ハロウィンの夢

かいり

第1話 出遅れた走者

 ハロウィンの装飾を見ると、胸騒ぎがする。何か嫌なものを思い出しそうな気がして、必死に思考を停止する。

 俺がそんな感情を抱くようになったのは、三年もの眠りから覚めた後だった。



 そう―――これは、俺が経験した・・・・「夢」の話。

 記憶の海の、深い深い底に沈む、思い出してはいけない話だ。



 下を向いて、ロングストレートの黒髪を垂らしている。それと同じように腕も足も、全身が脱力してぶら下がっている。

 青白い唇とは対照的に、肌が見える範囲では全身が赤かった。

 そう―――血で。

 起きると目の前に「コレ」があったら、誰だって驚くだろう。俺だって例外じゃない。今さっき、自分で知る中で一番デカい叫び声を上げた。


「はっ……はっ……」


 心臓がバクバクと鼓動する。落ち着かせるように胸に手を当てた。

 風が吹くと葉は揺れた。いくつかは枝から離れ、自由に飛んでいく。一枚の葉が、枝から下がっているロープに引っかかった。僅かに揺れるそのロープを下へとたどると、「首」に到達する。

「コレ」の「首」に。


 ―――「首吊り遺体」も、風に揺られていた。



「あっ……あははー……」


 じ、冗談だよな? ドッキリだよな? いや、だって、おかしいじゃんか。起きたら人が首吊ってるなんて、しかも血まみれなんて、ホラー映画かよ。

 そうだよ、ドッキリだよ……な……?

 辺りを見回した。誰もいない。真っ昼間だというのに、公園だというのに、子供一人としていない。

 まるで、俺一人だけがこの世界にいるような。


「……………」


 無言のまま、首吊りに背を向ける。公園の出口へと歩み始めた。気持ちと比例して、歩みはやがて走りに変わった。


「誰かいねぇのかぁああああ!」


 とにかく、その場から離れたかった。あんな恐ろしいものと一緒にいたくなかった。あのままいたらたぶん、恐怖と孤独に押しつぶされる。


「そうだっ……携帯……」


 誰かに連絡したい。声だけでもいい、とにかく一人でいたくない。ポケットに手を当てるが、違和感を覚えた。


「あれっ……⁉」


 公園を出てすぐ立ち止まった。ブレザーのポケットはからっぽだった。逆の方も見るが、何もない。ズボンのポケットも確認したが、ない。携帯は絶対持ち歩いているはずだし、必ずポケットのどこかに入れているはずだ。


「あれっ……⁉ どこにやったっけ……」


 記憶をたどろうとしたが、はたりと思考が停止した。


 そういや、俺―――カバン持ってなかったっけ?


 手を見る。当たり前だが、何も握っていない。

 瞬時に振り向いた。公園の様子はよく見えるが、俺のカバンはどこにも見当たらなかった。あるのは遊具と木々、そして首吊りだけ。


「どこにやっちまったんだ……⁉」


 改めて記憶をたどる。

 たしか学校が終わって、コンビニに寄って、肉まん買って、いつも通り駅に向かって、それで―――。



 ――――――トリック・オア・トリート!



「あれ……?」


 そういえば今日はハロウィンだった。駅に向かう途中……いや、そういえば学校から駅までの近道を教えてもらったんだ。だからその道に行って、その途中で仮装した子供にお菓子をねだられたんだ。

 肉まんしか持っていなかった俺は、当然何もあげなかった。それで駅に着いて電車に乗って―――。


「違う……」


 そうだ。思い出した。電車には乗ってない。記憶はそこで止まっている。

 何も持ってないから―――そう子供に言ったところで。


「そして気付いたらここに……」


 なるほどなるほど。そうか、そうだったな。思い出せてよかったよかった―――。


「―――んな展開あるかぁああああ!」


 目が覚めたら知らない場所にいましたとか! お菓子をあげなかった罰か⁉ 宣言通りのイタズラか⁉ さすがにそこまで中二じゃねぇわ!

