ハロウィンの夢
かいり
第1話 出遅れた走者
ハロウィンの装飾を見ると、胸騒ぎがする。何か嫌なものを思い出しそうな気がして、必死に思考を停止する。
俺がそんな感情を抱くようになったのは、三年もの眠りから覚めた後だった。
そう―――これは、俺が
記憶の海の、深い深い底に沈む、思い出してはいけない話だ。
*
下を向いて、ロングストレートの黒髪を垂らしている。それと同じように腕も足も、全身が脱力してぶら下がっている。
青白い唇とは対照的に、肌が見える範囲では全身が赤かった。
そう―――血で。
起きると目の前に「コレ」があったら、誰だって驚くだろう。俺だって例外じゃない。今さっき、自分で知る中で一番デカい叫び声を上げた。
「はっ……はっ……」
心臓がバクバクと鼓動する。落ち着かせるように胸に手を当てた。
風が吹くと葉は揺れた。いくつかは枝から離れ、自由に飛んでいく。一枚の葉が、枝から下がっているロープに引っかかった。僅かに揺れるそのロープを下へとたどると、「首」に到達する。
「コレ」の「首」に。
―――「首吊り遺体」も、風に揺られていた。
「あっ……あははー……」
じ、冗談だよな? ドッキリだよな? いや、だって、おかしいじゃんか。起きたら人が首吊ってるなんて、しかも血まみれなんて、ホラー映画かよ。
そうだよ、ドッキリだよ……な……?
辺りを見回した。誰もいない。真っ昼間だというのに、公園だというのに、子供一人としていない。
まるで、俺一人だけがこの世界にいるような。
「……………」
無言のまま、首吊りに背を向ける。公園の出口へと歩み始めた。気持ちと比例して、歩みはやがて走りに変わった。
「誰かいねぇのかぁああああ!」
とにかく、その場から離れたかった。あんな恐ろしいものと一緒にいたくなかった。あのままいたらたぶん、恐怖と孤独に押しつぶされる。
「そうだっ……携帯……」
誰かに連絡したい。声だけでもいい、とにかく一人でいたくない。ポケットに手を当てるが、違和感を覚えた。
「あれっ……⁉」
公園を出てすぐ立ち止まった。ブレザーのポケットはからっぽだった。逆の方も見るが、何もない。ズボンのポケットも確認したが、ない。携帯は絶対持ち歩いているはずだし、必ずポケットのどこかに入れているはずだ。
「あれっ……⁉ どこにやったっけ……」
記憶をたどろうとしたが、はたりと思考が停止した。
そういや、俺―――カバン持ってなかったっけ?
手を見る。当たり前だが、何も握っていない。
瞬時に振り向いた。公園の様子はよく見えるが、俺のカバンはどこにも見当たらなかった。あるのは遊具と木々、そして首吊りだけ。
「どこにやっちまったんだ……⁉」
改めて記憶をたどる。
たしか学校が終わって、コンビニに寄って、肉まん買って、いつも通り駅に向かって、それで―――。
――――――トリック・オア・トリート!
「あれ……?」
そういえば今日はハロウィンだった。駅に向かう途中……いや、そういえば学校から駅までの近道を教えてもらったんだ。だからその道に行って、その途中で仮装した子供にお菓子をねだられたんだ。
肉まんしか持っていなかった俺は、当然何もあげなかった。それで駅に着いて電車に乗って―――。
「違う……」
そうだ。思い出した。電車には乗ってない。記憶はそこで止まっている。
何も持ってないから―――そう子供に言ったところで。
「そして気付いたらここに……」
なるほどなるほど。そうか、そうだったな。思い出せてよかったよかった―――。
「―――んな展開あるかぁああああ!」
目が覚めたら知らない場所にいましたとか! お菓子をあげなかった罰か⁉ 宣言通りのイタズラか⁉ さすがにそこまで中二じゃねぇわ!
