第26話 現在進行形の初恋その8
008
「で? 達也君はまた性懲りもなく彼女との惚気話を私に聞かせるためだけにわざわざ私の事務所までやってきたのかしら?」
翌日、僕は諸星探偵事務所に来ていた。
舞花との件についての報告とお礼を言いに来たつもりだったのだが、先輩はまたあからさまに不機嫌そうな態度で僕を睨みつけている。
「いえ、別に惚気話というわけでは……」
僕はしどろもどろになって答えに窮していると、
「ああもう、うるさいわね! 目障りだからさっさと消えてくれないかしら? このあと依頼人が来る予定なのよ!」
と、諸星先輩は完全にブチ切れた様子で、僕を事務所から叩き出そうとする。
「うわ、先輩、落ち着いてください」
「これが落ち着いていられるわけないでしょうが!」
結局その後も先輩は聞く耳を持たず、先輩が落ち着くまでにそこからまた一時間ほどかかった。
「で、結局上手くいったのね。おめでとう」
一時間後、先輩は少し落ち着いた様子でソファーに座ったまま僕にそう言った。
「まあ、上手くいったと言えば、上手くいきましたね」
どうしても舞花の話をするたびに最近は顔がにやけてしまう。
「――チッ」
先輩はそんな僕に対して心底うざそうに舌打ちをする。
「まあ、よかったんじゃないの? 私の目から見てもあなたたち二人はとてもお似合いよ」
「どうしてそう思うんですか?」
「決まっているでしょ?」
「――?」
僕は先輩の言っていることが分からず、首をかしげる。
そんな僕を見ながら、先輩はどや顔で
「――名探偵の勘よ」
と、自信満々に言った。
なるほど、名探偵としてのお墨付きならそれは僕たちにとっても喜ばしいことこの上ない。
「さ、そろそろ依頼人が来るから帰って。恋バナならまた今度聞いてあげるから」
「分かりました」
そう言うと、僕はソファーから立ち上がって、諸星探偵事務所を後にした。
なんだかんだ言いながら、この事務所にも定期的に依頼人が来るようになったみたいで、僕としても嬉しい限りだ。
事務所を出ると、外からはもうすでに夏を感じさせるかのような強い日差しが降り注いでいた。
僕はこれから大学に向かうため、駅前まで歩いてそこからバスに乗った。
「あ、達也」
バスを降りてキャンパスに入ると、偶然部活終わりの舞花と遭遇した。
「舞花、部活に出てたのか」
「うん、そうなんだ。えへへ、ずっとサボっていたから、先輩たちに滅茶苦茶怒られたんだけどね」
そんなことを言いながら舞花は笑う。
「舞花、無理してないか?」
僕は舞花に尋ねる。
「もし、舞花がまだ僕のために無理に陸上を続けているのなら……」
「それは違うよ」
僕が言い終わる前に舞花が口を開いた。
「私ね、あれから色々考えてみたの。達也のこととか、陸上のこととかを。
でね、結局私って走ること以外に取り柄とかないじゃない? どうせ今さら普通のキャンパスライフとか言っても私には分からないしさ。
それに、どうやら私って自分が思っていた以上に走ることが好きみたいなの。
昨日ね、『別にもう走る必要はないんだ』って考えたら何だかとても寂しくなっちゃって。そのときにはじめて気が付いたの。
――私って実は走ることが大好きだったんだって。
今でも走ることは『楽しく』はないけど、でも『大好き』だったんだって、そう気づいたんだ。だからこれからも私は走り続けることに決めたの。達也のためじゃなく、私自身のためにね」
そう言って笑った舞花の笑顔はとても魅力的で、僕を心から安心させた。
――キーンコーン
そのとき、三限目開始のチャイムが鳴る。
「あ、やばい。急がないと。ほら、達也も三限目は私と同じ講義でしょ? 早く行こうよ?」
そう言って舞花は僕の手を取って走り出す。
今までは何でもなかったようなことが急に恥ずかしくなる。
見ると、僕を引っ張る舞花の耳も赤くなっていた。
「……まったく」
僕はおかしくなってついそんな言葉を漏らす。
きっと、これから僕たちは自分の生きたいように生きて、そしてときにそれは人とは違った生き方になることだってあるだろう。だって僕たちは他の誰でもない、自分だけの道を歩んでいるのだから。
でも、それでも――時にはこうやって誰かと一緒に手を取り合って前に進むことがあってもいいはずだ。
お互いの手をつないで走る僕たちの上からは夏を待ちきれないとばかりに強い光が降り注いでいた。
――きっと、僕たちの未来は光で満たされている。
残念ながら、僕たちが青春時代夢中になったものは何の役にも立ちませんでした!(涙) ガチ岡 @gachioka
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