城からの脱出
姫の不満
「ねぇ、ナスカ」
「どうかなさいましたか、姫」
城の庭で腰に手を当て、眉間にしわを寄せながら従者の名を呼ぶこの少女は、フルヒト王国の王女、ルーシャだ。
綺麗な金髪に青い大きな瞳。美しい顔立ちは母親と似ている。
しかし先月十六になったばかりだからか、まだまだあどけなさが残っているようだ。
「私、この服、好きになれないわ。こんなにレースがついていたら、動きにくいじゃない。それに、この髪も。もっと短くしたい。とても邪魔なのよ!」
「王女というのは、普通動き回りません。我慢してください。髪は…長い方が女性らしいですよ。せっかく綺麗な髪なんですから、伸ばした方が良いと思いますよ」
「何よ女性らしいって。髪が長くなかったら女じゃないの?!」
ルーシャのストレスは溜まりに溜まっているようだった。
「先月、私の誕生日のパレードがあったじゃない?あの時、小さな女の子が、良いなぁ、私もお姫様になりたい。って言ったのよ。
私は普通の町の娘になりたいわよ。自分らしく生きられないなんて王家は地獄も同然よ」
ルーシャはナスカの近くの草むらに腰を下ろして、それにね、と続けた。
「前まであんなに素晴らしい人に見えていた父上も、美しく見えていた母上も、誇りに思っていた兄上も、霞んで見えるの。
目はいいはずなのに。
父上も母上も、兄上も今でも十分なはずなのに、何故今以上の富と権力を得ようとするのかしら。どうしてそんなに飢えているの?」
みんなバカみたい、と呟くルーシャだったが、急にナスカの方を見るとにししと笑い、城の中へ駆け戻った。
ナスカは、呆れた様子でルーシャを追いかけた。
「ナスカ!早く!」
ある部屋の前でルーシャはぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「今日は何をする気なんですか、姫。そこは俺の部屋ですが。」
"nasca"という札が掛けられたドアと、満面の笑みで笑う姫の顔を交互に見ながらナスカは問う。
「あら、私に何年付いているの?だいたい分かるでしょ?」
「分かりますよ。分かるけれど信じたくないから聞いているんです」
不敵に笑うルーシャは言った。
「ナスカ、あなたの従者服を貸して」
「嫌です。」
「いいでしょ?減るものじゃないんだから」
「俺の寿命が縮みます」
「お願い!」
「無理ですよ!」
「貸してくれないなら…父上に言うわよ!」
「ぐっ…!こういう時だけ父親の権利を使いやがって…」
ナスカはブツブツと言いながら悔しそうにポケットから部屋の鍵を取り出す。
「はいどうぞ」
「ありがとう、ナスカ。そういう都合の良いところ、大好きよ!」
「どーも。どうせ俺は都合のいい男ですよ」
ルーシャはふふ、と笑って部屋の中に入っていった。
はぁ、と大きなため息をつきながら、ナスカはドアに寄り掛かった。
そして、先程の彼女の言葉を思い出していた。
『何よ女性らしいって』
『普通の町の娘になりたい』
きっと他の姫には無い感性を持っているのだろう。
世の中の常識は、姫には理解できないらしい。
自分らしく生きたい。
もしも彼女が男であったならば、この国はきっと変わっていただろう。
(ま、一つ条件を挙げるとすれば――)
「ちょっとナスカ!これどうやって着るか分からないわ!って、開かない!」
ナスカの背中に当たっているドアがガタガタ揺れる。
「はいはい、俺が着せますよ」
(もう少しこのおてんばすぎる性格をどうにかしないとな)
やれやれ、と大げさに腕をあげて見せるナスカだった。
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