一人ノリツッコミを完遂し、その勢いで両頬を思いっきりつねったら、めちゃくちゃ痛かった。
「夢じゃ……ない……?」
い、いや、き、きっと何かの間違いだ! そうだよ! 夢でだって痛い時はある! うん! 体験したことないけど! 誰かが言ってたし! 痛いからって夢じゃないなんて誰が言い切れる⁉ この世に絶対なんてあり得ないんだぞ!
誰もいないのをいいことに、大声をあげながら歩き始めた。大きな声で歌えば怖いものはいなくなるって、じいちゃん言ってたから!
「………ん?」
それは歩きはじめてすぐだった。遠くの車道のど真ん中に、何かが見える。目を凝らしてみると、それは人だった。
「人がっ……いるっ!」
歓喜の声をあげ、走り出した。ただ人影が見えただけなのに、嬉しくて嬉しくて泣きそうなくらいだった。ていうか泣いていた。
俺は孤独じゃなかったんだ!
「お待ちしておりましたー!」
「はれっ……⁉」
およそ百メートルはあったであろう距離を全力の全力で走れば、そりゃあ息もきらす。
え? 百なんて短距離だって? ふざけんな。俺の体力のなさは自他共に認めるほど絶望的なんだよ。どや顔で言うなって? これは失敬。
そんなわけで息を整えて改めて見ると、俺が見つけた人というのは、子供だった。見た目十歳前後の少年。ニコニコしながら俺が落ち着くのを待ってくれている。
なーんかこいつ、見たことあるような気がするが………子供の知り合いはいないはずなんだけどな。
少年と俺を挟むように長テーブルが置かれており、その上にある二本の剣は異様な存在感を放っていた。なんでオモチャがこんなところにあるのだろうか。
「まったくもう。来るのが遅いですよー?」
頬を膨らませてぷんすか怒る少年。
いや、遅いっつーか……こいつ、俺を待っていたのか? 俺がここに来ると分かっていたのか?
もしやこいつ、俺をこんなところに連れてきた側の人間か? ならば、状況を聞く相手にうってつけだ。
「あ、あのさ……」
「もっと早く来れば、色んな武器を選べたんですよー?」
と言いながら、俺に二本の剣を渡す少年。よく分からずに受け取った。ずしりと重さがあり、オモチャにしてはよく出来ている。刃にそっと指を押し当ててみると、硬く鋭い感触にすぐ指を離した。
えっ―――まさか本物? オモチャじゃなくて?
「それでは、その双剣でがんばってくださーい!」
「えっ、何を?」
「えっ? なにって……『ゲーム』のことですよ」
「ゲーム?」
「あれ? 聞いてませんか? 今からこの『街』で、ゲームをするんです。参加者は、こちらが提供した武器を持ってあの学校を目指してください。一番にゴールした方にはご褒美がありますよ」
少年が指差した先に、オレンジ色の大きなオブジェが上空に浮かぶ建物が見えた。あれは………カボチャ? あ、ジャック・オー・ランタンみたいに顔がくりぬかれている。ここぞとばかりにハロウィン要素ぶちこんでるなあ。
「この街にはゲーム参加者以外の人間はいません。気軽にしていて大丈夫ですよ」
「気軽にって……」
「あとそれから―――」
少年が言おうとすると、どこからか鐘の音が響き渡った。それは、学校のチャイムのそれそのものだった。
「なんで今……?」
「あっ! おやつの時間だっ!」
「へっ?」
「すみませんが説明はこれで終わりです! ではっ!」
「えっ、あっ、おいっ! 待ってくれ!」
俺の静止も虚しく、少年はテーブルと共に走り出した。ガラガラと、キャスターの音が静かな街に響き渡る。少年はテーブルに飛び乗り、俺が来た道を走り去っていった。
「なんなんだよ……」
呆然とする俺は、ただその光景を見送ることしか出来なかった。
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