第2話 正体不明の味方

 夕焼けが綺麗だ。夕日が眩しくて、思わず目をつぶる。これでカラスがいたら、夕方としては完璧なんだけどなあ、などと思いながら一人さびしく歩く俺。

 一体、あれから何時間経っただろうか。少年と別れたあの時から、俺はとりあえず歩き続けた。何かアクションを起こせば状況が変わると思ったからだ。


『だから変わったじゃない。ワタシがいるといないとでは、状況がまるで違うと思わない?』


 結論から言うと、たしかに状況は変わった。


 二本の剣が―――双剣が、喋り出したのだ。


 わけ分からない状況すぎて俺の頭がおかしくなったわけじゃない。幻聴だと言われればそうなのかもしれないが、それでもたしかに、双剣の声が俺の耳には届いているのだ。


『いいじゃない。武器が喋るなんて、よくある話よ』


 清楚な女性が後ろにいるのかと期待して振り向くが、誰もいない。当然だ。背負っている鞘の中に、その声の主がいるのだから。しかも、心を読んだように話しかけてくる。


「よくある話で納得出来るか。論理的に説明してくれ」 

『ロジックなんて、この街ではナンセンスだわ。ここは現実世界から切り離された、「存在しない街」なんだもの』


 ―――暗殺や戦いを生業とするとある組織が、新メンバー加入の為、素質のありそうな人間をこの「街」に集めた。その人間達で、一番に学校(ゴール)に着いた者を新メンバーとして迎え入れる「ゲーム」を企てた。

 それが、俺がここにいる理由だという。しかし、それを聞いてさらに俺は混乱した。


「俺、平々凡々の人生しか歩んでないんだけど?」

『ええ。アナタは本来なら呼ばれるはずのない人間だわ』

「じゃあ手違い?」

『いいえ。意図的にアナタを呼んだ人間がいるの』

「誰だそれは」

『それはまだ言えないわ。ワタシと繋がっていることがバレたらアナタ、殺されてしまうもの』


 さらっと殺されるとか言うな。何度も言うが、俺は平凡な人生を歩んできたんだ。死ぬのは普通に怖い。ましてや誰かのせいで死ぬならなんてまっぴらごめんだ。


『大丈夫。ワタシが絶対にアナタを救ってみせるから』


 とても勇気づけられる言葉だが、無機物がそれを言うことによってその効果は半減してしまっている。人間でなくとも、せめて生物に言われたかった。


『ひどい言い草ね。人間が作ったものなのに』

「それを言われると返す言葉がないが……あんたは本当に剣だって言うのか?」

『その疑う感性は正常よ。もちろん本当はワタシも人間。今だけこの武器に乗り移っているようなものね。アナタをここへ連れてきた人物に、ワタシが紛れ込んでいることがバレないようにね』


 辺りを見回しても、相変わらず誰もいない。しかし、街灯やビル等建物内の電灯は、ぽつりぽつりと点き始めていた。その光は、オレンジや紫といった奇抜な色だった。大っぴらにハロウィンっぽさを出さないあたり、ハンパな組織だと印象づく。やるなら徹底的にやればいいのに。


『このゲームに伝統的な意味なんてないの。ゲームを思いついたその日がたまたまハロウィンだっただけで、別にクリスマス仕様でも常夏仕様でも良かったのよ。気持ち程度のお飾りなんだから』

「ここはそんな思い通りにいく街なのか?」

『この街については、全てが終わったら説明するわ』


 あの子に勘付かれるから、とはぐらかされる。時がきたらちゃんと説明してくれよ、と念押しし、車一つ通らない交差点を渡った。


「説明から言うと、あんたはそいつと対立しているってことだよな?」

『そうね。あの子の野望を止める為に、アナタにも協力してもらうわ』


 なんかとんでもないことに巻き込まれている気がする。まさか、世界征服なんて途方もない野望じゃないだろうな?


『そこまで大規模なものじゃないから安心して』

「それならいいんだが……あと一つ、質問いいか?」

『ええ。なあに?』


 俺は足を止め、双剣を抜いた。銀色に光る刃には、冴えない俺の顔が歪んで映っている。


「武器が―――人を殺傷出来るようなアイテムが支給されたってことは、そういう場面がいずれくる……ってことか?」


 双剣は沈黙した。本当の立ち振る舞いを思い出したかのように、ありもしない口を閉ざした。言いたくないことなのか、言えないことなのか―――しかし、急に静寂は破られた。


『来るわ』


 何が―――そう返答した脳とは逆に、身体は良からぬ気配で鳥肌が立った。俺自身、何が起きたか分からず、本能のまま、右を向いた。



 ――――――真横に、人がいたのだ。



「ぐッ―――!」


 腹に蹴りを叩き込まれ、そのまま後ろへ吹っ飛ぶ。転がりながら全身を打ち付け、冷たいコンクリートに倒れ伏す。


『大丈夫⁉』

「いってぇええ……」


 不意を突かれた上に、そう度々蹴られたりしないから、死にそうなくらいの激痛が全身に走っている。双剣を手放さなかったことだけは褒めてやりたい。


「弱っ」


 声と共に影が差す。髪の毛を掴まれ、上に引っ張られた。抵抗することも出来ず、宙吊り状態にされる。

 俺を持ち上げていたのは、筋肉ムキムキの大男だった。上半身は裸で、肩には鷹の刺青が彫ってある。タトゥーはファッションだと主張する人間もいるが、こいつは絶対そういう部類じゃないと断言出来る。

 目がヤバい。平気で人を殺せそうな目付きしてやがる。


「もうちょっと手応えあってもいいだろ」


 大男はそう言って、左腕を水平に上げた。その手には、剣が握られている。

 やっぱりこの「ゲーム」は―――!


『頑張って! 何とか逃げるのよ!』


 どんな応援だそれ! 何とか逃げられたらとっくにそうしてるわ!

 バタバタと暴れてみるも、大男の握力からは解放されなかった。むしろさらに強い力で握られ、頭皮が悲鳴をあげている。


『掴まれている髪を切るのよ! そうすれば逃げられる!』


 剣なんて振ったことないし、俺の髪は短いんだぞ! ノールックで頭と手の間の髪なんか切れるか!

 出来るかもしれないじゃないと叱られながら、俺は死を覚悟した。


 ―――こんなわけの分からない所で、わけの分からないゲームを告げられ、わけの分からない男に殺されるのか。俺の人生、あっけなかったな。せめて彼女を作ってみたかった。

 そうだな―――声だけで言えば、この双剣は好みなんだが。



「みーつっけたっ」



 ―――明るく陽気な声が、思考回路に乱入してきた。

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