第3話 ゲームに参加する者達
声がしたと思った次の瞬間、俺は地面に落とされた。何が起きたのかと顔を上げてみると、大男は少し離れた場所で道路の先を見ていた。さっきまでとは違い、険しい顔をしている。
俺も倣って見てみると、誰かが歩いてきていた。女のように見えるが、細長く黒い巨大な何かを担いでいる。
「逃げ足だけは速いのねー」
「チッ! 撒いたと思ったのに!」
「逃げられるわけないじゃない」
赤いポニーテールに黄色い目の女が、妖艶な声で笑った。およそ日本人とは思えない容姿だが、このゲームって国籍関係なく行われているのか。グローバル暗殺組織ってわけか。
女は担いでいたものを構えた。銃だったらしく、銃口が大男をとらえる。あんなデカいもの、よく持てるな。自分の身長なんて優に超えてるぞ。
「なんだ? 接近戦じゃねぇのか」
「だってぇー、そろそろコレ、使いたいしぃー」
大男は動かない。女も構えたまま静止する。俺はバレないように、じりじりとその場から離れていた。
あくまであの女の標的は大男のようだ。なら俺は関係ない。俺は無関係。巻き添えなんか喰らいたくない。出来れば走って逃げたい。ヘタレだとか何とでも言え。俺はまだ死にたくないんだよ。
『あの女は危ないわ。気を付けて』
武器のカンなのか、それともあの女のことを知っているのか、双剣も彼女を警戒している。ていうかお前、視覚的情報ってあるんだな。
沈黙。風が吹くと、各々の髪や服がなびく。瞬きしたら殺されてしまいそうなほど、辺りには緊張が走っていた。
「―――ハハッ」
女の小さな笑い声。
次の瞬間、爆発音が街中に響き渡った。
「うおおおっ……」
息が出来ないほどの突風と共に、煙とコンクリートの破片が吹き付ける。腕で顔を覆った。
「何がッ……」
『女が銃を撃ったのよ。あれは火力に全振りしたような武器よ』
「あの武器も支給されたものなのか⁉」
『ええ。参加者は支給武器以外の道具は何一つ持ってないわ』
淡々と説明しやがって―――こんなこと、武器に言っても仕方ないと思うが、あえて言おう。
「そんな危ない武器、支給するなよ!」
『あら? 武器はどれも危ないものだわ』
「そういうことじゃない!」
言い合っているうちに煙が晴れていく。俺は大男のいた場所をじっと見つめていた。しかし、そこに大男はいなかった。
「馬鹿かっ!」
声が降ってきた。見上げると、大男は空中にいた。人間技とは思えないほどの跳躍だった。普通あんなに跳べるはずない。それなのに大男は軽々と、マンションの三階くらいまで跳んでいた。
『彼の武器は、身体能力を向上させる剣よ』
「そんなゲームみたいな効果……って、これもゲームか」
『そうよ。ゲームを参考にして設計されたゲームよ』
「ちなみになんだけど……俺の武器の効果は?」
『この双剣は……』
「そんなインターバルの大きいやつ、ヘタに撃つもんじゃないぜ!」
双剣の言葉を遮って、大男の声が辺りに響いた。
なるほど、と俺は感心した。あんなデカくて強い銃なんてセコイにもほどがあると思っていたが、やはりリスクはあるようだ。
大男の言葉を裏付けするかのように、女は苦虫を噛み潰したような顔をしている。
しかし―――次の瞬間には笑顔に変わっていた。
「これでも喰らえぇえええええええ!」
大男は弧を描くように女へと落ちていく。手には振りかぶった剣。彼の目は、口元は、勝利を確信しているように見えた。
―――ふと、大男の足裏に黒い「何か」が付着していることに気が付いた。
『伏せて』
その意味を考える前に、俺は本能的に指示に従った。
――――――――――――直後、男が爆発した。
「―――はっ?」
一瞬、思考が停止した。爆風はさっきよりも弱いが、人一人を巻き込めるほどの威力はあった。煙の中から、ベチャベチャと落ちる「何か」。何であるか分かった瞬間、俺はすぐさま口を押さえた。
考えてはいけない―――深く考えれば、きっと吐く。
「アッ……ハハハハハッ!」
