第16話 用済みの名探偵その16

016


「って、よく考えたらデートではないでしょうに!!」


 先輩は突然僕に対して突っ込みを入れる。


「え!? 急にどうしたんですか?」


「……ごめん、なんでもないわ」


 驚いた僕になぜか先輩は少し間をおいて謝罪の言葉を述べた。


 あの後、僕たちはウィンドウショッピングを楽しんだ後、今はフードコートで少し休憩をとっていた。


 このショッピングモールは海沿いの高台に建っているため、フードコートの窓から見える景色がとても綺麗だった。


「先輩、次はどこか行きたいところとかありますか?」


「そうね。ちょっとバッグとか見に行きたいかも。この鞄もそろそろ買い換えたいから」


 そりゃあれだけ無造作に扱えば壊れるだろうな、と僕は当たり前の感想を抱いたけれど、口には出さなかった。


 折角先輩の機嫌も直ってきたところなのだ。


 わざわざ正論を突き付けて、先輩の機嫌をまた悪化させる必要はない。


「じゃあ行きましょうか」


「ええ」


 僕たちはフードコートがある二階のフロアから見ていくことにした。


 その後、少し歩いていると、


「あれ? 海野杜君、ちょっと待って」


 諸星先輩は僕を呼び止めて目当ての店とは反対方向に速足で歩いて行ってしまった。


「――? 先輩?」


 僕はよく分かっていないまま後を追いかける。


「あれ? 先輩、この子……」


「ええ、きっと迷子ね」


 僕が先輩に追いつくと、そこには小さな女の子がうずくまっていた。


「お嬢ちゃん、どうしたの? お母さんたちとはぐれちゃったの?」


 僕はかがんで女の子に尋ねる。


「お母さんと……はぐれちゃった」


 女の子はか細い声で答える。


「そっか。お嬢ちゃん、お名前は?」


「れ、れな。……赤星玲奈アカホシレナ


 赤星玲奈というらしいその女の子はまた泣きそうになりながら自分の名前を僕たちに伝える。


 どうでもいいけれど、公衆の面前で涙目の少女に質問していくのって、なんというか……とても興奮する。


「海野杜君が今何を考えているのか当ててあげましょうか?」


 振り返ると、諸星先輩がゴミを見るような目で僕を見下している。


「べ、別に何も考えてないですよ! ええ、邪なことは何も。それより、迷子センターとかに連れて行った方がいいんじゃないですか?」


 僕は完全に先輩から目を背けながら、話題を変えるためにそんな風に切り出した。


 しかし――


「その必要はないわ」


 そう言って先輩は玲奈ちゃんに近寄る。


「玲奈ちゃん、お姉ちゃんたちと一緒にお母さんのいるところに行きましょうか」


 先輩は優しい笑顔で言う。


「――? お姉ちゃん、お母さんがどこにいるか分かるの?」


「ええ、そうよ」


 先輩は玲奈ちゃんの目線に合わせるようにかがんで、そう答える。


「何でお母さんのいるところが分かるの?」


 玲奈ちゃんは心底不思議そうな顔で先輩に尋ねる。


「それはね――お姉ちゃんが名探偵だからよ」


 先輩は玲奈ちゃんの頭をなでながら安心させるような笑顔で答える。


 その声と表情は自信に満ち溢れていた。


「たんてーさん? お姉ちゃん、探偵さんなの?」


「そうよ、だから一緒にお母さんを探しに行きましょ」


 そう言って先輩は手を引いて玲奈ちゃんを立ち上がらせて、一緒に歩きだした。


「先輩、一体どこへ行くんですか?」


「ついてくれば分かるわよ」


 そう言うと先輩は玲奈ちゃんの手を引いてどんどん先に行ってしまう。


 しばらくすると、


「あ、お母さん!!」


 玲奈ちゃんが急に走り出していく。


「玲奈!? あなたどこに行っていたの!!」


 どうやらあの人が玲奈ちゃんの母親らしい。それにしても、


「先輩、何で玲奈ちゃんの母親がここにいるって分かったんですか?」


 僕は先輩に尋ねる。


「別に。ただ単に、このショッピングモール内の人口密度とか、出店しているお店がターゲットとしている年齢層とか、あとは時間とかをざっくり統計的に割り出したらここが一番確率が高いと思ったのよ」


「……」


 僕は言葉が出なかった。


 それはこんなに人の多い中から母親を探し出して見せた先輩の推理力に驚いたということもあったけれど、それ以上に、先輩がとった手法はそれこそ――AIが使っている手法とまったく同じものだったから。


 ――これでは、先輩はAIの下位互換にしかなれない。


 僕が、そんな風に考え込んでいると、玲奈ちゃんの母親が僕たちの方に近寄ってくる。


「玲奈を連れてきてくださってありがとうございます。本当に助かりまし……」


 そこまで言ったところで、母親は固まってしまう。


 よく見ると、玲奈ちゃんの母親は、昨日黒猫を引き取りに来た女性だった。


「えっと……昨日はお世話になりました」


 先輩はなんとか社交辞令的な挨拶を返すものの、僕たちの間に気まずい時間が流れる。


 そのとき、


「名探偵のお姉ちゃん!」


 玲奈ちゃんが諸星先輩の足元に抱き着いてくる。


「もしかしてお姉ちゃんが昨日、プーちゃんを見つけてくれた探偵さんなの?」


 玲奈ちゃんはきらきらして目で先輩の方を見て言う。


「え、ええ。そうよ」


 先輩は少し戸惑いながら答える。


 すると、玲奈ちゃんの表情はぱぁっと明るくなり、


「お姉ちゃん、プーちゃんを見つけてくれてありがとう!」


 と、大喜びでお礼を言った。


「おばあちゃんね、プーちゃんがいなくなってすごく寂しがってたの。でもね、でもね、昨日プーちゃんが帰ってきて本当に嬉しそうだった。だから、私も嬉しいの!」


「……そっか。それは、よかったわ」


 先輩は心底安堵したような、むしろ先輩の方が玲奈ちゃんの言葉に救われたような、そんな表情で笑う。


「お姉ちゃん、プーちゃんを見つけてくれて、おばあちゃんを元気にしてくれてありがとう! 本当にお姉ちゃんは名探偵だったんだね!」


 そう言って玲奈ちゃんはとてもうれしそうな笑顔を僕たちに見せた。


 それは本当に眩しくて、お礼を言われたはずの先輩の方が逆に泣きそうになるくらい、本当に心から嬉しそうな笑顔だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る