 一人ノリツッコミを完遂し、その勢いで両頬を思いっきりつねったら、めちゃくちゃ痛かった。


「夢じゃ……ない……?」


 い、いや、き、きっと何かの間違いだ! そうだよ! 夢でだって痛い時はある! うん! 体験したことないけど! 誰かが言ってたし! 痛いからって夢じゃないなんて誰が言い切れる⁉ この世に絶対なんてあり得ないんだぞ!

 誰もいないのをいいことに、大声をあげながら歩き始めた。大きな声で歌えば怖いものはいなくなるって、じいちゃん言ってたから!


「………ん?」


 それは歩きはじめてすぐだった。遠くの車道のど真ん中に、何かが見える。目を凝らしてみると、それは人だった。


「人がっ……いるっ!」


 歓喜の声をあげ、走り出した。ただ人影が見えただけなのに、嬉しくて嬉しくて泣きそうなくらいだった。ていうか泣いていた。

 俺は孤独じゃなかったんだ! 


「お待ちしておりましたー!」

「はれっ……⁉」


 およそ百メートルはあったであろう距離を全力の全力で走れば、そりゃあ息もきらす。

 え? 百なんて短距離だって? ふざけんな。俺の体力のなさは自他共に認めるほど絶望的なんだよ。どや顔で言うなって? これは失敬。

 そんなわけで息を整えて改めて見ると、俺が見つけた人というのは、子供だった。見た目十歳前後の少年。ニコニコしながら俺が落ち着くのを待ってくれている。

 なーんかこいつ、見たことあるような気がするが………子供の知り合いはいないはずなんだけどな。

 少年と俺を挟むように長テーブルが置かれており、その上にある二本の剣は異様な存在感を放っていた。なんでオモチャがこんなところにあるのだろうか。


「まったくもう。来るのが遅いですよー?」


 頬を膨らませてぷんすか怒る少年。

 いや、遅いっつーか……こいつ、俺を待っていたのか? 俺がここに来ると分かっていたのか?

 もしやこいつ、俺をこんなところに連れてきた側の人間か? ならば、状況を聞く相手にうってつけだ。


「あ、あのさ……」

「もっと早く来れば、色んな武器を選べたんですよー?」


 と言いながら、俺に二本の剣を渡す少年。よく分からずに受け取った。ずしりと重さがあり、オモチャにしてはよく出来ている。刃にそっと指を押し当ててみると、硬く鋭い感触にすぐ指を離した。

 えっ―――まさか本物? オモチャじゃなくて?


「それでは、その双剣でがんばってくださーい!」

「えっ、何を?」

「えっ? なにって……『ゲーム』のことですよ」

「ゲーム?」

「あれ? 聞いてませんか? 今からこの『街』で、ゲームをするんです。参加者は、こちらが提供した武器を持ってあの学校を目指してください。一番にゴールした方にはご褒美がありますよ」


 少年が指差した先に、オレンジ色の大きなオブジェが上空に浮かぶ建物が見えた。あれは………カボチャ? あ、ジャック・オー・ランタンみたいに顔がくりぬかれている。ここぞとばかりにハロウィン要素ぶちこんでるなあ。


「この街にはゲーム参加者以外の人間はいません。気軽にしていて大丈夫ですよ」

「気軽にって……」

「あとそれから―――」


 少年が言おうとすると、どこからか鐘の音が響き渡った。それは、学校のチャイムのそれそのものだった。


「なんで今……?」

「あっ! おやつの時間だっ!」

「へっ?」

「すみませんが説明はこれで終わりです! ではっ!」

「えっ、あっ、おいっ! 待ってくれ!」


 俺の静止も虚しく、少年はテーブルと共に走り出した。ガラガラと、キャスターの音が静かな街に響き渡る。少年はテーブルに飛び乗り、俺が来た道を走り去っていった。


「なんなんだよ……」


 呆然とする俺は、ただその光景を見送ることしか出来なかった。

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