受け取ると、勢いよく水を喉に流し込んだ。ふう、落ち着いた。
食べ終わってから、ゴールを目指して俺達は出発した。真っ昼間に道路のど真ん中を歩くなんて、この街に来なかったら経験しなかったかもな。
『そう考えれば、この街に来て良かったと思える?』
「そんなわけないだろ。何回死にかけたと思ってるんだ」
『それでも生き残ったアナタの強運を、ワタシは称賛するわ』
ミラが来たから、龍明が来たから、俺は今も生きている。だから称賛すべきは俺の運じゃなくて、二人の選択にだろう。
『あら、意外と謙虚なのね』
「俺が正式なゲーム参加者だったら、自分の運を褒めたかもな」
自分がどんな人間ならこのゲームに呼ばれたかを想像して、すぐに行き詰まった。
「このゲームの参加資格って、どんなもんなんだ?」
『第一に、躊躇なく人を殺せる人間ね。第二に、殺しをするような信念を持っているかどうか』
「なんだそれ」
『例えば、ミラは殺しが好きなの。それも、圧倒的な力で殺すのがね。そういう人間は意外といるものよ』
たしかに、普通のゲームでも圧勝出来たら嬉しいし、スポーツにも言えることだ。ただ、対象が生身の人間の生死かどうかという違いだけで、こんなにも恐ろしい存在になるのか。
『龍明は、守る為に敵を殺す人間ね。自分や仲間、弱者に手を出されたら、問答無用で殺す。案外、そういう人間も厄介なものよ』
よ、よかった……龍明の味方になれて。きっと俺は弱者に認定されたんだろうけど……それを思うとなんか複雑な気はするが。
「ちょっと、何ブツブツ言ってるのよ」
気付いたら、前を歩く二人に凝視されていた。いや双剣と話してたんだよ―――なんて言えるわけもなく、ごまかし笑いついでに「アレ」について訊いてみた。
「二人はアレ、見たか?」
「アレって何よ」
「公園の木にぶら下がってた………く、首吊りだよ」
ミラは目を見開き、龍明は顔をしかめた。その反応からすると、見ていないんだろうな。
訊き返すと、やっぱり二人はあの死体について知らなかった。ということは、二人が彼女を殺したわけではないということだ。嘘を吐いていない前提だが。
『ちょっと! そういうことは安易に訊くものじゃないわよ!』
「え? なんで」
『もし犯人だったら、口封じの為に殺されるかもしれないのよ!』
あっ……たしかに。えっ……じゃあもしかして俺、殺害者候補になった?
いやでも、あんな堂々と吊しているんだから、秘密にしているとは思えないんだが……。
『たしかに秘密にはしていないでしょう。でも以後、発言には気を付けること!』
「わ、分かったよ」
「ちょっと。また何言ってるのよ」
「あ、いや……何でもない」
双剣には声を出さなくても会話出来るが、まだまだ慣れない。こう何度も不審に思われていたら、気味悪いからって殺されるかもしれない。双剣の言う通り、気を付けよう。
「俺、その公園で目覚ましたんだけど、みんなもあそこでかと思ってた」
「僕も公園で目を覚ましましたよ?」
「えっ?」
「私もよ」
「えっ?」
『参加者は全員、同じ場所で目覚めているのよ。アナタが目覚めた、あの公園でね』
二人共同じく公園で目を覚ましたのに見ていない? ということは、彼女は二人がここに来たよりも後に吊るされたということか?
「ていうかアンタ、そんなんでビビっててどうするのよ」
「だっだって人が死んでたんだぞ。目覚めたら目の前で首吊って―――」
「ッ⁉」
突然、龍明に頭を掴まれ地面に押された。俺は思いっきりコンクリートに後頭部をぶつける。直後に俺と共に倒れ込んだ龍明の背後を、何かが勢いよく通り過ぎた。一瞬遅れて、飛んでいった先を見てみる。デカい槍が、ビルの壁に突き刺さっていた。
―――刃ってコンクリートに刺さるっけ?
「外れてしまいましたね」
「相当な強者と見た」
男女の声。突き刺さった槍の隣に、一人の女子が降り立った。緑色の髪がなびく。優しそうな黒い瞳は、俺達を見据えた。
「ですが、まあ想定内ですね」
「ああ」
目線の先には女子しかいない。しかし声は二つ存在する。振り向くと、青い髪の男が立っていた。男はくわえていたタバコを指で挟み、煙を吐き出した。吸い殻を地へ落とし、足で踏みつける。
「挟まれたわね」
「ええ……まずいですね」
ミラと龍明が背中を合わせあって、戦闘態勢に入る。俺だけ場違いだ。どうすればいいのか分からず、とりあえず双剣を取り出した。
『落ち着いて。とにかく生き残ることに専念して―――アナタ一人だけでも』
その言い方にどこか引っかかるが、他人を構っていられるほど俺は強くはない。
いざとなったら、そういう決断もしなきゃいけないのか。
もちろん―――死の覚悟も。
「では、始めましょうか」
雲一つない空の下、静かに戦いは幕を開けた。
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