第15話 用済みの名探偵その15

015


 その後、家を出た僕が諸星探偵事務所に着いたのは午後二時頃だった。


 僕は昨日同様、階段を上って事務所のドアの前まで来ると、強めに三回ノックをする。


「はい」


 声がしてすぐにドアが開き、中から諸星先輩が出てきた。


「あら? 海野杜君? どうしたの?」


「先輩、少しお話があります」


 僕は真剣な表情でそう言うと、先輩は少し驚いたような顔をして僕を事務所の中に招き入れた。


「話って何?」


 先輩は僕に尋ねる。


「先輩――僕とデートしてくれませんか?」


「――え?」


 先輩はあっけに取られてしばらく固まったままだった。




「ねぇ、海野杜君?」


「何ですか先輩?」


「私たちは何でショッピングモールに来ているのかしら?」


「そんなの決まってるじゃないですか。これから僕たち二人でデートするからですよ」


「……そうね」


 僕と先輩はこのあたりで一番大きなショッピングモールに来ていた。


「じゃあ先輩、どこか行ってみたいところはありますか?」


「特にないわね」


「じゃあとりあえずウィンドウショッピングと洒落込みますか。行きましょう、先輩」


 そう言って僕は先導してショッピングモール内に入っていく。


 後ろからはよく状況が呑み込めていない先輩が渋々といった感じで僕の後についてくる。




「先輩――僕とデートしてくれませんか?」


 事務所に招き入れられてすぐ、僕は先輩にそう切り出した。


「――え?」


 先輩はあっけに取られて固まってしまう。


「僕、先輩と遊びに行きたいです。せっかくなので近くのショッピングモールとかどうですか?」


 僕は先輩が何か言いだす前に矢継ぎ早に話しかける。


「ま、待ってよ」


 このあたりで先輩は我に返ったようで、ようやく僕に対して言葉を発した。


「――? どうしました?」


「『どうしました?』じゃないでしょ。何で私があなたと仲良くショッピングに行かなければいけないのよ」


「――嫌ですか?」


 僕は弱々しく尋ねる。


「嫌よ。何であなたとデートしなければいけないのよ」


 即答だった。


 それはもう弁解の余地もないくらいの明確な拒絶だった。


「……だったら先輩、僕にも考えがあります」


「――? な、何?」


 先輩は少し後ずさりながら聞き返す。


「先輩に……いえ、探偵の諸星美空さんに依頼したいんです。


 依頼内容は今日一日僕専属の探偵として今から僕と行動を共にすること。そして報酬は現在の僕の手持ち金額すべてです」


 そう言って僕は自分の財布を取り出し、机の上に叩きつけた。


「……ふざけているの?」


 先輩は僕の方を睨みつけながら言う。


 当たり前だ。こんななめた真似をして先輩がいい顔をするはずがない。しかし――


「ふざけてません。僕は――本気です」


 僕は退かなかった。


 先輩が首を縦に振るまで絶対に退かないつもりだった。


「……」


「……」


 お互いの間に無言の時間が流れる。


 依然として先輩は僕のことを睨みつけたままだ。


「……お願いします、先輩」


「……」


 沈黙は続く。


 さすがに僕も諦めそうになった時――


「いいわ。今日だけ海野杜君専属の探偵になってあげる」


 そう言って先輩は僕が叩きつけた財布を手に取って中に入っていたお札をすべて取り出した。


「依頼料の相場としては少し足らないけれど、まあいいわ。この金額で引き受けてあげる」


 先輩はそう言うと、お金がすべて抜き取られた財布を僕の方に投げ返した。


「先輩、ありがとうございます」


「別に、依頼を受けただけだもの。お礼を言われるようなことじゃないわ」


 そう言って先輩は事務所の隅に置いてあった鞄を無造作に取って


「で、どこに連れて行ってくれるのかしら?」


 と、先輩は僕に尋ねる。


「やっぱりここはさっきも言ったようにデートの定番、ショッピングモールですかね」


 僕は答える。


「そう。それじゃあさっさと行きましょう? 早くしないとショッピングモール行きのバスが出てしまうわ。あ、それと――」


 先輩はドアの方に歩いたかと思うと、僕の前を通り過ぎたあたりで立ち止まった。


「あなたの後ろポケットに入っている一万円札は見ていないことにしてあげるわ。折角出かけるのに飲み物の一杯も奢ってくれないのでは味気ないもの」


 そう言って僕の方に意地悪な笑みを浮かべると、再びドアの方に向かって歩き出した。


 ……名探偵ハンパねぇ。


 先輩には今後一切隠し事はしないようにしようと深く心に誓いながら僕は先輩の後を追って事務所を後にした。

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