女が笑った。しかも爆笑。降り注ぐ返り血を浴びた顔は、それはもう楽しそうに笑っている。
この状況でなぜ笑えるのか。
人が、死―――。
「ホント馬鹿だなぁー。普通、足にくっついてたら気付くでしょ」
グチャリと「何か」を思いっきり踏みつけた女を見て、俺は悟った―――このままだと殺されると。
『思ってないで、早く逃げないと!』
こいつは狂ってる。殺人を楽しんでいる。このままぼーっと立っていたら、俺も殺されてしまう。
俺は気付かれないように後ずさる。猫のように、音を立てずにひっそりと。
「で? アンタは?」
肩が跳ね上がった。この状況、どう考えても俺に向けられた言葉である。一瞬そのまま走り去ろうかと思ったが、後ろから狙撃されたらお陀仏だ。仕方なく、振り返った。
「あっ、あの……」
「んー?」
『ヘタなこと言ったら殺されるわよ。気を付けて』
気を付けてってどうすれば……とりあえず話題を作ろう。それで上手く逃げ切ろう。
だが、この状況で何を語り合えばいいのか。相手のカンに障らず、かつ今の状況に合った話題といえば……。
「……ここ、どこなんですかね?」
沈黙が流れる。腐臭と鉄のにおいが嗅覚を襲う。
―――失敗した気がした。
「ふーん。じゃあ、そのまま知らずに死になよ」
とか言われたらどうする? こいつに勝てる気なんて微塵もしないぞ。あんなに屈強そうな男が、一瞬で爆散したのだ。俺なんか跡形もなくなるかもしれない。
公園で見た「首吊り」を思い出した。彼女も誰かに殺されたのだろうか。あんなに血まみれだったんだ。自殺を装った他殺に決まってる。
『落ち着いて。絶対に焦ってはダメよ』
視線を落とすと、双剣が小刻みに震えていた。否―――俺の手が震えていたのだ。ここまで震えたのは何年振りか、それとも初めてか。普通に暮らしていれば、震えるほど恐ろしい体験などそうそうしないだろう。
「アンタもしかして………」
女が言いかけて、言葉を飲み込んだ。代わりに俺をじっと見据える。黄色い瞳は、宝石のような輝く光を放っていた。あまりの美しさにどこか現実味を感じ取れず、むしろ違和感すら覚える。
「ああの……気付いたらここにいて……ゲームの参加者しかいないなんて、どんな街だって思って……」
「提案なんだけど」
俺の言葉を完全スルーし、女はさっきと打って変わって、ニコりと笑った。ただし返り血がこびり付いている為、笑顔はむしろ狂気を表している。今生きてることが奇跡に近い。女が急に殺人衝動に目覚めませんように。
「協力してゴール、目指さない?」
――――――はあ?
言いかけて、抑えた。代わりに女を凝視する。
こいつに「協力」なんて概念はあるのか? あんなに楽しそうに人を殺せる人間が、協力しようだと? 絶対寝首をかかれるに決まってる。信用なんか出来るか。
「報酬は一人だけとは言ってないわ。一緒に一番にゴールすれば、全員報酬をもらえるはずよ。それに、協力した方が安全でしょ?」
安全なんてあんたに必要ないだろ。
言いかけて、やめた。言ったら爆殺されるだろう。
「だから、私と一緒に行きましょ?」
黄色い瞳が俺を捉える。答えを待っているが、拒否は受け付けないと言っている雰囲気だった。
どうするべきなのか。この女は信用出来ないが、ここで断ったら即殺されそうで怖い。
『彼女と行動を共にするべきね。少なくとも自分は無害だと思い込ませていれば、優先して彼女に殺される心配はなくなるわ。アナタは、いざという時の盾として傍に置いているだけだろうし』
やっぱそうだよな。盾になるのはごめんだが、味方になっていれば、明確に敵だと認識されるよりもよっぽど生存率は上がるだろう。今すぐ逃げても、すぐ捕まって殺されるだろうし。
「分かりました。よろしくお願いします」
「よろしくね」
日の暮れ始めた街を、俺は女と並んで歩いた。
彼女が出来たことのない俺でも、それは喜べるような状況じゃなかった。
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