第14話 用済みの名探偵その14
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「お義兄ちゃん大好き!!」
そう言って超ご機嫌な我が義妹、海野杜礁湖の口元は謎の黒い液体で溢れていた。
と言うと、何だか変態チックに聞こえてしまうけれど、実際にはなんてことはない。先ほど帰宅した僕が昼食に礁湖の大好物であるイカ墨パスタを作ってそれを二人して食しているだけである。
「やっぱり持つべきものはイカ墨パスタを美味しく作れる血の繋がっていないお義兄ちゃんだよね」
そんなこと言いながら大量に盛り付けられたイカ墨パスタを食している礁湖はなんとも上機嫌だった。
「喜んでもらえて何よりだよ」
僕は適当に相槌を打ちながら、礁湖とは異なり、普通盛り程度の量のイカ墨パスタを粛々と食していた。
「あ、そういえばお義兄ちゃん。昨日相談を受けた探偵の件だけど、ちょっといいアイデアを思い付いたよ」
「――? どんなの?」
「えっとね……」
礁湖が僕に話してくれたアイデアはなかなかどうして斬新かつ的を得たもので、我が義妹ながら感心してしまった。
「やっぱりお前ってすごいのな」
「えへへ、でしょ?」
と、礁湖はまた上機嫌に笑う。
「なあ、礁湖?」
「ん? どうしたの?」
僕は突然、真剣な口調で礁湖に問いかける。
「お前さ、中学の途中からずっと引きこもってるじゃん? 結果的にはそれが功を奏したわけだけどさ。
例えば、普通の人生を送っているやつらとか、あるいは自分のことを特別だなんて感じたことのないような平凡なやつらをみて――そういうやつらを羨ましいと思ったことはないか?」
「ないね」
即答だった。
その返答には全く迷いがなく、まるで僕が何を言おうとしていたのかまで質問前から分かっていたかのようだった。
「確かに私も『普通』っていうものに少し憧れはあるよ? でもね、どうしたって結局のところ人間なんて自分のなれるものにしかなれないんだよ。まだ十五年しか生きていない私だけど、そのくらいは分かる」
「……そんなもんかな?」
珍しく饒舌に話す礁湖に僕は少したじろぎながら聞き返す。
「きっとみんな同じなんだよ。才能のある人も、ない人も、あるいは才能があるけど周りから認められない人や、逆に才能がないという自分を受け入れられない人だってきっといる。
――でもね、きっとみんななりたい自分になろうともがいてる。
もちろん、そのもがき方だって人それぞれだと思うよ? もがき苦しんでそれでも前に進むことをやめない人もいれば、理想の自分になることから目を背ける人もいたり、あるいは何の努力もせずにうだうだ文句を言うだけで終わってしまう人もいる。
でも、多かれ少なかれ人間なんてみんな理想の自分とのギャップに苦しんでる。その中でみんな現実との折り合いをつけて『普通』になっていくんだよ」
「……」
礁湖にとってもこれは大切なことなのか、力強く話す礁湖の姿に僕は何も言えなかった。
「それってさ、絶対すごいことなんだよ。世間から見れば人とは違う『特別』といわれる人間の方がすごいみたいな扱いをされるけれど、実際にはそんなわけないもん。
自分の夢や理想に折り合いをつけてまでそんな風に現実に向き合える、そんな生き方なんてきっと私にはできない。
私にとっては毎日寝る時間を削ってブログを書いて、広告出稿比率を計算して、クライアントのコンサルティングを行って、世の中のニュースに目を通して、株の動きに注目して――っていう死に物狂いの努力を重ねた方がまだ『楽』だし『簡単』だもん」
そこまで言い終えたところで、礁湖は言いたいことは全て言い終えたといった感じにまたフォークを持ってイカ墨パスタを食べ始めた。
「つまり、礁湖から言わせれば『普通』なんてものは『特別』になれなかった人間や敗北者なんかじゃなくて、もっとすごい存在だってこと?」
「簡単に言えばそうだね。いいこと言うでしょ?」
「至言だね。肝に銘じるよ」
『普通』になることは『特別』でいることよりもはるかに難しい。
本来であれば、礁湖に言われるまでもなく、そんなことは僕の方がよく分かっているはずだった。
「そんなことより、私のアイデアに乗るかどうかは結局のところその探偵さん次第なわけだから、最後はお義兄ちゃんの交渉力にかかってくるってこと分かってる?」
礁湖はまた口元をイカ墨で真っ黒にしながらフォークの先を僕の方に向けて言う。
「分かってる。僕が――先輩に話をつけに行くよ」
「うん、よろしく。私としてもわりとおいしめなビジネスチャンスではあるからさ。頑張ってその探偵さんを説得してきてよ」
「ああ。任せろ」
僕はそう言うと、すぐさま諸星探偵事務所へ向かおうとするが――
「――待って!!」
礁湖に引き留められる。
「どうした?」
「お義兄ちゃん、私まだ食べてるでしょ。一緒にごちそうさまって言うまではお義兄ちゃんは私と楽しくお昼ご飯を食べるの。約束でしょ?」
僕としたことがつい気持ちが先走って、うっかりしていた。
先輩には申し訳ないし、あれだけ啖呵を切っておきながら情けない限りだけれど、愛する義妹との約束を破ってまで果たすような用事など少なくとも今の僕には存在しないのだ。
その後も僕は礁湖と談笑しながら、礁湖が食べ終わるまでずっと座っていた。
時折相槌を打ちつつ、時々意地悪なこと言って怒らせながら、僕たちは昼食の時間を楽しんだ。
そして、礁湖が食べ終わって少ししたところで、二人そろって
『ごちそうさまでした』
と、声をそろえて手を合わせた。
この時間は大切にしたい。
――だって、礁湖や舞花は僕を救ってくれた大切な人たちだから。
僕にとって彼女たちと過ごす以上に大切な時間などないし、そんな風に諸星先輩にも大切にしたいと思う存在ができればいいなと、僕はそんなことをぼんやりと思った。
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